第11話「弱った顔、見たん初めてや」
金曜日、午後4時。
名古屋でのプレゼンは無事に終了した。
現地スタッフの反応も上々で、上司としての本庄もさすがの手腕を発揮した。
(すごいなぁ、ほんま……)
冷静で的確。
プレゼン中にちょっとトラブルがあっても、眉一つ動かさずに対応。
何年経っても“できる男”の見本みたいな人やなあ、と舞子は見惚れていた。
ただ――
その後、帰りの新幹線に乗る直前、本庄の様子にほんの少し“違和感”があった。
「あれ……
課長、顔色、ちょっと悪ないですか?」
「……少し疲れただけです。
問題ありません」
いつものように淡々と答える本庄。
でもその口調が、少しだけかすれていた。
新幹線の車内。
指定席に座った本庄は、ネクタイをゆるめて静かに目を閉じていた。
舞子はその横顔をちらっと盗み見る。
(……明らかに、しんどそうや)
肌の色もやや青白くて、額にはうっすら汗が滲んでる。
(もしかして、熱あるんちゃう?)
思い出すのは、昨夜の寝言――
「もう、いい……離れた方が……」
あれ、ほんまに夢の中の言葉やったんかな。
もし本音やったとしたら、あの人、今もずっと苦しんでるんちゃうやろか。
ガタン、と車体が揺れて、本庄の肩がふわっと揺れた。
「……っ」
「課長、大丈夫ですか!?」
「……あ、すみません。
少し、気分が……」
明らかにおかしい。
普段は絶対に“弱音を吐かない”人が、今は顔をしかめて座席に寄りかかっている。
舞子は迷わず、バッグからペットボトルの水とハンカチを取り出した。
「ちょ、無理せんといてください。
これ、お水。
あと……ひやしたハンカチ、ちょっと額に……」
「宮本さん、そこまでしなくても……」
「課長、今は上司とか部下とか関係ないですって!
しんどいときは、しんどいって言ってください!」
それでも本庄は最後まで否定しようとしたが、彼の体は正直で、額の熱はどんどん上がっていた。
舞子は思い切って、自分の肩にそっと本庄の頭を支えた。
「……ちょっとだけ、休んでください」
「……申し訳、ありません……」
その言葉を最後に、本庄は本格的に目を閉じて、舞子の肩にもたれかかってきた。
(うわ、めっちゃ近い……けど、今はそれどころちゃう)
彼の体温は、思っていたより高かった。
氷の上司のはずが、こんなにあったかいって、ちょっとずるい。
そして、何より――
弱った本庄誠は、あまりにも人間らしくて、愛おしすぎた。
東京に戻ったのは夜8時すぎ。
タクシーで本庄の自宅近くまで送ったあと、彼はぼんやりとした声で言った。
「……ここまで、送ってもらってすみません」
「うちが心配で残業したんですよ。
お礼くらい言ってもらわんと割に合いませんわ」
「……ありがとうございます、宮本さん」
舞子は笑った。
その笑顔を見て、本庄もほんの少しだけ、口元を緩めた。
「……なんか、初めて見ました。
課長の“人間味”ってやつ」
「そうですか?」
「はい。
むしろ、ちょっと安心しました。
課長も、ちゃんと疲れるんやって」
その一言に、本庄は少しだけ目を伏せた。
「……誰かの前で弱った顔を見せるのは、ずいぶん久しぶりです」
「うちで、よかったんですか?」
「……はい。
よかったと思います」
その瞬間、舞子の心臓は跳ねた。
(……これ、今……“特別扱い”された?)
けど、そこで調子に乗ったらあかん。
それだけは、胸に刻んでおかなあかん。
でも――
この夜だけは、ほんのちょっと、恋してる自分を許してあげようと思った。
帰り道。
電車に揺られながら、舞子はつぶやいた。
「……あかん、もう一生、うちの肩貸したるわ」
電車の窓に映る自分の顔が、ちょっとだけ照れてて、でも、満たされていた。
本庄誠。
氷の上司。
でもほんまは――あったかい人や。
今はまだその心に触れるだけで精一杯やけど、
いつか、ちゃんとその横に立てたらええな。
そう思いながら、舞子はそっとスマホにメモを追加した。
>本庄課長の弱点:高熱。あと、寝顔がちょっと子犬っぽい。
(ふふ。秘密の宝箱、またひとつ増えたわ)




