第7話 嫉妬の王と、懐きすぎた火竜
「……おい。誰か、こいつを今すぐステーキにしてこい。特大の、ウェルダンだ」
王宮のプライベートガーデンに、地獄の底から響くようなレオン様の声が轟いた。
その視線の先には、真っ赤な鱗を夕日に輝かせ、うっとりと目を細めている巨大な火竜・ロッサの姿がある。
問題は、そのロッサが何を枕にしているかだ。
「……王様。ステーキにしても、硬くて食べられませんよ。あと、さっきから物騒なこと言わないでください。仕事の邪魔です」
私はロッサの巨大な顎を膝に乗せ、鱗の隙間を専用のブラシでワシワシと磨いていた。
ロッサは「クゥ〜……(姐さん、最高です……)」と喉を鳴らし、幸せそうに鼻から火の粉を散らしている。
「仕事だと!? お前、定時はとっくに過ぎているだろう! なぜ、そのトカゲが俺の、俺だけの指定席(膝の上)を占拠しているんだ!」
「ロッサが『逆さ鱗を磨いてくれないと、また暴れて王宮の西棟を焼き払う』って聞かないんですよ。……ほら、ロッサ。王様が怖い顔してるから、そろそろ飼育棟に帰りなさい」
私がそう諭すと、ロッサはパチリと目を開け、レオン様をチラリと一瞥した。
そして、あろうことか。
ロッサは太い尻尾を私の腰に優しく巻き付け、これ見よがしに私の首筋に大きな頭をスリスリと擦り付けたのだ。
「……ッ、今、こいつ……俺を笑ったか!? 勝ち誇ったような目で俺を見たぞ!!」
レオン様の額に青筋が浮かぶ。
一国の王が、伝説の聖獣相手に本気でメンチを切っている。……情けない。
「被害妄想ですよ。さ、終わりました。ロッサ、バイバイ」
「キュゥ〜ン(姐さん、また明日お願いします……!)」
名残惜しそうに、けれど満足げに空へ飛び去っていくロッサ。
それを見送る私の背後から、爆発的な「熱」が迫ってきた。
「……ナオミ。お前は、自分がどれほど無防備な自覚があるんだ」
ガシッ、と。
強い力で肩を掴まれ、私は強引に振り向かされた。
そこには、嫉妬で瞳を黄金色にぎらつかせた、野生剥き出しのレオン様がいた。
「ロッサはただの甘えん坊ですよ。動物園のライオンだって、懐けばあんなもんです」
「あんなトカゲが、お前の首筋に触れるなど……万死に値する。俺ですら、そこは昨夜、執拗に検品した場所だぞ!」
「ちょっ、声が大きいですよ! 誰が聞いてるか――」
「構ワン! 今すぐその匂いを、俺の吐息で焼き払ってやる!」
レオン様は私の腰を抱き寄せ、ロッサが触れた場所に、奪い取るような激しい口づけを落とした。
……熱い。火竜の炎よりも、この執着心の塊のような王の体温の方が、ずっと火傷しそうなほどに。
「……な、おみ。俺以外の獣に、その手を使うな。お前の『漢気』ある愛撫は、俺専用の特権だ」
耳元で、切なげに、けれど命令するように囁かれる。
さっきまでトカゲと喧嘩していた男とは思えないほどの色気に、私の心臓が勝手に跳ねた。
「……王様、嫉妬深すぎ。……でも、そんなに言うなら、後でなでなでしてあげますから。……ね?」
私が少しだけ毒気を抜かれて、彼の背中に手を回すと。
「…………なでなで、一晩中か?」
「……定時外手当、つきます?」
「国庫をすべてやる。だから、俺だけを見ていろ」
ナオミ姐さん、本日四度目の大ピンチ。
この獣人王、嫉妬を拗らせすぎて、ついに「国をなでなで代として支払う」という、とんでもない親バカ……ならぬ「つがいバカ」を極め始めてしまったらしい。
(つづく)




