第7話「あかん、気になりすぎる」
火曜日の朝。
舞子は出勤の地下鉄で、スマホのメモアプリを開いていた。
>氷の上司が笑う条件
・迷子の子供(◎)
・飴ちゃん渡すとき(△)
・コーヒーの差し入れ(未)
・関西弁ツッコミ(△+?)
「……このまま“笑わせミッション”続けたら、氷、溶けるんちゃうか」
いや、何してんねん自分。
出勤前に作戦会議かいな。
でも、それぐらい本庄課長のことが気になってしゃあないのは事実やった。
この数日、どんどん視界の端っこに彼が入り込んでくる。
しかも、最近ちょっと目が合う時間が長なってきてる気ぃする。
気のせいじゃなければ。
(……はっ! それって、もしかして!)
いやいや、落ち着け舞子。
あの人は会社ではあくまで“課長”や。
ちょっとでも期待したら、自爆まっしぐらやぞ。
舞子は自分の頬をぺちんと叩いた。
「よし、今日は意識せんとこ。
普通に仕事する。
バリバリやる。
恋心、冷凍保存や」
言ったそばから、脳内で本庄の横顔が自動再生されるあたり、もう末期。
しかし、そんな“冷却作戦”は午前10時で瓦解した。
「……宮本さん。
すみませんが、ここの数値、間違っていますね」
「えっ……
あ、ほんまや……!」
マーケティングレポートの数値を転記ミスしていて、それを指摘された。
しかも、それなりに大事なページ。
「あ、あのっ、すぐ直します!
すみません……!」
「焦らなくていいですが、提出資料は必ず再確認を。
これは“見る側の信頼”に関わることです」
「……はい」
(あかん……落ち込む……なんで今日に限って、そんなんミスするん……)
ちょっと浮かれてた。
調子乗ってたんやろな。
なんか、めっちゃ自己嫌悪。
本庄課長の言い方は相変わらず冷静で、責めてる感じではないけど、
だからこそ余計にグサグサくる。
(……課長の言葉、冷たいんやなくて“的確すぎる”ねん……)
でも、それってやっぱりちゃんと部下を見てるから言えることや。
休憩時間、舞子はパンをかじりながらデスクでしょんぼりしていた。
すると、斜め前から佐伯菜々が声をかけてきた。
「なに?
へこんでんの?
ミスったん?」
「……バレてる」
「わかるわ~。
課長に指摘されると、ちょっと心にくるよね」
「しかも、“めっちゃ正しいこと”言われるから、反論できひんやんか」
「そうなんよな~。
なんか“せやな”って言うしかない感じ?」
舞子はパンを飲み込んで、ふと眉をひそめた。
「……え?」
「ん? どうしたん?」
「菜々ちゃん……今、普通に“せやな”って言うた?」
「……あっ!」
奈々の目がパッと開かれる。
「ちょ、待って、うそ、あたし今なんて言った!?
“せやな”!?
“せやな”って言った!?
え!?
ウソやん!?」
「言うたで。
てか最近、ちょいちょい関西弁まじってるの気ぃついてたけど、
今日はもう完ッ全に舞子化しとるな」
「ええええ!?
うそ、無意識……!
なんで!?
ちょっと関西弁感染してきてる!?」
「これが大阪の“会話スキル感染力”や!」
ふたりで大笑いしてると、ちょうど通りがかった本庄課長が一瞬、足を止めた。
ちらっと舞子たちの方を見て、
ほんの少しだけ、口元を緩めて歩き去っていく。
(……え? 今、笑った……よな?)
舞子はドキリとした。
(うちの笑い声に、反応してくれたんやろか……?)
いや、もしかしてただのタイミングかもしれへん。
けど、それでもうれしい。
ほんの一瞬のことで、こんなに浮かれてる自分って、ほんまチョロい。
でも――
恋って、そういうもんや。
その日の夕方、業務報告を本庄に提出するタイミングで、舞子は小さく深呼吸をした。
「課長。
今日の件、ほんまにすみませんでした。
次からはちゃんとチェックします」
「……はい」
一瞬の間のあと、本庄は書類を受け取りながら言った。
「ミスは誰にでもあります。
大事なのは、それを次に活かすことです。
宮本さんは、そういうことを素直に受け止められる人ですから、心配していません」
「……!」
(か、課長が……優しい!)
いや、優しいというか、ちゃんと見てくれてるって感じ。
それが舞子にとっては、何よりもうれしかった。
「ありがとうございます。
……うち、がんばりますね」
そう言って笑った舞子に、本庄もわずかに目を細めた
――気がした。
(あかん、もう、また好きになってまう……)
“バレたら終わり”とか言いながら、
もう、どんどん顔に出てしもうてる気がする。
そのくらい、本庄課長が、気になりすぎて仕方ない。




