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竜の恋歌

作者:

 豊穣の大地を緑の風が走っていく。

 金の光がころころと草の表面を跳ね、それが音符のようで、少女は口元をほころばせた。

 よい天気だ。

 夕暮れを待たずに乾いた洗濯物を両腕に抱え、軽やかな足どりで丘を登りながら、少女は「家」へ向かう。

 天気のいい日が続いている。それは、この地に暮らすものにとって、とてもとても大切なことだった。

 ここに、かつて少女が慣れ親しんだ文明の利器は一つも存在しない。

 丘の下を振り向けば、牧歌的な農村が見え、地平線まで畑や牧場が広がっている。

 どの建物もレンガや木や粘土で出来た平屋で、大小二棟が道に沿って点在している。

 ちんまりとしているのが家、隣の大きい方が畜舎だ。

 寒い日は暖炉に薪で火をおこし、食卓にあがるものは全て身近な誰かが育んだもの。老婆が糸を紡ぎ、若い女が家族の服を縫う。雨が続けば、用を足すのすら不便する。

 この地へ来て、季節が一巡りした今も、なにげない日常の動作が思ったとおりにならず、心乱れることがある。

 だから、天気がいいというのは、それだけで気分のいいものだった。

 鼻歌を歌えば、笑みも自然とこぼれる。ほのかにあたたかい洗濯物の匂いが、気持ちをはずませる。

 長いスカートの裾がふわりと浮き、ゆるく編んで垂らした髪が揺れる。異界から来た少女の目には見えないが、いたずら好きな精霊がじゃれついているのだ。


 ふと少女が前を向くと、若い男がこちらへ歩いてくるところだった。

 ぱっと胸の奥が明るくなり、駆け寄ろうとして、でこぼことした足元への注意がおろそかになった。

 草葉に隠れた大きな石につまづき、両腕から洗濯物が舞い上がる。

 駆け寄った青年が、よろけて膝をついた少女の上体を支えたため、どうにか倒れ込むことはなかった。

 一瞬ほっとし、お礼代わりの笑みを浮かべるより早く、少女は重大な事に気がついた。

 乾いたばかりの洗濯物が飛び散ってしまった。土にまみれてしまったら、一からやり直しだ。

 慌てて顔を上げると、青年が苦笑交じりに空中を指し示す。

 視線で追った先には、いくつもの洗濯物が何もないところをふわふわと泳いでいた。

 目を丸くする少女を、青年が小さく笑う。精霊たちのかわいいいたずらだ。

 竜族の血を引く青年の目には、はしゃぐ精霊が見える。

 彼らは子供の姿をしていて、自分たちとは異なる世界で生まれ育った少女に強い興味を持っている。

 この世界の人間にとって、精霊は見えないが、あたりまえに存在するものだ。多少人智を超えた出来事があっても動じない。

 だが、精霊のいない世界から来た少女は違う。ひとつひとつのいたずらに驚き、反応を返す。時々は、近くにいる青年のいたずらではないかと疑って、相手を困らせたりもする。

 それが、精霊たちには面白くてたまらないようだった。

 案の定、少女は大いに困惑し、何もない場所で腕をばたばたと振ったり風向きを調べたりして、最後には青年に疑いの目を向け、精霊を喜ばせた。

 頃合いと見た青年が、精霊から洗濯物を回収し、一部を少女に渡す。

 少女には手品のように見えたが、いい加減学習していて、それ以上は騒がない。

 そのまま二人は何を話すでもなく、連れ立って「家」へ向かった。






 「家」は、正確には大きな洞窟だ。

 だが、奥行きと高さがあり、途中にいくつか分岐点もあり、おまけに通気口まであるので、灯りさえ絶やさなければ、意外に住み心地はいい。

 野外であれば普通ネズミや虫、大型の肉食獣が気になるところだが、小動物は竜の気配を恐れて近寄らず、地面は踏み固められ、虫よけのハーブも欠かさないので、少女が悲鳴を上げることも少ない。

 そして、入り口の周りには、青年が結界を張っている。

 元々はわずらわしい事を遠ざけるために張っていたが、今では半ば以上、身を守る術を持たない少女のためになっている。

 つけ加えれば、この地は温暖な気候で、風雪や伝染病に悩まされることも少なく、それも少女の助けになっている。


 いつもなら、少女は洗濯物を畳むために、一旦自室へ入るのだが、その日は足を止めた。

 家の前に、小さな獣の死骸が寝かされていた。

 首に矢が刺さり、血が毛皮を汚している。天敵の肉食獣に襲われたのではないことは明らかだった。

 少女の顔がかすかに曇る。

 生まれ故郷との大きな差を実感するのは、こういう時だった。

 都会ではどうだか知らないが、この地では食物は自給自足が基本だ。肉を食べたければ、保存用の塩漬け肉か、家畜をつぶすか、森で獣を狩るしかない。

 もちろん、元の世界でだって、それは同じことだ。少女だってそれは承知しているし、この地に来てから一度も獣の肉を口にしなかった訳ではない。

 だが、命が尽きたばかりの小さな獣を目の前にしてしまうと、どうしてもわき起こる情がある。

 抱えていた洗濯物を青年に預け、しゃがんで手を合わせる。

 それが、折り合いをつけるための仕種だと知っているため、青年は少女をじっと待った。

 ややあって、少女が立ち上がり、青年に向かってにこりと微笑む。

 この獣を青年が狩ってきたこと、おそらくは最近貧血気味でふらふらしていた自分を気遣っての行動だろうということ、それから、姿の見えない自分を気にして、狩りから戻ったその足でわざわざ迎えに来てくれたのだということを、これまでの暮らしから少女は察していた。

 お礼が言いたかった。

 でも、少女にはそれが叶わない。だから、駄目押しのつもりで、青年に近づき、ネコのように額を胸元に軽くこすりつける。

 顔を上げると、青年が照れたように顔をそらした。

 伝わったのだと少女は判断した。

 動物的なふれあいに、恥ずかしさを感じない訳ではない。けれど、言葉が通じない以上、素直に感情を表現することと、やや原始的なコミュニケーションをとることが、結局は一番の早道だと学んでいる。

 青年の方もそれを十分わかっていると思うのだが、元の性格なのか、よく耳を赤くしているのが、なんだかとてもかわいらしかった。


 皮膚の血色がよくなれば、目立つものがある。

 青年の片方の頬には大きな竜のうろこがある。今は服に隠れているが、肩や腰にも生えている。

 それだけではない。指先は少女のそれより鋭くとがり、竜族の爪の名残をとどめている。体も大きい。

 少女は知らないが、それは高貴な竜族の血を濁らせた半端者、半竜の証だ。

 初めてそれを見た時、少女は自分の常識との差異の大きさに、ようやく自身のおかれた状況の異常さを悟って、気が遠くなったものだった。

 灰色のうろこは、いつもひんやりとして、陶器かガラスのようにつるつるとしている。やわらかな人の皮膚の上に貼りつくように生えており、手を伸ばして撫でれば、少し縁でひっかかりを感じた。

 青年は、あまりこころよく思っていないのか、髪をやや長めに伸ばしてかぶせるようにしていたが、角度によっては銀色に見えるそれが、少女は好きだった。

 それだけではなく、伏し目がちな横顔も、ごつごつとした手首も、笑う時に少し目が細くなるところも好きだった。

 半竜の青年は、竜族の血を引く者としてはめずらしく、穏やかな気性の持ち主だった。

 人族と竜族の言葉は違う。だが、それ以上に、異なる世界から来た少女は、この地の言葉を発することが難しく、青年の方もまた、異なる世界の言語体系や常識を理解するのは不可能だった。

 お互いに思いつく限りの努力はした。だが、何かに邪魔をされるようにうまくいかず、どちらからともなく諦めた。

 それでも、故郷との落差のひとつひとつにつまずき、悩みがちな少女を常に気づかい、この地での暮らし方を辛抱強く教え、小さな幸せを共有して心を和ませてくれる、そんな男だった。

  





 洗濯物を手早くたたむと、少女は早めに夕食の準備に取りかかることにした。

 食事に関する青年の感覚は人間と同じなのか、野性味あふれるかまどや基本的な調理器具は初めからそろっており、少女が保護された時にも、あたためたスープが提供された。

 だが、当然ガスコンロだのクッキングヒーターだのはない。冷蔵庫もマッチも、やはりない。

 魚も獣も捕えるところから始め、火加減を自力で調節し、保存のきかない食材をやりくりし、見知らぬ調味料で味付けをする「料理」は、いまだに少女一人の手に余る。

 だが、ここでの食事は、近隣の庶民の家庭で出されるそれより良いものだ。

 普段、肉類はなかなか食卓にあがらないものだが、半竜の青年は狩りが上手く、きのこや野草の知識も豊富で、食材には困らない。時折、近隣の村へ顔を出し、乳製品や穀物、日用品を獲物と交換してもらうこともある。

 今日もどこかの村へ寄ったのか、涼しい日陰に卵やミルクがまとめて置かれていた。

 まずはそれらの整理から、と少女が近寄ると、色あざやかな果実がちょこんと一緒に置いてあった。

 リンゴくらいの大きさで、果皮は薄い紫色をしている。よく熟れて、鼻先をさわやかな匂いがくすぐった。

 森の奥深くにしか生らない果実だ、と思い出して、また胸の奥がほんのりと熱くなる。

 少女がこの地に来たばかりの頃、衝撃と恐怖で、しばらく物が食べられない日々が続いた。体調を崩した少女のために、青年は毎日のように食べやすい果物を探してくれた。その思い出の中の一つだ。

 今日こそは美味しい夕食を作らねば、と何度目かの決意を新たにする。

 無言で意気込む少女を、狩りの道具の手入れをしていた青年は不思議そうに見ていたが、何をしたいのかがわかると、獣を解体するための道具を用意してくれた。

 魚や小型の獣をさばくのは、少女の役目だ。

 青年も身ぶり手ぶりで教えてはくれるが、手は出さない。

 「生活するために必要なこと」のくくりに入っていることは、何でもそうだった。最初は道具の持ち方から見せて、手取り足取り教えてくれるけど、甘やかしてはくれない。

 とはいえ、突き放しているのとも違う。

 入り口の前で専用の布を敷き、獣と道具を前に少女が深呼吸をすれば、青年も真面目な顔をする。

 危なっかしい手つきをハラハラと見守り、硬い骨に苦戦している時は、一緒になってこぶしを握っている。


 四苦八苦しながら解体を終えた時には、二人とも汗だくになっていた。

 何はともあれ、やりとげた。その思いで呆けていると、青年が目を細めて頭を撫でてくれた。

 大きな手と、存在感のある爪が、細い髪の間をくすぐる。

 今までのあれこれに照らし合わせると、合格まであと一歩、といったところだろうか。

 血抜きだけは先に済ませていてくれたのか、辺り一面血まみれということにはならなかったが、さすがに手は真っ赤に汚れているので、少女はすぐさま近くの川へ向かった。

 いつも洗濯をして、食器を洗って、体を清める、なくてはならない川だ。

 川面は光を反射して輝き、水は透明で、川底の小石まではっきりと見える。水深も浅く、せせらぎは穏やかだ。

 故郷の厳しい衛生観念がしみついた少女には抵抗があるが、以前からこの地にいる青年は、そのまま手ですくって飲むこともある。

 冷たいのを我慢して、爪のはえぎわまで念入りにこすり、水から一度引き上げて臭いを確かめ、また水中に戻す。

 ぱしゃぱしゃと音が聞こえて、そちらを見ると、二羽の鳥がもつれあうように飛んでいた。

 片方が一方的に襲われているようには見えない。どちらかと言えば、じゃれているように見える。

 色が違うが、同じ種類なのだろうか。少し考えて、雌雄の違いだろうと少女は結論づけた。

 不思議なことに、そういうところは、元の世界と似通っている。

 追いかけっこが始まって、またじゃれあった後、枝先に仲良く並んで、二羽が互いをつっつきあう。

 ひょっとすると、求愛のシーンを目撃したのかもしれない。

 そう思うと微笑ましく、うらやましかった。


 しばらく二羽の歌に耳をすまして、立ち上がる。

 臭いは取れていないだろうが、どうせ料理の最中にまた肉をさわることになる。それよりも、あまり青年を待たせて心配させてはいけない。



 



 昨日多めに焼いておいたパンをかまどの側であたため、きのこと肉と香草のスープ、焦げたオムレツを作り上げた時には、日が落ちかかっていた。

 ろうそくを灯しているとはいえ、洞窟の中も既に薄暗い。

 かまどの火に灰をかぶせ、壁のろうそくの長さに余裕があるのを見て、もう一度かまどを確かめてから、少女は青年の姿を求めて外へ出た。


 髪を縛っていた紐をほどく。

 涼しい風が髪をさらい、心地よさに息をつく。

 青年は入り口に背を向けるように座り、日が沈むのを眺めていた。

 傍らに、何かの道具が広げてある。手は止まっていた。何を思っているのかはわからない。ただ、その背を見つめる。

 確かめたことはないが、自分がこの地へ来るまで、多分、青年はここに一人で暮らしていた。だだっ広い草原で、雄大な夕日と黙って向かい合う背中は、孤独に慣れた者のそれだった。

 彼は自分の面倒を自分で見られる人だ。服の着方すら知らなかった少女など、足手まとい以外の何物でもない。

 ゆっくり近づくと、気配に気づいた青年が手招きしてくれたので、小走りで近寄って隣に座る。

 したたるような夕日が大地を赤く染め上げる。

 一日が終わる。

 明日も洗濯をして、繕いものをして、サラダを作るための野草を摘む。明後日も。きっと一年後も。

 一番星のまたたく空を、鳥が鳴きながら山へと戻っていく。

 それに追随するように、青年も歌を歌い始めた。

 技巧をこらしたものではない。何度も何度も同じメロディーを繰り返している。わらべ歌のような、素朴なものだ。

 歌詞はわからない。

 少女の耳には、不思議なリズムで、不思議な音が連なって聴こえる。

 それを意味ある言葉だと思うのは、青年の表情や抑揚の変化、それから、何度か同じ響きがあるように聴こえるからだ。

 意味がわかればいいのにと小さく思う。

 意味を知ったって、何の意味もないとも思う。

 目をつむって、肩に頭をもたれさせると、力強く、あたたかく、どこか切なげな声が、体に直に響く。

 低いのに、澄んで、やわらかい。軽やかさすら感じる。大型の楽器の音色に少し似ている。

 ためらいがちに青年の腕がまわされ、少女の髪を梳く。

 少女は、一日の中で、この時間が一番好きだった。

 近くの村から煮炊きの匂いが届く時間帯。鳥ですら雛の待つ巣へ帰るのに、自分は身一つで広い草むらに座っている。

 異郷の地にいるさみしさを、なつかしさにすり替える時間。

 心細さを癒すかのように、青年の歌声が遠くへ広がっていく。


 ふと、その旋律が何かに似ているように思えた。

 元の世界のものではない。青年が初めてこの歌を歌ってくれた時は、奇妙なものへの物珍しさばかりが浮かんだからだ。

 だが、この地へ来てから、少女は音楽とは縁のない生活だった。

 村にいれば、祭の日に楽器を鳴らすこともあるし、年に一回くらいは芸人なども立ち寄るだろうが、こんな辺鄙な場所では、そういう経験をすることはない。

 ならば、一体どこで聞いたのか。

 記憶の中を探して、はっと目を見開く。

 ついさっき川辺で聴いた鳥の歌に似ている。あの求愛の歌。

 偶然だろうか。そんなことあるだろうか。

 自分の常識と青年の常識は違うと、少女は痛いほど理解している。

 それでも、一度抱いてしまった期待は消せなかった。

 確信はない。突飛すぎて、ある方がおかしい。

 日々のスキンシップを受け入れてくれているのは、きっと、言語の代わりでしかない。優しさも、元々の性格と憐れみかもしれない。

 いくらなんでも無理のある発想だと、自分を戒めながら体を離して、そっと青年の顔をうかがう。

 唐突に訪れた少女の変化に、青年は初めけげんな顔をした。

 少女の下がった眉と震える唇を見て心配し、赤く染まった頬で何かに気づいたように表情を変え、苦しげに自分の爪を見下ろし、やがて、何かを決めたかのように真剣な顔をした。

 不安で息が止まった少女の頬を、青年がおそるおそる撫でる。

 爪が固い。太さも、人間とは違うと、はっきり主張している。

 でも、やわらかな肌を傷つけないように、精一杯気をつけていることが伝わってくる。

 頬から、目じり、耳、髪、首筋、後頭部へと、熱にうかされたように距離が縮まっていく。

 その指が熱くて、とても熱くて、気がつけば涙があふれていた。

 青年が我に返って離れようとするのを、少女は手をつかんで引き留めた。

 そのまま勢いで腕にしがみつく。

 ひどくうろたえる青年の瞳を、まっすぐに見た。

 傷くらい、いくらでもつけばいい。そんなことより大事なことは、いくらでもある。

 でも、経験のない少女には、他にどうすれば伝えられるのかわからない。

 ふりほどこうとした力を腕に残したまま、どうすることもできずに、青年は耳を赤くして固まっていた。

 視線が合わない。

 あちこちさ迷って、揺れている。

 その葛藤を、一番よく理解できるのは、きっと自分だ。

 自分たちは、考えていることの心底を通じ合わせることは、きっとこの先もない。

 相手の弱いところを知らず、取り返しのつかない深さまで、無邪気に傷つけてしまうかもしれない。

 一度でも喧嘩をすれば、どんな他愛ないことでも、仲直りをするのが難しくなる。

 どこで間違えたのか、探ることができない。わからないまま、関係を積み重ねていかなくてはいけない。

 生まれた世界も、種族も、育った環境も、もしかしたら年齢も大きくかけ離れた少女が、その恐れだけは誰よりも共有できる。

 まだ相手の名前も呼べない。どうしてこんな場所に一人でいたのかもわからない。自分がこの先どうなるのかも、少女には何もわからない。

 それでもいい。

 この手が自分のものになるのなら、殺されたって後悔しない。

 夕闇の迫る中で、少女の黒い目が炎のように強く燃えていた。

 もどかしさとその場の勢いで、少女は青年の腕をさらに引き寄せ、ぐいっと胸元に抱きかかえた。

 何か考えがあって、そうした訳ではなかった。そもそも、経験もなければ、計算もできない。

 逃げられたくない一心でそうしたつもりが、少女がこれほど積極的になるとは思わなかったのか、それとも精霊に背を押されたのか、腕を引かれるままに青年が倒れ込んだ。

 押し倒される形になり、この展開を想定していなかった少女の頬が一気に赤くなる。

 草むらの中で、あまり背中を強く打たなかったのを幸いと言うべきか、図らずも人目から隠れるような場所ではしたない体勢になってしまったことを、恥じらうべきか。

 だが、自分のしたことでうろたえる少女を前に、今度は青年も迷わなかった。

 指が耳の後ろをくすぐり、影と吐息が落ちてくる。

 そして。




 ああ。

 自分はきっと幸せになる。

 少女は涙ぐんで、恋人に微笑んだ。

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