第16話 夜会の華、正拳突きを添えて
「……な、なな、何が『俺の女』だッ! 騙されるな! その女は、ただの暴力的な野蛮人だぞッ!!」
レオン様の圧倒的な覇気に腰を抜かしていたフィリップが、屈辱に顔を真っ赤にして叫んだ。
包帯の巻かれた鼻筋を震わせ、彼はあろうことか、ドレス姿の私の胸元を掴もうと無様に手を伸ばしてきた。
「戻れ、ナオミ! 君には僕のような慈悲深い男しか――」
その瞬間。
私の隣で、レオン様がピクリと眉を動かし、その鋭い爪を剥き出しにしようとした。
だが、それよりも早かった。
(言わせておけばペラペラと……さっきから、グダグダうっせーんだよ! テメェは在庫処分って言っただろ!)
私はレオン様の腕をすり抜け、一歩踏み込む。
シルクのドレスが、夜会の風を孕んで美しく舞う。
「……フィリップ。あんたのその『曲がった根性』、私が左右のバランス整えてあげるわ」
「へ……?」
思考が追いついていないフィリップの顔面、その鼻筋の左側に、私の左拳が吸い込まれるように着弾した。
【――ベキッ!!】
会場に、先ほどの「ぴえん」よりも乾いた、瑞々しいまでの破壊音が響き渡る。
「あぶっ……!? ぶふぇっ!!!」
前回の右からの衝撃に加え、今度は左からの完璧な一撃。
フィリップの鼻筋は、アーティスティックな「右曲がり」から、中央で激突し、もはや【M字型】へと再構築された。
フィリップは白目を剥き、そのまま噴水の中へと華麗にダイブした。
盛大な水しぶきと共に、会場を支配したのは、静寂。
さっきまでクスクス笑っていた貴族たちが、まるでメドゥーサに睨まれた石像のように固まっている。
「そしてこれは、タヒんだツルリンの分よっ!!」
「ナオミ様。ワタシはタヒんでませんぞ!」
「社会的にって意味よ!」
「社会的にワタシを抹殺したのはナオミ様のほうでしょ!」
「あーもう、そこ! いちいちうっさいわね」
私は、乱れたドレスの裾を優雅に整え、そんなツルリン先生から教わった「淑女の礼」を披露した。
「……お騒がせいたしました。事務職として、不要なガラクタの『強制撤去』が完了しましたので」
そう言って私がレオン様を振り返ると、そこには……。
驚愕でも、怒りでもなく。
頬を赤らめ、潤んだ瞳で私を見つめる、【完全に「恋した」顔の珍獣】がいた。




