転生に興味はありませんか?
幸せに色があるとしたらどんな色か。
目を覚ましてすぐに、そんなことを聞かれた。
僕は立方体の部屋にいる。
目に映るすべてのものが白い。天井も床も壁も、僕に問いを投げかけてきた少女の肌も服も髪さえも雪のように白かった。
少女は部屋の中央で佇んでいる。天井から光が降り注いでいるのに、彼女の足元には影ができていない。気になって自分の身体の方に目を向けてみたけど、彼女と同様に影はどこにも見当たらなかった。
何でもいいから身体を支えてもらわないと冷静になれそうにない。僕はゆっくりと立ち上がると、壁に背中を預けた。
ここがどこなのか。
どうしてここにいるのか。
目の前の少女に聞かなくても分かっている。分かるというよりも無理やり分からされた、と言った方が正しい。ここではそういう風にできているのだろう。
時間はたくさんある。なので、まず少女の問いに答えることにした。
ほんの少しの間、僕は口を覆って思案し、
「黒色」
と、答えた。
きっと少女の問いに対して、赤や黄色といった明るい色だと答える人もいれば、透明や白といった少し変わった答えを言うものもいる。正解なんてない。人がどんなことに幸福を感じるかなんて、一人一人によって異なる。
僕の考える幸せは、色んな出来事が積み重なって心が満たされているときだ。そして、そうなっている状態というのは、様々な色の絵の具を混ぜ合わせたら黒く濁ることに似ている。
だから、幸せに色があるなら黒色、と答えたのだ。
「私と同じ答えですね」
そう言って、少女は微笑んだ。笑顔を浮かべると、背が低いことも相まって、小学生にしか見えない。
「ここがどういうところだかわかりますか? ここに来た方は自動的にこの場所についての知識を得ることができるはずなのですが」
「ええ、まあ、一通りは。……すぐに受け止めるのは難しいけど」
「そうでしょうね。それが当たり前だと思います」
僕の返事を受けて、少女は指を鳴らす仕草をしたけど、紙と紙をすり合わせるような微かな音しか聞こえない。もう一度指を鳴らすと、今度はちゃんとパチンという音が聞こえた。それが嬉しかったのか、少女は見た目に反しては膨らんだ胸を張り、誇らしげな顔を浮かべる。
この少女、見た目だけではなく精神も子どもと同じようだ。
少女の指パッチンが合図だったのか、僕らの目の前に突如として机とパイプ椅子が現れた。それらもすべてが白色に染まっている。
この部屋で白色でないものは僕ぐらいだからか、異物として扱われているような気がして、かなり居心地が悪かった。
「どうぞ、腰をお掛けください」
そう促されて、僕と少女は机を挟んで向かい合う形で座る。
近くで見ると、少女は幼いながらも整った顔立ちをしていた。白銀の唇は濡れたように光っている。白銀の瞳は猫みたいに丸く大きくて、意思の強さを感じさせられた。
背景と混ざって見えづらいけど、髪は肩で切り揃えられ波のように横に広がっている。着ている服は白いワンピース。手足は枝のように細く、強い風が吹いたら踏ん張りきれずに吹き飛ばされてしまいそうだ。
見た目は年相応の少女。
でも、視覚以外の全身の感覚は感じ取っていた。子どもとは思えない、息苦しさすら覚える威圧感を。
「今から私はあなたにいくつか質問をします。これはこの場所に訪れたすべての人に行っていることです。できる限り私の質問に答えていただきたいですが、強制ではありません。答えたくなければ口をつぐんでいただいて結構です。申し訳ないのですが、あなたからの質問はその場ですぐに回答できるものに限らせていただき、それ以外の質問には後ほどお答えさせていただきます。私からの説明は以上です。
それでは質問に移ります」
少女は僕が口を挟む間もなく言い終えると、机の表面を手のひらで撫でた。よく目を凝らさなければわからないけど、いつのまにか机の上には紙と白いペンが置いてある。紙には一定の間隔で文字が書いてあり、たぶん質問事項を記しているのだと推測できた。
ペンを握りしめて、少女は僕の目をまっすぐ見つめてくる。
「あなたの名前は?」
「仁見由」
「年はいくつですか?」
「十六」
「家族について教えてください」
「家族は母と父と妹の四人」
「…………以上ですか?」
「まあ、以上だけど」
少女はペンを回しながら、ふむ、と意味深げに頷いた。
何かおかしなことを言っただろうか。
「質問に戻ります。趣味は何ですか?」
「食事と読書。特別に好きな料理とか小説とかはなし。何でもおいしくいただくし、何でも読む」
「ここがどこだか分かりますか?」
「死後の世界みたいなもの。で、合ってる?」
「はい。合っています。いつ、どうして亡くなったか覚えていますか?」
「いつだったかは覚えていないけど、学校からの帰り道に、本に夢中になってるところを車に轢かれたはず。全身がひどく痛かったのはよく覚えてる」
我ながら本当に間抜けな死因だ。僕の不注意のせいで人を殺めさせてしまった車の運転手には同情する。僕の苦しみは一瞬で終わりだけど、僕を殺してしまった運転手の苦しみはどうしようもなく長い。
学校の帰り道に轢かれたからか、僕の恰好は学生服だった。
「あなたは私がどういう存在だと思いますか?」
「死神、もしくはそれに近いものだよね?」
「正解です。ただし、一つ訂正すると、私たちは私たちのことを死神ではなく『グリム・リーパー』と呼んでいます。まあ、あなたにとっては死神でもグリム・リーパーでも意味は同じでしょうが。ああ、あとそれから、私のことは気軽にグリムと呼んでください」
昔読んだ、とある本に書いてあった。『グリム・リーパー』というのは日本で言う死神の西洋風の呼び方。確か、『グリム』は無慈悲な、という意味で、『リーパー』は刈り取り機とか鎌という意味であったと思う。ただ、少女、グリムの言うとおり、どちらも死の擬人化という意味で違いはない。
「それでは、最後の質問です」
グリムはペンを机の上に置くと、すっと背筋を伸ばした。
もう、最後の質問か。
こんな簡単な質問で何かが変わるのだろうか。地獄行きか、天国行きかを決めるのだろうか。
それならもう少しちゃんと答えればよかったかな、と思った。天国に行った方がおいしいもの食べられそうだし、もしかしたらあの世にしかない本なんてものが読めそうだから。
グリムはそっと僕の手を取ると、至極大真面目にこう言った。
「転生に興味はございませんか?」
予想の斜め上の問いに僕は―――。
11/29 修正加筆