今日は何をして遊ぼうか ~What game shall we play today
#45
「じゃあ、びっくりしたでしょう?」
「びっくりなんてもんじゃないですよ!もうね、目ぇ覚めたらいきなりスポーツ紙とかに名前がばーんと出てて、顔写真とか出てるし。おれ知らないうちに何やらかしたんかって青くなって…」
収録のスタジオに笑い声が起こる。出たことなどある訳のないトーク番組には、幾人ものゲストが良いタイミングで一樹の発言を混ぜっ返す。
「ちょっと待ちなさいよ。おもろすぎるわ、あんた」
MCで鍛えたやり取りの要領で何とか司会者の投げかけに答え続けていた一樹は、ふいに横にいたタレントに右肩を叩かれた。
…おれ、ここにいるほとんどの人、知らねえんだけど…
「いえあの、ただの一般人ですから僕」
自分の話が面白いはずもないことは、一樹自身が一番よくわかっていた。周りがうまくフォローしてくれる。ああ、こうやって二世タレントは作られていくのか。何だかそんなことまで思った。
楽器を吹くでもなく、そもそも何も持たず、ただ堅い椅子に座らされて振られた話を打ち返す。話術に長けた司会者は、それを客に受けるような会話に聞こえるよう変換する。
今回の目玉は「最近ワイドショーを賑わせた、大物芸術一家の落ちこぼれ」である息子なのだから、必然的に一番多く話をさせられる。
「いやいやいやいや、行けますよカズさん。モデルとかも経験あるでしょ?」
「ないですって!」
「テレビ経験豊富って聞いてますけど」
それはだって、バックバンドの片隅で顔なんか認識できないほどの小ささで。音も前録りしてしまうから吹くまねだけをただしていればよかったわけで。
「お約束バラしちゃまずいっしょ」
派手に大声を出す司会者に、めいっぱいにこやかに笑いかけると、なぜだか客席からは悲鳴じみた声まであがった。
「こんだけ背ぇ高こうてイケメンでお坊ちゃまでかっこええミュージシャンで…ああこれがテレビ出演の時の映像で…って、ちっちゃ!!」
<クイズ・カズくんを捜せ>の世界でっせ!!これホンマに本人でっか!?
笑い声がもっと大きくなる。スタジオの中が暑い。息苦しいほどに。
頭の片隅では、べしゃりうめえなあ、と感心しながら彼らの会話を聞いている自分がいる。今度のステージでMCに使えるな、と。
その肝心のステージがいつになるのか、次があるのか、とうていわかりはしなかったが。
おれは何をしているんだろう。ここには音がないのに。アドリブよりももっと緊張感のある、気の抜けない会話のキャッチボールはあるけれど、音楽がないのに。
何一つ音をまとわずに、おれはここで何を求められているんだろう。
ああそうか。その清純なイメージから、化粧品のキャラクターに選ばれてCMに出たことさえある高橋真理子の…できの悪い弟としてだ。彼女が清楚であればあるほど、おれが真逆の印象を与えれば与えるほど、客もテレビカメラの向こう側にいる見知らぬ人々も喜ぶんだ。
ほんのつかの間、消費されるためだけに使われる時間と労力。
バカはバカなんだから、無理に演じる必要もない。いつもの自分のまま話し続ければいい。おれはただの素材で、目新しいおもちゃで遊んでくれる人は大勢いる。
父親が守りたかった姉のイメージなど、すべて壊れてしまえ。
その実、一樹の思惑とは別に、不肖の弟の引き起こしたスキャンダラスな話題など、これだけ当の本人がしゃべり続ければすぐに飽きられることだろう。
おれの音なんか誰一人必要となんかしていない。テレビとラジオと、ああネットの取材もあった。雑誌の専属でモデルをやらないか、という話まで実際にあった。この収録が終われば週刊誌のインタビューが待っている。
こうやって食っていけば良かったんだ、最初から。
父親は孝一郎は、お堅い音楽番組のレギュラーを長年持っている。そこでの彼は温厚で人当たりの良い、そして何よりも世界的に有名な芸術家という印象しかない。
真理子は、CMでさえもただヴァイオリンを弾いていた。幻想的なセットの中で名曲を奏でるだけ。セリフ一つ要らない。
そんな二人の素の姿はどうなのか。ちょっとだけ話をふくらませ、大げさに言いふらしてやればいい。
…本当はこの人、何をする人なの?
そういうタレントなんていくらでもいるじゃないか。父自身がおれを息子だと言い切り、世間に同情を買うような言い方で利用したんだ。おれがあの二人を利用しきって何が悪い。
こみ上げてくる自己嫌悪感を抑え込むように、一樹は愛想を振りまき続けた。
「疲れたでしょ、カズ。ほい。お茶でいいっすか?」
にわか仕込みのマネージャー役を買って出てくれ、あちこちの連絡調整に飛び回っているのは事務所経理の春山だった。
「ごめん、春ちゃん。全く畑違いの仕事だってのに」
移動の車中で、神妙な顔つきの一樹は彼にすまなそうに言った。弱小事務所だけあって何でもこなす春山は、全然大丈夫ですって、と笑顔で返す。
「さっきの番組もね、すごい盛り上がりだったネエってプロデューサーさんが褒めてましたよー。次もどう?って引き留められたのは、あれ絶対お世辞じゃなかったなあ。社長には報告入れときましたから」
混んだ都内の道を器用にすり抜けながら、春山の方が嬉しげに話す。反対に一樹は助手席でそっと目をつぶった。手に持つペットボトルが温かさを伝えてくれる。
疲れた、のか。だよな、こんな仕事なんてしたことない。引き受けると言ってからずっとこの生活だ。
上河内は止めたが、一樹自身がどれも断らないでくれと言い張った。
「手っ取り早く稼げそうだし、事務所にも少しでも借りを返せるだろうし」
「こっちのことなんかに気を回すなんてね!十年早いのよ!!ガキのくせに」
言葉遣いより、社長の口調が一樹の精神的な負担を心配している様がありありとわかる。わかるだけに、意地を張った。
ご立派なお家柄は、体裁を守るのも大変だねえ。この機に乗じて売名行為か。
よく知りもしない関係者から陰に直接にさんざんイヤミを言われ続けた。
ああそうさ、売名行為でけっこう。苦労して楽器を吹くよりよっぽど実入りがいい。
学費と生活費と治療費と。いくらあったって足りるかどうかなんてわからない。親に頼りたくなんかない。自分の力で生きたい、そう思って吹き続けてきたつもりだったのに。
…皮肉だよな。ああそうじゃない。お父様が言うようにおれには音楽で食っていくだけの実力がないんだろう。だったら一族の恥でもさらして、身内の話題を切り売りして食っていくしかないじゃないか。
自暴自棄になっているつもりなんかなかった。最初こそ、名門音楽一家の放蕩息子が海外でドラッグに手を染め、なんてニュアンスで報じられたけれど。
孝一郎の「切なる父親の想いを込めた会見」が、世間側の見方をがらりと変えてしまった。
いつしかそれは美談となり、一樹はけなげな闘病中の悲劇の主人公にさせられ、本人はそれをぶち壊したくてメディアに出まくっている。
面白がってくれるうちに、名前を売ってやる。食うためには何でもやる。
このまま音楽から離れてしまうんじゃないかという怖さを内包しているからなのか、イヤな倦怠感が一樹にまとわりついていた。
週刊誌のインタビューをするからと指定された場所は、写真撮影も必要なせいか、ビルの中のスタジオだった。もちろん一樹の慣れ親しんだ音楽スタジオとは全く違う。ミキサーもいない。録音ブースもない。当たり前だ、音は要らない。
値の張りそうなテーブルと椅子は、余分な装飾もないのに座るのをためらうほどだった。それはでも、家具のせいばかりじゃないんだろう。すでに取材用のノートと機材を広げ、両手をあごの下で組んでいた男が持つ威圧感が一樹を押さえ付けようとする。
一樹はそれでも一度大きくブレスをすると、最近ようやく慣れてきた笑顔を浮かべてみせた。
「初めまして!よろしくお願いします」
せいいっぱい爽やかに言ったはずの言葉に、男はろくに反応も示さなかった。あごで反対側の椅子を示す。座れと言うことか。
…何だこいつ、えらそうに…
いらつきを出さないように、おとなしく腰掛ける。しばらく無言の時が過ぎる。
何かを話さないといけないんだろう、こっちから。たいていは自分の言葉を話す間もほとんどないくらい、取材者の方がしゃべり倒して終わるのに。
「あ、あの。WAVEプロダクションに所属していますカズと申します。今回は有名な高文社さんの取材のお話をいただいてとても光栄です。どうぞよろしくお願いしま…」
言いかけた一樹は、思わず言葉を飲んだ。相手が下から睨め付けるように視線を向けてきたからだ。
組んでいた手をほどき、名刺を滑らせるように差し出す。「高文社の須藤です」とだけ一言。
この人はおれに何を求めているのか。どんな役割を演じろと要求してくるのか。どの面を見せればいいんだ?
少なくとも、さっきまでのちゃらけたテレビ用の顔ではないことは確かだ。だけど今回の取材がどんな雑誌に載るかさえ、一樹はわかってなんかいなかった。
どうでもいいことを適当に話せば、大げさに喜んでくれる。うまくまとめてくれる。今まではそうだった。それじゃ…ごまかせないのか。
笑顔は消え、一樹は唇を噛みしめた。
(つづく)
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