第2話「氷の上司、名を本庄誠」
「あの人、まじで血ぃ通ってるんかな……?」
本社勤務二日目、出社の電車の中で舞子はぼそっとつぶやいた。
ドアに映る自分の顔が、昨日よりちょっとだけ引きつってるのは気のせいやろか。
昨日の初日、本庄課長からもらった“あれ”、一応「褒め言葉」やったと思うんやけど……。
いや、でも“期待してます”って、圧ちゃう?
東京怖いわ。
ていうか、本庄課長怖いわ。
オフィスに着いた舞子がPCを立ち上げていると、斜め前の菜々がひそっと話しかけてきた。
「舞子さん、昨日のレポート、課長に褒められたって本当?」
「え、ええ。
たぶん……
ほんまかどうかは、まだ判定中やけど」
「すごいね~!
うちの課って、あの人から“よくやった”って言葉もらうのって、下手したら入社半年経ってからよ?」
「えっ、マジで?
初日に言うてくれたん、うち初めてなん?」
「うん……
レアキャラ扱いやん」
(……いや、ちょっと待って? それってもしかして、うち、やばいフラグ立ててもうたんちゃう?)
その日の朝礼は5分で終わり、即業務開始。
東京本社は、ほんまに時間がカネって感じや。
舞子は昨日もらったプロジェクト資料を読み返しながら、新たな指示を待っていた。
すると、本庄が資料の束を持って、静かに舞子の席に近づいた。
「宮本さん、このプロジェクトに関する市場調査のまとめ、お願いできますか」
「あ、はい、どのくらいの量を……」
「このくらい」
そう言って指差したのは、A4ファイル5冊分の資料。
(……殺す気か)
「金曜日の午後に社内プレゼンがあるので、それまでにサマリーをWordとパワポで。
あと、できれば自分の意見も1つ添えてください」
「じ、自分の意見まで……」
「はい。
できなければ、正直にそう言ってください。
無理に仕上げて精度を落とすのは非効率なので」
「……っしゃ、わかりました。
やってみます!」
一瞬、胃がキリキリしたけど、不思議と「やりたくない」とは思わんかった。
いや、むしろ
――なんやろう、ちょっとワクワクしてる自分がおった。
それから数時間、舞子はガチ集中モードに突入。
必死で資料を読み、メモを取り、自分なりに分析を試みる。
気づけばランチタイムを過ぎていた。
そのとき、ふいに背後から声が。
「……昼、食べてませんね」
振り向くと、本庄課長が立っていた。
「気づかんかった……
あれ、もしかして怒られます?」
「怒りません。
ただ、体調を崩されると、チームとして困ります」
なんやろうなあ……
それ、心配してくれてるってことでええんよな?
でもその言い方やと、まるでエクセルのエラー処理みたいやん。
「お昼はしっかり食べてください。
健康管理も、仕事のうちです」
「了解です……
でも、ちょっと、あと10分だけ……」
「ダメです」
「ええー!」
バッサリ拒否。
なんでや、うちの10分、そんなにあかんか!?
けど本庄は腕時計をちらっと見てから、ポケットから何かを取り出した。
「これ、よければどうぞ。
甘いものを口に入れると、少しだけ脳が回復します」
「えっ……」
差し出されたのは、飴玉。
本庄誠、飴を配る。
その事実に、舞子の脳内で「???」が大量発生。
「……課長、飴持ち歩くタイプなんですか?」
「はい。
業務効率のためです。
血糖値の管理も大切なので」
(いや、誰のやねんそれ)
舞子は素直に飴を受け取り、口に含んだ。
オレンジ味で、ちょっと懐かしい味がした。
午後、舞子は提出資料をまとめ、早めに本庄のところへ持っていった。
「お忙しいところすみません、あの、ざっとまとめてみたので、確認をお願いしたいです」
「……」
無言で資料を受け取る本庄。
そして数分後、彼は顔をあげた。
「なるほど。
意外と、分析力がありますね」
「え、意外と?」
「失礼。
関西支社から来たと聞いていたので、もう少し柔らかいタイプかと思っていましたが、論理的な構成ができています。
資料としても使えそうです」
「それ、……
ちゃんと褒めてくれてます?」
「はい。
初日といい、今日といい、意外性があります。
いい意味で、です」
舞子は思わず笑ってしまった。
「ええやん、“いい意味で意外”とか、なんか褒めるん慣れてへんタイプですね?」
「……褒めるのは得意ではありません」
「そうやろなぁ!」
思わずツッコミ。
関西人の血が騒いだ。
けど、本庄の顔が……
わずかにだけど、笑ってたような、気がした。
(うそ……今、ちょっとだけ笑った?)
それはほんの、0.3秒くらいの出来事やったかもしれん。
けど舞子の胸は、どくん、と跳ねた。
この人……
ほんまに血、通ってるやん。
むしろ、ちゃんと人間やんか。
その日の帰り道、舞子は自販機でコーヒーを買いながら、なんとなく空を見上げた。
まだビルの隙間からしか空が見えへんけど、東京にも、ちょっとずつ慣れてきたかも。
「あかん、あの人のギャップ……
ハマったら終わりなやつや……」
けど心の中では、すでに“ハマりかけてる”自分に、気づいていた。
氷のような上司に、恋なんて――
バレたら終わりや。
ほんまに。




