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0と1の間の第2話


 あまりの唐突さに伏せていた顔を上げた拍子に机ががたんと悲鳴を上げる。静かすぎる教室にその音は響いたが注目したのは教壇の前の教師と前の席のイケメンだけだった。他のクラスメートは見向きもしない。


「……すみません」


 素直に謝ると、教師は授業を再開する。謝罪の一言が無くったっても、彼は授業を再開しただろうけれど。

 こちらを振り返ってにやにやし続けている短い茶髪のイケメンは無視することにした。多少荒い扱いをしたって彼は何も思わないだろう。

 あーあ、気持ち悪い。びっしょり掻いてしまった汗を拭う。どうやら何時の間にか居眠りを始めてしまっていたようだ。

 時計を見て爆睡時間は十分ほどだったのを知った。今日最後の授業の遅れを取り戻すために黒板を写しにかかる。その脳は見ていた夢のことを考えていた。


 久し振りに嫌で、意味の分からない夢を見た。でも、あの夢がもし誰かが作ったもので、僕にあることを伝えようとしていたのなら、それは間違いなく成功していると云えるだろうね。

 自分では分かりきっていたとしても、あの事実が嫌すぎることに違いはない。そう、事実とは、彼女が云う理不尽な罪とその罰のこと。そしてそれを伝えられるのは更に気分が滅入る。もう、最悪なほどにね。

 よって今のテンションは今日の中で最低のはずだ。


 それにしても、彼女。あれは、誰だったのかな。

 夢とはかなり曖昧なもので、見ている内は『夢』と気が付かなければはっきりとしている気がしているのに、目覚めるとどうしてそれを夢だと気が付かなかったのかが不思議になる。だから夢は素敵なんだけどさ。――ん? なんだか話が少しズレているな。

 あの女の顔は今はもう思い出せない。でも、誰かに似ていた。その顔を見て吐き気を催したほどだから、きっと大嫌いな奴の顔に似ていたのだろう。今では全く見当が付かないけれど。


 早くも黒板を写すことを僕は諦めた。僕らの世界史の教師は黒板に大量に書き込むことで知られている。丁度黒板がいっぱいになっていたので、彼は半面消した。僕はまだ五行ほどしか写していなかったのに。

 ペンを置いてみたが、やることがない。寝ようとも思ったが、また眠って悪夢を見るのは避けたいしそうたいして時間が在るわけではない。やることがない。仕方なく僕は左を向いた。


 今教室には置かれた机の半分ほどしか生徒がいない。まぁ、無断欠席ということだから全員が全員、サボりだろうな。全寮制のこの学校をサボって、皆さんは何をしているのだろうか。皆勤賞の僕には分からない。

 教室がすかすかなのは、今日だけの話ではない。僕の隣の席の方に限っては始業式から一度も登校していない。今いるクラスメートだって、授業をちゃんと受けているとは限らない。二十人と少しの人数がいるが、その八割はぼーっとしていて、一割と少しは余所事を必死で行っていて、残りの一割にも満たない人数のみが授業を受けている。

 前の席の悪友、後木うしろぎ 恭輝きょうきに限っては必死で縄を結っているに違いない。


 授業終了を告げるチャイムが鳴らされる十分前。教師は授業を切り上げる。

 やる気の無い室長の号令と共に礼をやる気なく終えた後、教師はさっさと白で統一された教室を出て行った。


 決して授業を放棄されたわけではない。

 これがここ、二年四組が学校から無理矢理与えられた常識だった。


 他のクラスが本日最後の授業のラストパートを駆けている時間、二年四組は下校の準備を着々と進め、下校を始める。僕も例外ではない。


「美戯、お前寝てただろぉ! お前も居眠りするんだな」


 分かり切ったことを尋ねてくる恭輝を無視しながら、鞄に少ない荷物を詰める。一応云っておくが、いつもいつも彼を無視しているわけではない。今日はそういう気分なのだ。幸いか不幸か、彼の強靭な心はそれぐらいでは何とも思わないだろう。


 恭輝の言葉以外に発される物は存在しない。空気のようなクラスメートは一言も喋らない。僕が言葉を交わす相手は、首吊りが趣味な悪友とその非常識な婚約者のみ。それを苦と思わない僕らは、この教室においては通常だった。


 二年四組。この学園で取られている『隔離体制』の対象クラスだ。隔離体制とはその名の通り、『異常在り』と学園側から認識された生徒たちを一クラスに集めて隔離する制度。だと僕は理解している。今いるメンツも考えて。

 今年初めて実施するようで、異常な生徒たちを隔離してどのくらい他の生徒たちの成績が上がるか、そんな調査のようだ。まぁ学園側がただ臭いものに蓋をしたかっただけだと思うが。


 僕らは、隔離されている。最初は腹が立ったが寧ろ今の方が有り難かったりもする。物珍しそうな目やいかにも、コイツおかしいなみたいな感じの視線に晒されるのは勘弁して頂きたい。まあ僕はどちらかと云うと、悪友の奇想天外な言動のせいで、刺激的な眼差しのとばっちりを喰らっていただけだけどね。たぶん。

 とは云っても僕は素直な子では決してないから、異質を排除しようとしてこれでよしと胸を張っているような連中にいい子で従うつもりはない。


 担任は終礼に来ない。担任は今頃他の教室で古きよき文法について語っているのだろうから。担任の姿を拝めるのは滅多に無い。が、別に拝みたくはないから問題はない。


 朝も僕らは普通の連中と違って、遅れて登校してくる。その時間、担任は漢詩について他のクラスで語っているだろう。


 それが、僕らにとって『通常』だった。


「恭、今日の世界史のノート見せてくれない?」

「わりぃ、真っ白だ!」

「……良いよ、別に期待していなかったから」


 帰る準備は万全だ。僕は薄っぺらい鞄を肩にかけた。


「じゃあ、お先に」

「おうよ。俺もこれ仕上げたら日課終わらせて部活行く」

「……部活遅刻するぞ」


 下校の準備を初めてもいない恭輝は依然として縄を弄っている。そして色素の薄い瞳を見開いたかと思えば突然、こう叫んだ。


「ぜってぇ、手に入れるぜ! ――――を!!」


 がたーんとガッツポーズをしながら立ち上がった拍子に倒れた椅子が、核心に触れる言葉をまるで意図したかのように掻き消した。お陰で変態発言を阻止できたので良しとしよう。


 無駄の見あたらない体格に、十人女性がいたら十人全員が振り返るほど整った顔。弓道部の彼が弓を引き、矢を射る瞬間、短く切った髪が鋭く揺れる度に女子の悲鳴が上がるのは有名な光景だ。学校一のイケメン。その称号がぴったりな彼だが、その性格と趣味と日課のせいで随分と平均的な顔の僕に貶されている。


 因みに彼の日課は誰よりも早く、朝一番に教室に入って「このやろぉぉお」と叫び、一日の終わりには最後まで教室に居残って「このやろぉぉお」と叫』ことだ。意味はないと思う。もしかしたら隔離について、彼なりに思うことはあるのかもしれないけれど。


 周りの反応は相変わらず皆無。というかもう教室にいる人は残りわずか。


「ぱちぱちぱちぱちぃ~」


 ――あ、嘘でした。

 人が少なくなっているのは本当だが、反応を示した者は皆無だったというのは嘘だった。たった今嘘に成り上がった。僕の横には、恭輝に向かって拍手をしながらその効果音を口にする絶世の美少女がいた。


「恭輝君、かっこいいぃ」


 腰まで届く黒髪に黒い目の純日本を思わせる少女の肌はまるで陶器のように艶やかで白く、整った顔立ちは日本人形顔負けだ。十人の男性がいれば十人全員が振り向き、且つ女性たちもあまりの美しさに息を呑むかもしれない。学校一の美少女の称号がよく似合う彼女だが、彼女もまた二年四組の住人で在る故、変人だった。


「かかり」


 ガッツポーズを未だに続ける恭輝は首だけを動かして彼女を見る。かかりと呼ばれた美少女はにっこりと笑った。それはもう身の毛もよだつほどの美しさで。

「今日も部活なの?」

「そうですよ」


 美少女はにこにこと微笑んでいるが、美青年は超真顔。

 彼女の問いかけに応じるとき、会話を交わすとき、恭輝は彼女に大人顔負けの超丁寧な敬語を使う。最初はかなり違和感があった僕だが、今更何とも感じなくなってきた。まぁ、仕方がないのだ。恭輝は彼女のことが苦手なようだから。苦手な奴に対して超丁寧口調になってしまう、いるだろうそういう奴。え? いない? うーん……まぁいいや。


「じゃあ、アタシ待ってるね」

「分かりました」

「……僕は帰るね」


 早めに下校の意志が在ることを伝える。でなければ二人の面倒臭いやり取りに巻き込まれかれない。僕がそう告げると恭輝の態度がぱっと変わった。


「おぅ、じゃあな!」

「おやすみなさい、風桐かざきり 美戯」


 続いて白原しはらは かかりが至近距離から早く帰れと云わんばかりに手を振る。


 ――まだ寝ないんだけどね。

 二人に背を向けながら僕は心の中で呟く。


 因みに、白原は僕をフルネームで呼ぶ。風桐 美戯、と。白原は僕に大人顔負けの敬語を使ってくる。そして僕らは仲が良くない。一方的に僕が彼女に嫌われた感じだ。白原は恭輝の名字を名乗るので仕方なく後木さんと僕は彼女を呼ぶ。もちろん理由在ってのことだが僕はどうも納得できない。


 教室を出た。がらんどうな幸せな廊下。さあ、部活もない、趣味もないに等しい、でも勉強もしない僕は今から何をするべきだろう。

 答えは簡単。帰って、寝る。寝る子は育つはずなんだ。……もう少し、身長が欲しいんだよね。

 寝ないって云ったばかりだろうって云いたいんだよね。うん、寝ないよ。かかりの僕に対する「寝る」はきっともっと別の意味なんだよね。永眠っていうじゃないか。それだよそれ。僕らの仲はシロクマもびっくりな氷点下云々度になってしまっている。それも一方的にね。

 まあ「寝ろ」と云われたところで、すぐ寝れるように僕の体は出来てないんだけどね。





 僕は知らなかった。

 あの夢の黒髪の女は、このときにはすでに行方知らずになっていたということを。



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