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愚かな質問

 話は落ち着けるところでしよう。

 そう、坂木さんに提案されたので、僕と宗一は虹色の羽を、坂木さんは転移魔法を使って町に戻った。坂木さんはこの街について詳しいらしく、迷いのない足取りでとある酒屋に僕らを連れて行ってくれた。

 酒屋の中は夕方近くということもあって、人はほとんどおらず静かだった。壁際の丸いテーブル席を三人で囲む。

 メニュー表に書かれている飲み物がどんなものか分からなかったので、僕ら二人は坂木さんが頼んだ、『ビードル』という飲み物を注文した。せっかく異世界に訪れているのだから、おいしい飲み物が飲みたかったのだ。

 だけど、まずは、飲み物が届く前にやっておくべきことがある。

 僕は宗一と横目で視線を合わせると、

「助けてくれてありがとうございました」

 同時に頭を下げた。

「ああ、気にするな。大した手間じゃなかったから」

 それは社交辞令ではなく、本音だろう。僕らが命を何度捨てても勝てないようなドラゴンを、一撃で葬ってしまう坂木さんにとっては。

 宗一が目を輝かせて言う。

「すごかったっすよ、あの斬撃。氷を消滅させるだけじゃなくて、ドラゴンすら両断しちまうなんて」

「あれは俺の力だけってわけじゃない」

「と、言いますと?」

 坂木さんは大剣の柄を軽く叩いた。

「俺の持ってる大剣、『終わる世界ワールドエンド』は魔法をすべて無効化にする。つまり、あの馬鹿でかい氷の塊が一瞬で消滅したのはこの大剣のおかげだ」

「とんでもない大剣ですね、それ。でも、ドラゴンを切り裂くほどの斬撃を飛ばすことができたのは……」

「俺の力だ」

「すげえ! すごすぎる!」

「それほどもないさ」

「いやいや、それほどでもありますって!」

 いつもの五割増しでテンションの高い宗一である。ちょっとはしゃぎ過ぎな気もするけど、坂木さんも自分の力を褒められて微妙に嬉しそうなので問題はないだろう。

「どうぞ」

 店員の女性がジョッキを三つテーブルに置いた。ジョッキの中身は明るい茶色の液体であった。

「これはどういう飲み物ですか?」

「ううん、元の世界のもので例えるなら、甘くてアルコールの入っていないビールだな」

「それ、おいしんですか?」

「まあ、飲んでみろ」

 坂木さんの言い分は正しい。

 僕はジョッキのふちを口に運ぶ。

 生前の僕は未成年だったので、ビールは飲んだことがない。だから、この『ビードル』という飲み物が現代のビールと似た味なのかは分からない。

一口で血糖値が上がっていくのが分かるくらい甘い味に、わずかに残るほろ苦さ。かなり好みの味の飲み物だった。

 分かりやすく表情に出ていたのか、坂木さんが口角を上げる。

「な? 確かめてみないと分からないもんだろ?」

「そうですね」

 じっくりと、ビードルを口の中で味わう。未知の味に触れるという何物にも代えがたい喜びを噛みしめるように。

 ただし、宗一にはそういう情緒が存在しないらしく、

「これ、うまいっすね。お姉ちゃん、もう一杯!」

 一気飲みして、お代わりを頼んでいた。

 とりあえず頭を叩いておく。

 さて、と。

 そろそろ本題に入ろうか。

 宗一さんと坂木さんはどうだかわからないけど、別に僕は坂木さんとお茶の時間を過ごすためにこの酒屋に来たのではない。

 目的は二つ。1つは感謝の気持ちを伝えることと。そして、もう一つは、疑問を解消すること。

 僕は空になったジョッキをテーブルの上に置いた。

「それにしても驚きましたよ。まさか坂木さんが僕のことを助けてくれるなんて」

「あんたらら二人を助けられたのは、偶然だ」

「偶然ですか?」

「ああ、この街のギルドの受付の女性に、新人で洞窟の中に潜むドラゴンに挑もうとしている馬鹿がいるって聞いたものでな。普通ならそんな馬鹿は放っておくんだが、その受付の女性に気になることを聞いたんだ。ドラゴンを討伐しようとしている新人は、見たこともない黒い服を着ていたって。俺のもとの世界からきた人間かどうか確証はなかったが、確かめずにはいられなくてな」

「それで、俺たちを追いかけてくれたわけっすか」

「その通りだ」

 自分が馬鹿呼ばわりされているというのに、宗一はまったく気にしていない。まあ、本当のことだから反論する気が起きないだけかもしれないけど。

「転生したのに、僕のことを覚えていたのはなんでですか?」

「ん? 知らないのか? 転生する前に、アンケートを書かされたんだ。転生するに当たっての希望について」

「例えばどんな?」

「性別とか、年齢とか、どういう力が欲しいとかだな。アンケートに他に、はい、いいえで答える項目があって、その項目の一つに今までの記憶を保持したまま転生しますか? という選択肢があった。俺はその選択肢、はいを選んだ」

「そういうことですか……」

 裏でそんなことが行われていたなんて、僕は一切知らなかった。支部長が渡してくれた転生局の業務の紙にはそんなこと書かれていなかった。グリムからも説明されていない。

 二人とも、僕に教える必要はないと判断したのか。

 それとも……。

「まあ、偶然とはいえあんたに会えたのは嬉しい誤算だった。あんたにはお礼を言っておきたかったんだ」

「お礼を言われるようなことをした覚えはないんですが……」

「何を言ってやがる。俺をこの世界に送り出してくれたじゃないか」

 それはちょっとというか、かなり誤解がある。

 この世界に坂木さんを送り出したのはグリムであって僕ではないということを、はっきりと伝えた。

「あのグリムっていう女の子にも当然感謝してる。だが、さっきも言ったが、俺はあんたにも感謝してるんだ。素直に俺の感謝、受け取ってもらえないか?」

「そう言ってもらえるのは嬉しいです……」

 少々複雑な気持ちではあるけど、感謝の言葉を拒否する理由はどこにもない。

 僕はふと、疑問に思ったので聞いてみた。


「坂木さんは、この世界に転生して満足してますか?」


 僕の唐突な質問に、

「ああ、満足してる」

 坂木さんは即答した。

「前の世界では母親の金を使い潰すだけであった俺が、この世界では誰かのために生きることができている。これで満足していないわけがないじゃないか」

「そうですね」

 清々しく、迷いのない回答に、僕は自分が愚かな質問をしたと後悔した。


 しばらく坂木さんと談笑した後、すっかり打ち解けた宗一を残して、僕は先に店を出た。

 向かう先は、ギルド会館。

 そこで話を聞かなければならない相手がいる。


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