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大きいからいいわけじゃない

「今日はここで寝る」

 ザクロの銃乱射を見ているだけの半日が過ぎ、辺りが暗くなった頃。腕を掴まれて連れてこられた公園で、唐突にザクロはそう宣言した。

「ここで寝るって、どうやって寝るんだ?」

 グリム・リーパーは人間を超越した存在ではあるが、毎日人間と同じように睡眠を欠かさない。グリムいわく、精神の疲労を回復させるのは睡眠が最も効果的らしい。つまり、身体は骨だけとなって存在しなくても魂は健在である僕は、生きていたときと同じように寝る必要があった。

「こうやって寝る」

 ザクロはわざわざ銃から戻したチェーンソーを地面に突き立てると、ためらいなくベンチに横になった。普段からこうして寝ていることが伺える。

 制服を着た女が、しかも短過ぎるスカートのままで、夜の公園のベンチで寝ている姿に、犯罪の香りを感じるのは僕だけだろうか。いや、僕だけではないはずだ。

 最低でも僕のとある友人は同意してくれる。彼はたまに僕の昼飯をおごってくれた、いいやつだ。でも、今のザクロを見たら、なりふり構わず襲いかかり、返り討ちにあって帰らぬものになっているぐらいの社会不適合者でもある。

 僕らいる公園は、駅前からそう遠くない市街地の中にある。遊具は滑り台とブランコぐらいしかない小さな公園。砂場には子どもが置き忘れていったのだろう、スコップが残されていた。

 騒がしい場所の中にあるのに、寂しい場所だった。

 ザクロはもう一つのベンチを指差して言う。

「由はこっちな」

 ……こんなところで寝たくねえ。

 露骨に嫌な顔をしていたからか、ザクロに、なんか不満か? と聞かれた。僕は隠さず思っていることを伝える。

「正直、不満しかない」

「こっちのベンチの方がよかったのか? あたしを退かすことができれば譲ってやってもいいぞ」

「いやいや、どっちのベンチでも一緒だって。僕が不満に思ってるのはそこじゃない。ここで寝ること自体に不満があるんだ」

「じゃあ、どうしたいんだ」

「グリムのいるところに戻って寝るのはどう?」

「現世とあちらの世界を行き来するだけで、そこそこの精神力がいるっていうのに、寝るためだけに帰れるか」

 ああ、やっぱり『想創』という便利な力をノーリスクで使えるわけがなかったか。

 『想創』に必要なものが精神力だということは、この力について教えられ、調子に乗って色んな物を創りまくったとき、強烈な眠気に襲われた経験から薄々は感づいていた。

 『想創』によって精神力が消費されるのなら、グリムが自分で料理を作らなかった理由も納得がいく。要は疲れたくなかったということだろう。

 よし。二度とあいつにはチーズケーキを創ってやらない。

「なら、テントを作る」

「テントだあ?」

 中学生だったとき、林間学校でテントを組み立てたことがある。その昔の記憶を思い起こしながら指を鳴らすと、黄色いテントが僕の目の前に現れた。ちょっと心配だったけど、上手くいってよかった。

「わざわざそんなもの作んなくてもいいのによお。あたしたちのことは人間に見えないんだから」

「もう作ったんだからいいじゃんか。僕がベンチで寝たくないという理由もあるが、一番は女の子を夜の公園のベンチで寝かせられるか」

「っ!」

 ドサッ、と音を立ててザクロがベンチから転げ落ちた。彼女は慌てて立ち上がると、何故かチェーンソーを僕の鼻先に向ける。彼女の動揺を表しているかのように、刃が小刻みに揺れていた。

「おい、どうしたんだ一体」

「あ、あたしが、お、おん、おんな」

 震える唇で何かを言おうとするザクロ。どうやら僕の声は耳に入っていないみたいだった。

「おーい」

「あ、あたしは」

「うん?」

「女の子じゃねえ!」

 そう叫んで、ザクロはチェーンソーを振りかぶった。

「あぶねえ!」

 咄嗟に、僕は横へ跳ぶ。先ほど僕が立っていたところに鉄の塊が叩きつけられ、土煙が盛大に舞い上がった。反応が遅れていたら、間違いなく死んでいたと思う。 いや、もう死んでいるんだけど。

「いきなり何すんだ!」

「はっ、あたしは何を……」

 僕の大声に我を取り戻したらしく、ザクロはきょとんとした顔をしている。

 無意識とはいえ、照れ隠しで人を殺しかけるとか、本当に僕の周りにいる女のグリム・リーパーは野蛮なやつばかりだな。命がいくつあっても足りない。

 ザクロは地面に転がっている僕、チェーンソーでえぐれた地面を見て、すべてを理解したようで、

「悪かった」

と、彼女にしては珍しく素直に謝った。

「もうやめてくれよ」

「それは由が変なことを言わない限り保障してやる」

「変なことって、僕はただザクロが女の子だって言っただけ……」

「………………」

 キュイイイイイイン、と。ザクロは無言でチェーンソーの刃を回転させた。

 怖い、怖い、怖いって。

「分かった。絶対に言わないから、チェンソーを構えるのはよせ」

 僕がそう言うと、機械音が止んだ。

「分かってくれたか」

「……無理やり分からせたんじゃないか」

「あはははは」

 笑って誤魔化される。

 どうやらザクロは女の子扱いされるのが堪らなく嫌みたいだ。

 殺されかけた身からすれば、そんなに過剰な反応をするぐらい女子として見られたくないんだったら、制服なんて着ないで、全身をマントで包み、顔を覆面か何かで隠していればいいのに、と言ってやりたい。どうせ言ったら言ったで、理不尽にキレられるのだろうけど。

 それしても、寝床をベンチからテントに変えようとするだけでこんなに苦労するとは思わなかった。

 ザクロはテントの中に入った途端、ひゃっほぉい、と無邪気な声を上げながらテントの奥まで転がっていった。餓鬼みたいな行動には何も思わないが、一つ無視できない事案が起きている。

「おい、ザクロ」

「んー? なんだ?」

「パンツ丸見えだぞ」

「ふーん」

「ふーんって」

 僕に指摘されても、パンツ丸出しの女は特に反応を示さない。

ちなみにパンツの色は赤。趣味が悪いと言わざるを得ない。

「見たければ見ていいぞ。パンツぐらい減るもんじゃねえし。由にというか人間に見られても何も思わねえし」

 一体、ザクロは僕のことを何だと思っているのか。人間だと思われているのかも疑わしい。

「残念ながら、見せられるパンツに価値はないらしいよ」

 パンチラとは女から与えられるものでも、自分から得るものでもない。天からの授かりものなのだ。

 僕の、とある友人はそんなことを誇らしげに語っていた。

 少し頭のねじが緩んでいるやつだったけど、そいつの言いたいことは分からなくないところもある。

 作為ではなく偶然だからこそ輝くものもあるということ。

 とはいえ、見ているこっちが恥ずかしくなってくるので、僕はめくれたスカートを直してやった。

「そうだ、ザクロ。僕はお腹減ったから食事にするが、ザクロも食べるか?」

「あたしはもらえるものはもらう主義だ。グリムから聞いているが、あんたの出す料理はとびきりうまいらしいし、なおさら断る理由がねえ」

「そうか」

 僕は手を叩いて、ザクロの顔の横に、出来立てほやほやの包み焼きハンバーグを生み出す。

 ザクロに料理を出したのは、ただの善意だけではなく、パンツを見たお詫びの気持ちでもある。あと、一応お礼の気持ちも。

「何だ、これ?」

「ハンバーグ」

「ふうん、よくわかんねえが、おいしそうな匂いしてんな。ありがたくいただくぜ」

「ああ、おい」

 ザクロは僕が用意したフォークもナイフも使わず、アルミホイルの包みごとハンバーグを丸めて口に放り込む。予想外過ぎる事態で、制止の声を上げる暇もなかった。

 ギャリギャリ、と生き物の口から聞こえてはいけない音がする。

 うわあ。想像するだけでも歯が痛い。

「まずい!」

 当然だけど、ザクロはすぐに銀色の塊を吐きだした。アルミホイルの何か所には歯形がついている。

 ザクロは眉を吊り上げて、僕の胸ぐらをつかんだ。

「由、てめえ、あたしに何食わせようとしてんだ! 仕返しのつもりなら受けてやんぞ、こらぁ」

「待て待て待て、暴力反対。別にそんなつもりはなかった。ちょっとした認識の違いがあっただけだ」

「認識の違いだぁ?」

「この料理を包んでいるのはアルミホイルっていって、食べ物じゃないんだ。ハンバーグはこのアルミホイルの中にある。ほら、こうやって、」

 説明しつつ、猿にもわかるように目の前でアルミホイルを開いてやる。アルミホイルの包みから顔をのぞかせたのは、ふっくらジューシに仕上がったハンバーグ。閉じ込められていた蒸気が噴き出して、テントの中が薄らと白くなった。

「……なんだ、そういうことは早く言えよ。思わず顔面に拳を入れるところだったじゃねえか」

「どこぞのガキ大将みたいなやつだな……」

「ん? ガキ大将ってなんだ?」

「いや、何でもない」

「そうかい。それでは、改めていただくぜ」

 フォークをぶっ刺して、また一口でハンバーグを飲み込むザクロ。

 グリムも支部長もそうだったけど、グリム・リーパーはみんな食い方が豪快なのだろうか。

 回収業務などで定期的に現世に来られるのに、人間の食事の作法を知らないと言うわけがないから、あえてそういう食べ方をしている、と思うが。特にザクロに関しては間違いなくそうだろう。

 グリム・リーパーがどれだけ現代知識を身に着けているのか真面目に考え事をしていたら、

「うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 大絶叫がテント中に響き渡った。

 思わず、うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、と返したくなる。

「なんだ、これ。なんだ、これ。なんなんだよ、これ。ウマ過ぎるだろ、この食いもん。こんなうまいもん食ったの初めてだぜ。グリムもたまにはマシな情報を教えてくれるじゃねえか」

 赤い布を見た闘牛のように鼻息を荒くしたザクロは、ウマいウマい、と連呼しながら、僕の背中を何度も叩いてくる。たぶん褒めてくれているんだろうけど、結構痛くて涙目になって咳き込んだ。

「見直したぜ、由。あんたにこんなとんでもない特技があったなんて思わなかったぜ」

「そんなにすごい特技か? 次からはザクロだってそのハンバーグ作れるだろ」

「いや、そりゃあ無理だ」

「どうして? 自分の知識にあるものは何でも再現できるんじゃないのか?」

「由はこの『力』に関して、根本的に勘違いをしているみてえだな」

 勘違い? 何を勘違いしているって言うのだろう。

「これは極端な例になるが、由はグリムのことをどれだけ知っている?」

「どれだけ知っているといわれても、ねえ」

「とりあえず思いついたのを言ってみろ」

「小学生みたいな身長の女の子。髪も、眼も、服も白い。性格は熱しやすく冷めやすい金属みたいな性格」

「そして、餓鬼のくせにあたしよりも大きい、気に入らねえ胸をしているってとこか」

 すごくどうでもいい情報を追加された。

 グリムより胸が小さいこと気にしていたのか、ザクロ……。

「そして、ここからが本題だ。今言ったグリムの特徴を思い浮かべながら、グリムをこの場に創り出してみろ」

「グリムを創り出すって、グリムは物じゃないんだから、そんなのできるわけが……」

「御託はいいから、やってみろ」

「……うっす」

 ザクロの有無を言わせぬ迫力に押し切られて、僕はグリムのことを思い浮かべながら指を鳴らす。

 その瞬間、僕の目の前にはグリムがいた。眼も、髪も、体格も、顔も、服も、すべてが僕の頭で思い浮かべた通り。ただそれはよく観察してみると、グリムそっくりの置物でしかなかった。手に触れてみても無機質で冷たい感触しかしない。

「この『力』の大前提として、魂のある存在は創り出すことはできねえ。どんなにその存在に対して知識を持っていようが、な。無理に創り出そうとすれば、ただの無機物が生み出される」

 待っていましたと言わんばかりに、ザクロは凄惨な笑みを浮かべ、グリム人形の胸をチェーンソーで削ぎ落とした。無残に足元に転がる、ふくらみだったもの。

 そこまで許せないのか、グリムが自分より胸が大きいことが。さすがにザクロのその行動は若干どころか、かなり引く。

 ザクロはすっきりした顔で説明を続ける。

「そして、物を生み出すときも相当の知識を持っている必要がある。例えば、あたしがさっきのハンバーグを生み出そうとしたら、とりあえずは形や感触は由が作ってくれたものと同じものができやがる。ただ、味だけは再現できねえ。どうしてか分かるか?」

「知識がないから?」

「そう思うよな。でも、そうじゃねえ。ハンバーグとやらの素材の味を知って、調理法を学んでも、味を再現することは不可能だ。何故かっていったら、普通なら『力』では味覚という概念を再現することができねえからだ」

 味覚という概念が再現できないだって?

 おいおい、それはおかしくないか。

「じゃあ、どうして僕が作り出した料理には味があるんだ?」

「さあな」

「さあなって……」

 ここまで説明して突き放されても困る。

「知るか、そんなこと。普通は出来ねえことが由にはできているから、あたしはすげえって褒めてるんじゃねえか」

 笑顔で頭を撫でられ、髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。

 褒められたことなんてめったにないので、どう反応していいか分からなかった。褒められて嬉しいよりも困ると言うのが正直な話だ。

「そういや、そのことに関してはグリムも不思議がっていたっけ」

 そう言えば、強引にミートスパゲッティを食べさせるまで、いくら現世の料理を勧めてもやんわりと断わっていたな。それは僕の創った料理に味がないと思っていたからなのか。何度も僕にチーズケーキを創らせていたのも、決して自分が楽をするためではなかったと言うわけか。

 そういう大事そうなことは、早く僕に言ってほしかった。

「ま、どうでもいいか。あたしはもう寝る」

「ああ、おやすみ」

 もう寝たのか、返ってきたのは静かな寝息だった。

 一つの疑問を残したまま、夜が更けていく。



12/16 加筆修正

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