まさに理想の職場
転生局とは、名前の通り死んだ人に転生をさせるところである。
どうして死後の世界に、そんな誰の役に立つのか分からない局が存在するのか。
グリム・リーパーが暇つぶしのために作ったのかもしれないし、何らかの重大な存在理由があるのかもしれない。それとなくグリムに訊いてみたら、「みんな」の幸せのため、という嘘くさい解答をいただいた。
とりあえず、その疑問は置いておく。
一週間ほど前から、僕はこの転生局で記録係として働いている。グリムの仕事の補佐役として。
記録係の仕事は簡単だ。グリムからの質問を受けて、僕たちのいる部屋に訪れた転生対象者が答えた内容を書き留めればいいだけ。
僕がどうして転生局で働いているのか。これにはちゃんと答えられる。
簡潔にまとめると、僕が転生を拒んだからだ。
自分の不注意で車に跳ねられて死んだ僕は、真っ白な部屋で真っ白な少女に出会った。
そこでグリムに色々質問された。そして、最後に、転生に興味はありませんか? と聞かれた。
その問いに僕は、
「まったく」
と、答えた。
転生を拒んだのは、はっきりとした理由があったわけではない。
なんとなく。
この一言に尽きる。
後付けの理由なら、今はちゃんとあるけど。
転生をしないと言われたのは意外だったのか、きょとんとした顔をしたグリムに、現世に未練はないの? と訊かれた。
もちろん未練がないと言えば嘘になる。
まだ世界中の料理は食べ尽くしていないし、世界中の本も読み尽くしていない。
そして、なにより家族との別れもできていない。
両親は僕が死んでも時間と共に受け入れて、いつも通りの生活に戻れるだろう。僕はあの人たちにとって、あまり必要とされていない存在だったから。
でも、妹はそうはいかない。
僕に異常なまで懐いていた彼女は、簡単に僕の死を受け入れることはできないだろう。自惚れでもなんでもなく、そう断言できる。
だからと言って、死んだ僕にできることはもう何もない。もし転生したとしても、妹に会えるとは限らないし、魂だけがあっても仁見梓の兄としての身体もなければ、彼女にとっては何の意味もない。僕にできることはこの部屋から、妹の幸せを願うことぐらいであった。
グリムの話によると、転生は誰にでもできるものではなく、グリム・リーパーに選ばれたものにしかできないのだという。選ばれなかった者たちは一人の例外もなく地獄または天国に送られることになる。過去、僕のように転生を拒んだものも天国送りになったらしい。
天国送りに不満はないけど、一つ確かめておきたいことがあって聞いてみた。
「ちょっと聞いておきたいんだけど、天国では好きな時に好きなだけ食事ができて、本が読める?」
「それはないですよ。天国に行ったら、魂だけとなって人としての形を保つことができなくなりますから」
前言撤回。
絶対に天国にはいかない、と決意する。
その決意を伝えると、グリムは顔を俯かせた。
さすがに転生と天国行きを拒んだのは転生推進局が発足して以来、僕だけだったらしく、グリムはどう対応していいのか困っているように見えた。しばらくの間、沈黙して、机を人差し指で突きながら思案していた彼女の顔が唐突に明るくなる。
名案を思いついたのだと言う。
そして。
グリムの思いついた名案というのが、転生局の記録係として働くことであった。
不思議な力でお腹いっぱい食事ができて、空いている時間には思う存分本が読める。できれば新しい本が読みたいけど、それは贅沢と言うものだろう。
働いてみてわかった。
ここは、まさに僕の理想の職場だと。
12/2 加筆修正