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駅前で発砲はやめましょう

 

 気がつくと、交差点の中心にいた。

 高そうな革靴に、寝転がっていた僕の顔が思い切り踏まれそうになる。咄嗟に目をつぶったけど、いつまで経っても痛みはなかった。

 ゆっくりと目を開ける。

 ケータイをいじっている女子高生。しきりに腕時計を確認するスーツ姿の男。人の流れに取り残されるお婆さん。道行く人々は誰も僕のことを見ていないだけでなく、何人もの方が僕の身体を通り抜けていく。

 どうやら死んでいる僕の身体は普通の人には見えないし、触れることもできないみたいだ。

 働いて、ご飯を食べて、本を読んで、寝る。そんな毎日を過ごしていたからか、あれ、僕死んだの? と思うときが何回かあった。でも、見えているはずの自分の存在が誰にも認識されていない事実を突きつけられ、自分の死をはっきりと自覚させられた。

「お目覚めかい?」

 はきはきとした明瞭な声。

 視線を上に向けると、橙色の髪をした女が僕を見下ろしていた。ついさっき僕の仮の上司となった、ザクロである。

「少し高いところから落下して頭を打ちつけたぐらいで気絶するなんて、ちょっと貧弱すぎんぞ、由」

「僕、気絶していたのか……」

「三分ぐらいたっぷりな」

 たぶん尻を庇うあまり、頭を打ち付けてしまったのだろう。尻隠して頭隠さず。本末転倒だ。

 というか現世に来るのに気絶するくらい高いところから落下する必要はあったのか、疑問である。

「これから一体何をするんだ? 回収業務の詳しい内容については知らないので、教えてほしいんだけど」

「見て覚えろ」

 突き放すような物言いに、僕は口をつぐむ。一目見たときというか、あんな派手な登場の仕方をしたときから分かっていたけど、グリムのように扱いやすい相手ではなさそうだ。

 ザクロは首を動かし、交差点を歩いている人々を見回している。

 それにしても、人の往来が激しいところにチェーンソーを持った女子高生がいる光景というのは現実味が全くない。彼女のことを見えている人がいたら、映画撮影でもしているのかと思われて注目を集めることになるだろう。

 僕たちが今いる場所は駅前の交差点。歩いている人はあまり多くはなく、駅の外壁やバスターミナルなど所々が工事中なせいで物寂しい印象を受ける。

「……あれ?」

 この殺風景な光景には見覚えがあった。

 気が付いてみれば、記憶を掘り返す必要もない。それもそのはずだ。僕はこの場所に何度も足を運んだことがあるのだから。

 ここは、僕が住んでいた街にある駅前。

 駅前の至る所が工事中なのは、新幹線が開通する影響を受けての改装を行っているせいだ。どうせこんな地方の駅で降りる人なんて多くはないだろうに。

「なあ、今回の仕事場をこの街に決めたのはザクロか?」

「は? ちげえよ」

「じゃあ、誰なんだ?」

「由の上司の上司さ」

 支部長、か。

 どう考えても、回収業務の担当地域がこの街になったのは、偶然であるはずがない。僕が回収業務に加わるから、この街になったと考えた方が自然だ。

 初めての回収業務ということもあり、支部長が僕に気を遣ってくれたのだろうか。緊張しないように慣れ親しんだ場所で、と。

 楽観的な考えだけど、妥当な考えであるはずだ。

 それなのに。

 何故かその考えは間違っていると確信している自分がいた。

「おーい。ちゃんと見てんのか?」

「いたっ」

 考え事に夢中になっていたところをデコピンされる。指が鉄か何かで出来ているのではないかと思うくらい痛かった。

 僕はおでこをさすりつつ答える。

「ザクロが交差点を見回して、道行く一人一人の顔を注視していたのは見てた」

「で、あたしが何をしていたか分かるか?」

「たぶん、転生させる候補を探してたんじゃないかな? その人が死んだときに回収できるように」

「……へえ、勘がいいな」

 僕の答えを聞いて、ザクロが口元を歪ませる。彼女にとっては笑顔を浮かべているつもりなんだろうけど、はっきり言って怖い。彼女が笑うと、吸血鬼の牙のようにとがった犬歯が見えた。

「そして、転生させる候補を見つけたら、次に何をするのかって言うと、目印をつけるってわけだ。こんな風に、な」

 ザクロは横に大きくチェーンソーを払うと、それは銃へと姿を変えた。リボルバー式の黒い小型の銃。彼女はその銃を躊躇うことなく発砲する。初めて聞く銃声の音に、僕は思わず耳を塞いだ。

 人の隙間を縫うようにして飛んでいく弾丸は、交差点を渡りきったばかりの女子学生の背中に命中したのに、撃たれた女子学生は何も気にした様子はなく、友達と談笑を続けている。

 弾丸が当たった箇所は血のような赤いしみができていた。しかしすぐに服の色に同化して見えなくなってしまう。

「これであいつが不意に死んだときや、死期が迫っているときはすぐに転生局に連絡がいくようになる。お目当ての人間を見つけて撃てばいいだけなんだから、簡単だろ?」

「いやいやいや、ちょっと待て」

 簡単とかそういう話ではない。

 ちょっとした諍いで僕の首元に鎌を突きつけてきたグリムといい、目印をつけるために拳銃を使うザクロといい、どうしてグリム・リーパーは荒っぽい手段を用いる奴らばかりなんだ。見ているこちらがハラハラしてしまう。

「んだよ」

「んだよ、じゃないよ。いきなり人様に発砲するなんて何考えてんだ。マーキングするなら、もっと他の方法があるだろ」

「しゃあねえだろ。こっちの方が効率いいんだし、マーキングをつけられた相手にも害は一切ねえし。何も問題ない。むしろメリットしかねえ」

 ううむ。

 最小限で最大限をモットーにしている身からすれば、効率がいいと言われては反論しづらい。

 ザクロは何を考えたのか、拳銃の銃口を僕に向けた。

「危なくないって信じられないなら、自分の身体で確かめてみるか?」

「けっこうです。だから、銃を下ろして」

「そっかー。一度、死んだ人間を撃ってみたかったのに……」

 残念そうに、物騒なことを呟くな。

 生きている人間で我慢してください。的ならうじゃうじゃあるので。

「それで、目印をつける対象はどうやって見つけるんだ?」

「あたしはビビビッ、ときた相手を狙い撃ってる」

「テキトー過ぎんだろ……」

「冗談だって。本気にすんじゃねえ」

 あんたの冗談は分かりづらいんだ。常に顔が怒っているように見えるせいで。

 ザクロは人差し指で拳銃を回しながら、話を続ける。

「目印をつける対象は、日によって変わる。前のときは、ほどほどに幸福な人生を歩んでいそうなやつが対象で、今回はほどほどに苦労な目にあっているやつが対象だ」

 とても曖昧な基準だ。

 転生させる対象は無作為に選ばれるのかと思っていたけど、どうやら違ったようだ。

「そんなのどうやって分かるんだよ」

「見ればわかる。ま、残念ながら由には無理だ。それができんのは、あたしらグリム・リーパーだけだ」

 ザクロの話によると、人がどんなことを考えて、どんなことを想って生きてきたのか。魂に刻まれたその歴史を、グリム・リーパーは色で把握できるのだという。

幸福な人生を歩んできたやつの魂は比較的明るい色で、逆に不幸な人生を歩んできたやつの魂は暗い色である場合が多い。当然、例外もあるらしいけど。

 ふと、グリムと初めて会ったときのことを思い出す。


 幸せに色があるとしたらどんな色だと思いますか?


 何の意図があったのか分からないけど、グリムはその質問を僕にだけしかしていない。

 グリムは僕の魂の色を見て何を思ったのか、少し気になった。

「なあ、ザクロ。僕の、僕の魂はどんな色をしている?」

「あん? どうしてそんなこと知りてえんだ」

「なんとなく、だよ」

 嘘ではない。

 自分が今まで何を考え、何を想ってきたのか。それを知りたいと思った理由は、言葉で表現できなかった。

 ザクロはつまらなそうに言う。

「教えねえよ。教えらんねえし、教えたくもねえ。自分の魂のことを、他人のあたしに聞くな。自分の魂のことは自分が一番よく分かってんだろ」

「…………」

 ザクロの言っていることは正しい。正しかったから、僕は何も言い返すことができなかった。

 ザクロに聞かなくても分かっている。

 十六年間、生きてきた自分の魂の色がどんな色をしているのか。あの部屋が、グリムが僕に教えてくれた。

 ザクロは僕と会話をしながらも、次々と交差点にいる人々を撃っていく。

 僕には魂の歴史を色で識別することはできない。でも、ザクロが撃った人たちの顔に本当の笑みが浮かんでいないことは分かる。

 僕はただ黙って、銃声を聞いていることしかできなかった。



12/7加筆修正

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