第4話「優しさ、見逃さへんで」
金曜日の午後。
今週もよう働いたなあと思いながら、舞子はほっと一息ついていた。
でも、頭の片隅にずっと引っかかっているのは――
本庄課長の“素顔”。
(私服、さりげない手助け、あの笑顔……やっぱりあの人、会社では仮面かぶってるんちゃう?)
冷たくて無表情で、感情の起伏ゼロみたいに見えるのに。
ちょっとした仕草とか視線とか、ほんの些細な言葉に、やたらと優しさが滲んでる。
それを知ってしまった舞子の中で、ある感情がむくむくと育ってきていた。
「気になる」
そして
――「もっと知りたい」
金曜の定時前、オフィスは週末ムードに包まれていた。
「今夜は飲みやな~」なんて声もちらほら。
でも舞子の机の上には、まさかの新案件ファイル。
「これ、来週の社内コンペ用資料です。
先に目を通しておいてください。
今日は定時で上がってもらって大丈夫ですが、早めに確認を」
もちろん、渡してきたのは本庄課長。
(え、課長は残業せえへんの? いや、するんやろな。どう見ても残るオーラや)
「資料の作成、誰がメインですか?」
「僕です」
即答。
「僕です」て。
シンプルかつストイック。
まさに氷の回答や。
(なら……)
舞子は意を決して、声を上げた。
「あの、もし時間あるなら、手伝わせてもらえませんか?」
本庄は一瞬、眉をわずかに動かした。
「……任意の残業になりますが」
「もちろんです。
自分の勉強にもなるんで」
「……わかりました。
では、19時から会議室Bで合流しましょう」
(うわあ……ふたりきりで残業とか、心臓持つかな……)
19時。
社内はもうだいぶ静かになっていた。
会議室Bに入ると、本庄がノートPCを開いて資料を見ていた。
「お疲れさまです!」
「お疲れさまです。
では、こちらのセクションから」
座るとすぐ、仕事モード。
プライベートゼロ。
さすがプロフェッショナル。
でもその横顔が、またかっこええ。
仕事の姿が“様になる”って、こういうことを言うんやなあ……。
「宮本さん、ここの構成について提案がありますか?」
「はい、あの……思い切って言いますけど、
この製品のターゲットって、資料では30代女性中心ってなってますけど、
実際は40代の“自分に投資したい人”も入れて再設計した方が反応あると思うんです」
「理由は?」
「前に関西支社でやったキャンペーンで、30代よりむしろ上の層の反応が良かったんです。
“今さら”じゃなくて“今こそ”っていうキャッチコピーが響いてて……。
その視点、ちょっと反映できるかなって」
……本庄は、少しだけ目を細めた。
「いい視点です。
そこ、反映してみましょう」
「ほ、ほんまですか!?」
「はい。
すぐには形にできないかもしれませんが、検討する価値があります」
その言葉に、舞子の胸がぽっと熱くなる。
(認められた……ほんまに、ちょっとやけど、認められた!)
でも次の瞬間――
「ただし、根拠が弱いので、来週までに関連データを洗っておいてください」
「は、はい……!」
(そうやった、この人は“冷静にちゃんと厳しい”人やった……)
しばらく作業が続いたあと、ふと舞子が咳き込んだ。
ちょっと空調が強くて、乾燥してきた。
「あ、すみません……
喉が……」
すると本庄が、サイドバッグからペットボトルの水を取り出して差し出してきた。
「これ、使ってください。
新品です」
「えっ、でも、課長の……」
「いえ、今日は予備で2本持ってきていました」
(……絶対そんなこと普段からしてる人ちゃうやろ!なに、優しさの出し方が“事故った感ゼロ”なの!)
「あの、課長って……
なんでそんな冷たいって思われるような話し方するんですか?」
舞子は、思わず聞いてしまった。
言ったあとで「しまった」と思ったけど、本庄はしばらく黙ったあと、ぽつりと答えた。
「……人に期待されすぎるのが、苦手なんです」
「え?」
「昔、期待に応えられなかったことがあって……
それ以来、“必要な分だけ伝える”って決めてます。
誰かを傷つけないために」
その言葉に、舞子の胸がキュッと締め付けられた。
「……でも、課長の言葉って、たしかに冷たく聞こえるけど、ちゃんと“考えて”言ってるのは伝わってきます。
うちは、そういうとこ、好きです」
言ってから、はっと口を押さえた。
(い、今の“好き”はセーフやんな!? 一般的な意味の“好き”やんな!?)
本庄はほんの少しだけ、驚いたように目を開いた。
「……ありがとうございます」
それはほんのひと言やったけど、たしかに心からの声やった。
その後の沈黙が、なぜかやたらと心地よくて。
ふたりで黙々と作業するその時間が
――どこか、あたたかくて落ち着くものに変わっていった。
残業を終えて、ビルを出ると、もう夜風が肌寒い季節になっていた。
「では、お気をつけて」
「課長も、お気をつけて。
……今日はありがとうございました」
本庄は軽く頷いて、夜の街に溶けるように歩き出した。
舞子はしばらくその背中を見送ってから、ぽつりとつぶやいた。
「……ほんま、なんでやろな」
「冷たいようで、あったかい人」って、ほんまにおるんや。
そう思いながら、舞子の胸の中の“好き”は、少しずつ少しずつ
――確実に、大きくなっていってた。




