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第13話 【回想】公爵家の正拳突き修行

「……ナオミ。そんな『猫の撫で声』のような突きで、誰の喉笛を砕けるというのだ」


のぼせて鼻血を出したレオン様を氷水で冷やしながら、ふと、私の脳裏に「あの日」の光景が蘇った。

私がまだ、没落の「ぼ」の字も知らなかった公爵令嬢時代。


私の家庭教師は、ピアノの先生でも刺繍の先生でもなかった。

現役を引退した伝説の騎士団長、通称「鉄拳のガンダルフ(80歳)」だ。


「……お師匠様。私は令嬢です。喉笛を砕く必要はどこにあるんですか?」


「馬鹿者! 社交界は戦場だ! 扇子の陰から毒を吐く女狐どもの顎を、一撃で粉砕できる拳を持ってこそ、真の淑女レディと言えるのだ!」


……今思えば、この時点で私の人生のレールは、あらぬ方向に脱線していたのだと思う。


当時15歳の私は、フリルたっぷりのドレスを膝上まで捲り上げ、公爵家の庭でひたすら巨岩に向かって正拳突きを繰り返していた。


「いいか、ナオミ。呼吸を止めろ。大地のエネルギーを足裏から吸い上げ、腰を回し、その全質量を拳の一点に叩き込め! 目標は、岩を砕くことではない。岩の向こう側にある『概念』を貫くことだ!!」


「概念って何ですか、お師匠様! 痛い! 拳の皮が剥けました!」


「甘えるな! 皮が剥けたら砂利に突っ込んで固めろ! それが『淑女のファンデーション』だ!!」


そんな地獄の修行を毎日三時間。

おかげで私の拳は、いつの間にか「瓦20枚」を紙屑のように粉砕する硬度を手に入れていた。

ピアノの発表会では、鍵盤を叩く力が強すぎて「ド」の音が「ドォォォォン!!」と爆発し、観客席の貴族たちが生気を失ったのは良い思い出(黒歴史)だ。


「……ナオミ。お前は美しく、そして強い。その拳は、愛する者を守り、不届き者を【完食(物理)】させるためにある。……いつか、お前のその『鉄拳』を全力で受け止める、真のケダモノが現れるだろう」


お師匠様。

……現れましたよ。

今、目の前で「バニー服で調教してくれ」と涎を垂らしながら、私の拳を「ご褒美」だと言って喜ぶ、史上最悪のケダモノが。


「……フシュ……。ナオミ……、その拳で……俺の鳩尾を……思い切り……っ」


氷水で冷やされているくせに、まだマニアックな願望を口にするレオン様を見下ろし、私はお師匠様直伝の「概念を貫く正拳」を、そっと握りしめた。


「お師匠様。……私、淑女としてのファンデーション(拳のタコ)、さらに厚くなりそうです」


ナオミ姐さん、本日九度目の大ピンチ。

って言うか、日付が変わってもずっと本日のままなのは……大人の事情です(ごめんなさい嘘言いました。ただ面倒なだけです)

この獣の王、私の修行の成果を「聖なる折檻」として全力で楽しもうとするの、お師匠様でも想定外すぎるからマジで勘弁してほしい。


(つづく)


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