第14話 クソ野郎、再び。夜会への招待状
「……ナオミ。やはり、君には僕が必要なんだ。……この『運命の鼻』がそう告げているよ」
のぼせて鼻血を出したレオン様を氷水で冷やし、ようやく一息ついた私の元に、一通の手紙と「それ」が届いた。
王宮の中庭。そこに立っていたのは、以前私の正拳突きで鼻筋をアーティスティックに曲げられた元婚約者、フィリップだった。
彼の鼻には、まだ包帯が巻かれている。だが、その瞳にはなぜか「確信」に満ちた輝きがあった。
「……フィリップ。あんた、どの面下げてここに来たの? 病院の予約、まだ空いてるわよ」
「フッ、強がるなよ。……僕の鼻を折ったあの日、君の拳から伝わってきたよ。……『愛している、フィリップ。離したくない』という、君の切ない心の叫びがね!!」
「………………はぁ?」
あまりの【超絶・勘違いムーブ】に、私の脳がフリーズした。
何なの? 衝撃で脳の回路まで曲がったの?
「君がレオン王に仕えているのは、僕を嫉妬させるためのパフォーマンスだろう? ……認めよう、ナオミ。僕の負けだよ。……さあ、今夜の夜会。この招待状を受け取り、僕の隣で『真の淑女』として復縁を宣言するがいい」
フィリップは、自信満々に金縁の豪華な招待状を差し出してきた。
魔除けの塩を撒きたくなるような、清々しいまでのクソ野郎っぷりだ。
「……いい、フィリップ。一言だけ言わせて。……あんたのその自信、どこで売ってるの? 私、事務職としてその『不良在庫』、徹底的に廃棄処分したいんだけど」
私が一歩踏み出し、お師匠様直伝の【概念を貫く構え】を無意識に取った、その瞬間。
「……おっと、その『情熱的な愛の構え』は夜会まで取っておきたまえ。……では、会場で待っているよ。……僕の『魅力』に、酔いしれるといい!!」
クソ野郎は、最後まで自分に酔いしれ、軽やかなステップ(※ただし鼻が曲がっているので絵図がキモい)で去っていった。
*
それから──私はレオンの私室に行くと、半開きになったドアの隙間から、こっそり中の様子を伺う。
「……フシュ……。違う、これではない。……もっとこう、『可憐』な……。守りたくなるような『華奢』さが足りんのだ……ッ!」
部屋の中では、レオン様が、あろうことか【カーテンのフリルを頭に巻き付け、鏡の前で「はにかむ練習」】をしていた。王の威厳は、今、窓から不法投棄された。
(ちょっと……何やってんの、あの変態狼。しかも、ちょっと待って! あのカーテン……しれっと私の部屋のやつ持ち出して使ってるじゃない……)
私の失笑も届かず、レオン様はガタガタと震えながら、突如としてベッドの上に正座。
鍛え抜かれた丸太のような腕を必死に隠そうと、【シャツの袖を限界まで引っ張って「萌え袖」】を作り始めた。
「……負けん。奴……あの邪悪な気配は、きっと『弱さ』を武器にナオミを誘惑するつもりだ……ッ! ならば俺だって、本気を出せば『小鳥』になれるはずだ! ほら、見ろナオミ(※いない)! 俺のこの、折れそうなほど太い手首を……ッ! 守れ! 俺を今すぐ右から抱きしめて『よしよし』しろ……ッ!!」
(……全然折れそうにないし、血管浮き出てるし。っていうか、抱きしめられたらこっちの骨が折れるわっ!)
私は、ドアの影で肩を震わせながら、そっと視線を逸らした。
この獣の王、正体不明の「ライバル」に勝とうとして、「……フシュ…………ぴ、ぴえん…………ッ!!」と、【重低音すぎるボイスで人生初(にして最後)の「ぴえん」】を吐き出しながら、首を左に四五度傾けて「上目遣い」の角度を調整している。
ナオミ姐さん、本日十度目の大ピンチ。
一国の獣人王が、鏡に向かって「……ナオミ。俺、怖かったんだよぉ……(高い裏声)」と、上目遣いで震える小鹿の演技を極めようとしているの、情緒が追いつかんからマジ勘弁してほしい。
(つづく)




