第12話 こえるもの
「本日の訓練はこれまで!」
シラルへの教育も修了増えてきた。
シラルは物覚えがかなり良い方だ。
真面目だし、話をよく聞くしね。
「部屋でも自習して頭だけでなく指先でも覚えるほど反復復習しておくように!」
「はい、キャプテン・ヴァルカ!」
シラルを育成するために、ボラタイルだけでなく、傭兵ギルドのギルドメンバーに解放されている訓練装置を利用しているわけだ。遊園地の遊具みたいな、ある種のシミュレーターが揃っている。同僚である傭兵達は「あんなガキの玩具なんて使えるか!」と言われている代物ではあるが、便利だ。使われていないのなら、シラルに全部経験してもらった。
シミュレーターで監視する、僕のほうが大変なくらいだ。シラルは急成長しているので、どこが丁度良い訓練になるのかを考え続けてないと、気が抜けない。
航法なのだが、風の影響で立体的に変化してしまうので、空図へのプロットは都度、流された分の修正が必要になる。シミュレーターの外部操作──監督する僕のほうの仕事だ──するのだが、シラルは数回のミスで大きくズレたものの、訓練初日の午後には既に、ジェット気流のなかを飛べるほど異常な適応を見せている。
成長目覚ましい。
シラルに背中を向けて、ボラタイルに帰る道中は、うっすら、こりゃすぐにボラタイルを乗っ取られる知識と技量に到達するなと考えてしまう。
例えばもうすでに、レーダーのノイズから正確に敵船を見つけ出すばかりか、頭にコンピューターでも入っているのかというレベルの暗算で計算が終わる。この1点だけでもすでに、そして遥かに、僕の能力よりも上だ。
計算の遅い僕はライザさんに白い目をさられている。あんまり得意じゃない。
だがしかし、なのだ、シラルの手前!
僕が不甲斐ない背中は見せられない。
頼れないキャプテンなど不要なのだ。
エルフちゃんに呆れられたくないよ。
……計算の速さ勝負はわきに置いてだ。
ボラタイルを家にしたシップピープルでも良いのではあるが、地上に一軒家をもつ一国一城の主になれば多少はキャプテンの尊厳も保てるだろう。
……地上てなんだレベルの絶壁世界だが。
まあ僕だっていつまで飛んでいられるかわからないし、2本の足は地上を歩くために存在している。
今はエスパノーラのドックを傭兵ギルド名義で借りて、大金になる税金を傭兵ギルドと折半して支払いしているのだ。正確には、僕が支払う税金はさらに、エスパノーラ市民艦隊の予備役登録やらで一部免除だとか節税の書類を送っているので、もう少し負担は少ないんだけど。
夢が何であれ、地味な仕事ばかりだ。
ボラタイルを維持するために、空賊をしばいて回るだけで済むほど簡単なものはない。書類申請に税金の申請やらいろんな面倒なことをケチることはできない。
全部を1人でやっていたら死んでた。
生きたいと願うほど面倒臭いもんよ。
そこはスカイハイフリート(仮)の世界でも、僕が元いた世界でも変わらないねぇ。両親がなんでもしてくれて、自由気ままな生活、何もしないで生きられるという最上の贅沢はもう二度と手に入らないかもね。
楽に生きられないのは辛い。
辛いが、どこでも同じかな。
元の世界を考えている場合じゃないな。
シラルを拾ったんだ。彼女はあっという間に独り立ちもできるだろうが、巣立ちのときに「情けない船長を捨てた」と言われるのは悲しい。
僕も、懸命にならないとだね。
最高の飛空船ボラタイル、最高の〝副船長見習い〟であるシラルが揃っているんだ。贅沢を言っている場合じゃない。最高のカードを配られているのを、どう切るかは僕次第なんだしね。
傭兵なんてしてたらいつか死ぬけど。
さっさと上がりをむかえるためにも、土地の家を持つというのも悪くはないのか?
僕が死ぬだとか重傷を負うのもだが、ボラタイルは生き物だから死ぬし傷つく、竜部分も壊れれば修理がいる。シラルは僕と同じで病院に行くだけでも大金だ。
……貯金もしておかないとだな。
船にも人頭にも保険は、無い。
散財しているとゆっくり死ぬ。
死ぬような分岐ばっかだな!!
まあ傭兵てそんなもんだろう!
勅許で保険会社とか作れたらな。飛空船の保険か。支払う保険会社のための会社?そういえばイギリスの喫茶店だか発祥の船舶保険会社みたいなのがあったな。僕も喫茶店でも開いて、飛空船の持ち主らが情報を持ってきてくれるような環境とか作りたいもんだ。
うん、悪くないんじゃないか。
僕なりに頑張っていけば良い。
いかん、考えすぎた。
シラルを放置してた。
「今日の予定だが、訓練は午前だけで終わりだ。午後は自由時間だ。私服に関してはある程度揃えているのを使え。それと小遣い程度だが銭も渡しておく。お前が自由に使って良い金だ。自由時間で好きに使え」
「はい、ヴァルカ船長!」
シラルのテンションがちょっとあがる。
訓練ばっかりよりも息抜きだって必要。
シラルが豪遊さえしなければ、ささやかな贅沢ができるくらいの金は渡しておく。借金返済とは別枠の、彼女個人へ渡す給金のようなものだ。
と、まあ朝食をとりながらブリーフィングをしていたわけだが……今日のメニューにがっつくシラルを見る。
今日のメニューはシンプルだ。
バターをこんがり溶かしたあとで作るスクランブルエッグとトースト。それだけだが切り分けたパンに並々とスクランブルエッグを盛り、おいバターをして、ガッツリと食べている。
食欲旺盛だから回復も早いのは間違いない。
目のくまなんてあっという間に消えて、成長期かというほどに、日が経つほど肉付きも身長も伸びていく。
まあ別に良いんだが……。
「シラル、パンじゃ5枚切るか?」
「船長、6枚でお願いします!!」
1斤あったはずのパンが見る見る小さくなる。まあ別に良いんだが……本当によく食べるもんだ。
「ごちそうさまでした!」
シラルが食事終わりに「ごちそうさま」と言う新しい文化に慣れていたのを見たところで午後の予定を進める。
シラルはめいっぱい胃袋に溜めると、体力が有り余っている。運動が物足りなさそうだ。
僕のが疲れているな。
笑ってしまうとこだ。
「僕は生活必需品を買い足してくる。生理用品やら男と女で違うものもあるわけだしな。食料消費が想像よりも多かったというのもあるけど」
「す、すみません……」
「あぁ、別にシラルのせいじゃないよ。2人暮らしだと美人を前に見栄を張るのが男のさが。いっぱい食べて凄い男だと思わせたい哀れな習性持ちなんだ、僕は。気にするな、シラル、おかわりはいるか?」
「……はい、もう1枚食べたいです」
「素直でよろしい。すくすく育てよ」
「豚にはなりませんから」
シラルの何かに触れてしまったようだ。
シラルは頰を膨らませて抗議してきた。
可愛いエルフちゃんなもんだ。
「そういえばちょっと肥えてきたか?腹回りがムチムチしてきたんじゃないか?」
「ふ、太ってませんから!?」
と、シラルは腹を手で隠す。
いや冗談だったんだが、よくよく見るとぽっちゃりしてきたな。初めて見た彼女は骨のように角ばっていたが、今は気持ち丸っこい。骸骨の初見の印章に引きずられているだけで、彼女は整った体のラインをしている。
あくまでぽっちゃりしているだけだ。
初めて拾った時よりも美人になった。
「しっかりと肉を付けろよ」
「違いますヴァルカ船長!」
悪いことなのだが──。
シラルをからかって、彼女が小気味の良い反応をしてくれると嬉しいものがある。
ボラタイルは、寡黙だからな。
シラルがいる船内が華やかだ。
とびっきり優秀なマスコットだ。
あッ、シラルに伝えるの忘れてた。
「傭兵ギルドで資格試験があるぞ」
シラルがものすごく嫌そうな顔だ。
1発合格したら定食を奢ってやる。
◆
「おっと、失礼」
「こちらこそすみませんでした」
男女とすれ違った。
ドック前の通路だ。
男女は傭兵だろうか?
傭兵貸切のドックにいるには、珍しい2人だ。軍人というにもおかしい。女のほうは、平均よいややふくよかでありも、子供だ。
ドラコニアでは考えられんな。
女のほうは紫の髪に長い耳か。
短角のドラコニアンであるな。
珍しい〝同族〟と擦れちがう。
「ダイネさん。ヴァルカです」
部下が耳打ちしてきた。
男のほうの背中を見ていた。
アレがボラタイルの船長か。
ボンヤード3兄弟をやったにしては普通だな。
「隣の長耳は?」
「ヴァルカが拾った、シラルとかいう奴です」
「シラル?奇妙な縁があったものだ」
ボンヤード3兄弟がやった交易船モア……ウトラ夫婦に娘がいたと聞く。〝アレ〟がそうだったわけか。
数奇で、神を呪い殺したくなる。
「……根拠地との通信はどうだった?」
「エスパノーラの妨害と、気象が悪く……」
「古典的だが、直接伝えるしかないわけか」
「はい。壁面車の往来も急に監視が厳しくなりました。何かありますね。やはり、襲撃の可能性は高いかと」
「ホルスの用意をしておけ。最悪、強行突破する。根拠地の資材は回収したい。襲撃よりも早く、間に合えばよいがな」
ボラタイルの船長と拾い物か。
戦場でまた会うかもしれんな。




