プロローグ
"シリウス"
あの星の名前だ。明るくて綺麗だろ?
一等星の輝きは、他の何者にも変えられないんだ。
暗く染まった緑の平原に、仰向きに倒れる大小二つの影があった。周りには人っこ一人おらず、虫の声がただ聞こえるだけであった。
そんな中、小さい方の影はゆっくりと動くとこう言った。
"じゃあ、一等星以外の星は要らないの?"
大きい方の影は伸ばしていた腕を曲げ、小さな影の肩に置いた。
"それはね―――"
―――
酒場は非常に賑わっていた。がやがやと五月蝿いその中で私は一人、吹き抜けから見える星空を眺めて、昔の事を思い出していた。
「嬢ちゃん、相変わらずだねぇ」
持っている飲み物を揺らしている男は、私の前に立つとそう言った。
「馬鹿にしてるんですか」
ここにきたのもいつぶりだろうか。
コイツの声が酷く懐かしく感じる。
「いやぁ、そんなつもりはないんだけどなぁ」
男はそう言いながら笑みを浮かべる。
「いつも見てるよな、空」
「好きなもんで」
星空を見ると、先生の事を思い出す。
あの時の何気ない会話、それが持つ意味。
「あいよ。いつもの」
机とグラスがタンッと音を鳴らす。
「良い加減もっと冒険しろよな」
「私は安定したものがあればそれで満足する人間なんです。無駄な冒険して失敗するのは嫌なんですよ」
グラスの取手は結露で濡れていて、ひんやりとしている。
「そんな事言ってると、いつまで経っても成長できないぜ?」
「本音は?」
「もっと高いもの頼んで欲しい」
「そんな必要ないでしょう。こんなに混んでるんですから。」
丁度女の子が私のすぐ側を走っていったところだった。
「それでもさ」
「グラスだってガラス製。高かったでしょ、これ」
「さぁ?」
グラスがあった場所には、丸く濡れた跡があった。
「まぁ君にしか使ってないけどね」
「口説いてるの?奥さん悲しむよ?」
「まぁそんなところかな」
「えー」
私はもう一度星空を眺める。
「変わらないですね。あなたは」
「悪いな」
男は優しく笑う。
「『冒険しないと成長できない』ですか。」
ある一人の顔が浮かび上がってくる。
「確かにその通りかもしれませんね」
「冒険は人生にとって必要な事だからな」
「でも、たまには変わらないものがあっても良いじゃないですか?」
私は男に視線を戻す。
「あぁ。そうだな」
手に持ったグラスに、白く輝く星の光が反射していた。




