幻影使いの病院
しんちゃんの笑顔は眩しかったし、しんちゃんの魅力も少しわかったけれど、ハリボテ制作の時のしんちゃんはあいかわらずいい加減で、リーダーの癖にさっさと帰ってしまうことも多々あった。曰く、大事な人のお見舞いに行っているそうだが、実はサボりなんじゃないか?と僕は疑っている。
そういう僕も、今日はハリボテ制作をサボってカラオケに来ている。
いつもは真面目に参加しているし、まぁ多少はね?
「しんちゃんがーいたなーつーはー」
「とおいーゆーめーのなかーあー」
こうしてハリボテ制作の仲間と歌を歌う。
いい加減な性格とはいえ、しんちゃんは我々の中のネタキャラとして確固たる地位を築きあげている。
カラオケは安いし、僕は歌うのが好きなのでいいストレス解消だ。
「1時間200円、ドリンク代300円で合計500円です」
僕は耳を疑った。
「いやいや入店時は200円だけって言ったじゃないですか」
「でもドリンク飲みましたよね?」
交渉しても話にならない。今回は500円払ってやるが店長の名前を覚えておいていつか仕返ししてやる。
出不陽井次郎か、覚えておこう。
げほんげほん。熱唱しすぎで喉がいたい。
さらになんだか熱も出てきたみたいだ。全くついていない。泣けてくる。
翌日病院にいったが、やはり熱があった。
ぼったくりされた上に風邪まで引いちまった。ちきしょうあのカラオケ屋、二度といってやるものか。
そう思った矢先、昨日のあいつが病院に入ってきたのだ。
「兄貴の看病で...」
出不陽井次郎は気弱そうな口調でナースに言った。こいつの兄貴にも文句をいってやろう。僕は次郎についていった。
次郎とその兄貴の病室を覗いてみる。
兄も弟に負けず劣らずのふくよかな体型だ。メタボリックシンドロームで入院しているのだろうか?
「兄さん!カラオケ屋で儲けた金で美味しいものを食べさせてあげられるよ!」
「ああ。ありがとな」
こんな会話が聞こえる。ふざけるな。俺ら貧乏人から金を巻き上げてデブをさらにデブにしているのか。
「じゃあね、兄さん」
次郎が退出した。それを見計らって僕は病室に入った。
「あの金僕がカラオケ屋でぼったくられた金なんですけど」
いらいらした口調で僕は次郎の兄貴にいった。
「すまないな、弟がそんなことを」
そういって、彼は1000円を僕に渡した。
人間の鑑だ。僕はそう思った。
彼は出不陽井太郎と名乗った。自分はもう長くないこと、残り少ない人生を楽しめるよう弟が頑張ってくれていることを僕に話してくれた。
確かにぼったくりは許せないが、今回は許してやろう。話を聞くうちに僕はそんな気分になった。
「みたところ高校生だな。君、大学はどこを目指しているんだ?」
「まあ、王道を征く...東大ですかね」
「なぜ?」
答えられなかった。若干見栄をはって答えたのもあるが、僕はそもそも何故勉強をしているかがわからないのだ。
沈黙が流れた。
居心地が悪いなあ、と思った。すると廊下を見憶えのある影が歩くのを見かけた。その影はこちらに気づいたようだ。
しんちゃんも病室に入ってきて、出不陽井太郎さんと将棋をさしていた。そのときのしんちゃんの笑顔はとってもやわらかかった。
負けた気分だった。
人生を心から楽しんでいる表情をしていた。
それからというもの、僕は学校がない日はたまに出不陽井太郎さんに会いに行っていた。
見知らぬ老人のところに遊びに行くのもおかしな話だが、出不陽井太郎さんは僕にアドバイスを沢山くれて、とても有意義だった。
弟のほうとも仲良くなることができた。彼は、兄には残り少ない人生を精一杯楽しんでもらいたいと、目を輝かせながらいった。
病院内を散歩していると、しんちゃんも見かける。ヘラヘラにやけながら歩いているが、しんちゃんが「大事な人」の病室に入った途端、雰囲気が一変する。
病室を覗くと、そこにはしんちゃんがベットに横になったままの人に話しかけているのだ。
その様子を見ていると、なんだか頭が痛くなってきたので見るのはやめにした。
太郎氏のへやに戻ることにした。
「私は精々残り一ヶ月だそうだ」
出不陽井太郎氏は言った。今日宣告されたのだという。それを言われた時、次郎は泣いて診察室を飛び出してしまったという。
それから僕は毎日太郎氏の見舞いに行った。
短い間だが縁のある相手だ。悔いなく看取りたいと思ったのだ。
しかしどうもこの病院にいると気分があまりよくない気がする。あまり生きている感じがしないというか、、、昨日まではそんなことはなかったのだが。
他の患者も、しんちゃんも、同じような感覚があるようだ。
出不陽井太郎さんを除いては。
太郎さんが余命一ヶ月だと言われてから次々と奇妙なことが起きた。
次郎が看病に来なくなった。
他の患者も体調不良を訴えるようになった。
その患者たちは謎の部屋に連れていかれ、さらにやつれていった。
太郎さんは相変わらず丸々と太っている。ついに僕としんちゃんにもナースからお呼びの声がかかった。
「念のため、私もついていく」
太郎さんは言った。
ナースについていくと廊下の色が変わっていった、、、この感じ、前のしわしわ女の時と同じだ。
「僕たちどうなってしまうんでしょうか」
「なるようになるさ」
相変わらずヘラヘラにやけながらしんちゃんは答えた。
そして真っ黒な部屋に通された。
「さっさとすいこんで下さいねぇ〜」
笑顔で命令している男は狸に似ていたー
そして怒鳴られながら患者に瓢箪を向けている男ーそれはまぎれもない出不陽井次郎だったのだ。
次郎は太郎さんを見るなり泣き顔になった。
「に、兄さん!」
「次郎!なにをやっているんだ!」
次郎は答えなかった。
「申し訳ない...!」
次郎は僕としんちゃんに瓢箪を向けようとした...だが何度やっても向けることができないようだ。
「狸様、できません...」
次郎は涙声で狸に言った。
「なに?お前には沢山給料を出しているじゃないか。この世界に入ってしまったらもう後戻りはできないといいましたよねぇ〜」
狸は冷徹だった。
「もう無理です、罪もない人の命吸い取るなんて」
次郎は声を絞り出して言った。
「兄さんに美味しいものを食べさせたかっただけだったんだ...」
「じゃけんこの役立たずを始末しましょうね〜」
狸が次郎に襲いかか♂った!
倒れていたのはー
出不陽井太郎だった。
太郎さんの防御力は凄まじかった。
狸のあれだけの攻撃を食らっても息絶えなかったのだ!
「に、兄さん!」
次郎は太郎さんのもとへ駆けつけた。
「なあに、、もともとあとわずかだったんだ。次郎、もうこんな馬鹿な真似はするな」
僕はこの現場をなみだなしでは見られなかった。泣けてくる。しかし次郎は精神年齢が幼すぎないか?
「しとめ損ないましたか。ではとどめだ!」
狸が高速で斬りかかってきようとしたまさにその時!
「そうはさせない」
より高速の三闘士が狸を弾き返した。
「団長!」「さくちゃん!」「さきちゃん!」
三人一斉に狸に斬りかかった!狸は耐えられないだろう。
「残念、それは幻影ですねぇ〜」
狸の幻影は消え、どこからか声が聞こえた。
「今回は撤収しましょう。残念ながらあなた方が僕に勝てる確立は『永遠の0』です」
真っ黒だった部屋が普通の病室に戻った。
太郎さんが言った。
「私はもう長くないだろう。ただ一つこれだけは言っておきたい」
「未来はそこにあるだけで素晴らしいものだ、君は東大に入りたいと言ったね。」
僕が言われたはずなのに、団長としんちゃんの目が大きく見開いた。
「何故東大に入りたいか、理由はなくてもいい。あとからついてくるものだ。君たちの未来に期待しているよ」
「僕はこれから真っ当に兄さんを助けようと思う」
次郎が言った。それが一番いい。自分が危険な目にあって、他人に迷惑をかけて人を思いやるのは思いやりとはいえないのだ...今回得た教訓だ。
最近は奇妙なことが確かに多い。だが、今までのつまらない毎日と比べるとえるものが多いのも、また事実だ。
「どうですかな、最近の生活は」
背後から声が聞こえた。
「最高...とは言わないけど、中々だよ」
「そうですか、それはよかった。
ホーッホッホッホ...」
夕焼けに焼かれながら、僕は鳥のさえずりを聞いていた。