表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/8

第2話 泥に咲く花は、拳で道を切り拓く

カフェの窓から差し込む夕日が、レオン様の冷徹な美貌を縁取っている。

逃げ場を塞ぐように置かれた彼の大きな手が、私の顎をゆっくりと持ち上げた。


「……何を見ている。その瞳、何かに怯えているようにも見えるが」


銀狼の瞳に見据えられた瞬間、私の脳裏に「あの日」の情景が、毒々しいほど鮮やかな色彩で蘇った。


***

一年前。私は、ナオミ・フォン・ローゼンタール公爵令嬢だった。

誕生日の舞踏会。着慣れたシルクのドレスを纏い、私は鏡の前で、婚約者のフィリップ様を待っていた。


「ナオミ、君は今日も薔薇のように美しいね。僕の宝物だ」


そう言って私の手に優しく口づけたフィリップ様の微笑みは、甘い砂糖菓子のようだった。私は純粋に、彼を信じていた。この幸せが、永遠に続くと信じて疑わなかった。


けれど、運命の歯車は無慈悲に砕け散る。

父の公爵家が政争に巻き込まれ、国家反逆の濡れ衣を着せられた。資産は没収、使用人は去り、華やかだった屋敷は一夜にして静まり返った。


雨の降る中、私は唯一残った私服のワンピースを握りしめ、フィリップ様の元へ駆け寄った。


「フィリップ様……! お願い、お父様を……家を助けて……っ」


冷たい泥に足を取られ、彼の靴に縋り付く。

泥にまみれた私の手を見下ろしたフィリップ様は、今まで一度も見せたことのない、氷のような蔑みの目を向けてきた。


「汚いな。触るなよ、没落令嬢」


え……? 鼓動が止まる。

フィリップ様は、まるで汚物を見るかのような顔で、私の手を踏みつけた。


「愛? 勘違いするな。僕が愛していたのは君の『持参金』と『公爵家』という肩書きだ。一文無しになった女など、我が家の犬以下の価値もない。……さあ、消えろ。新しい婚約者との茶会に遅れる」


嘲笑いながら、私を泥溜まりへと突き飛ばしたフィリップ改めクソ野郎。

背後では、彼の新しい婚約者だという令嬢たちが、扇子で口元を隠しながらクスクスと笑っている。


「あら、素敵な泥のお化粧ですわね、ナオミ様」


冷たい雨。泥の味。踏みにじられたプライド。

(……ああ、そう。そうだったのね)


その瞬間。

私の中で、何かが「ブチッ」と音を立てて千切れた。

悲しみ? 違う。絶望? 違う。

私を満たしたのは、脳が沸騰するほどの、清々しいまでの【殺意】だった。


「……ナ、ナオミ? 何だその目は……ひっ!?」


私はゆっくりと立ち上がった。泥まみれの髪を無造作にかき上げ、クソ野郎の目の前に立つ。

かつての令嬢の作法――「背筋を伸ばし、標的を真っ直ぐに見据える」という教えを、私は別の目的のために使った。


私は、右の拳を深く引く。

令嬢の護身術という名目で、こっそり隠居した元騎士団長から教わっていた『本物』の一撃。


「フィリップ様。一つ、言い忘れていましたわ」


「な、なんだよ……ぐえっ!?」


言葉が終わるより早く、私の右拳が空気を切り裂いた。

令嬢の細い腕からは想像もできない速度で放たれた正拳突きが、クソ野郎の整った鼻面に、吸い込まれるように着弾した。


「ぐべぁっっっ!?」


ベキッ、という快い破壊音。

彼は派手に後ろへひっくり返り、噴水のように真っ赤な鼻血を吹き出した。


「鼻が……折れた。痛いよ。

パパにも殴られたことないのにー!

助けて、ママー!」


「いい歳したオッさんが……『ママ〜』じゃねえぞ、コラァ!!」


のたうち回るクズを見下ろし、私はドレスの裾を豪快に捲り上げた。


「あんたなんて、こちらから願い下げじゃあ!

その汚い面、二度と私の視界に入れんな。没落? 犬以下? 結構じゃない。……あんたみたいな小物で、マザコンで、救いようのない『オッサン勘違い野郎』の好みに合わない女になれて、今、心底ホッとしてるわ!!」


呆然とする令嬢たちを睨みつけ、私は雨の中、一度も振り返らずに歩き出した。


***


「……フッ。やはりお前は、最高の女だな」


回想から戻った私の耳元で、レオン様が低く、愉悦に満ちた声を漏らした。

私の顎を掴む彼の手には、いつの間にか熱がこもっている。


「その瞳に宿る炎。過去に男を殴り飛ばしたその拳……。ナオミ、お前こそが俺の、魂の伴侶だ」


「…………王様。あの、引かないんですか?」


「引くわけがあるまい。俺は狼だ。強いめすを求めるのは本能だ」


レオン様は私の拳をそっと取り、正拳突きを放ったその関節に、優雅に、けれど執拗にキスを落とした。


「次は、俺の胸にその拳を打ってみるか? それとも――」


彼は私の腰を引き寄せ、逃げ場のない距離で囁いた。


「もっと別のやり方で、お前の『漢気』、俺が暴いてやろうか」


ナオミ姐さん、大ピンチ。

この獣人王、想像以上に「野生のドM(執着)」が過ぎるわ!


つづく


※予告

第3話 野生の王は、愛でる手を独占したい


レオン様に半ば強制的に王宮へ連れてこられたナオミ。

そこで待っていたのは、軍用狼ハクとの“まさかの急接近”と、王宮中をざわつかせる予想外の事件だった。


「ナオミ、何をしている」

低く響くその声に、空気が一瞬で凍りつく。


次の瞬間――

王宮の特別飼育場で、何かが“爆発”する。


それは怒りか、嫉妬か、それとも……?


次回――

『獣人王、限界突破。〜王宮がざわついた“あの瞬間”〜』


ナオミ姐さん、本日またしても大ピンチ。

レオン様の“ある感情”がついに制御不能に……!?


どうぞお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ