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第12話 拭う指先、溶ける体温

「……王様。いい加減にしてください。鼻血、まだ止まってないですよ」


王宮の最深部。湯気が立ち込める大浴場は、もはや一つの神殿のような広さだった。

私はバスタオル一枚を体に巻き、呆れ果ててレオン様を見下ろしていた。


先ほどまで「うさ耳バニーで調教してくれ」と涎を垂らしていた男は、私の「正拳突き(寸止め)」を食らってようやく正気に戻り、今はしおしおと私の足元に跪いている。


「……すまない、ナオミ。あまりの尊さに、野生の本能が暴走した。……だが、その汚れた肌をそのままにしておくことなど、俺が許さん」


レオン様の瞳が、急にスッと冷徹な、しかし熱を帯びた「雄」の輝きに戻った。

彼は私の手からスポンジを奪い取り、自らの大きな手のひらにお湯を汲んだ。


「……座れ。俺が洗う」


「えっ、ちょ、自分でできますって!」


「拒否は許さん。……これは、俺の『唯一』を汚した世界への復讐だ。お前はもう、泥を被る必要はない。……その役目は、すべて俺が引き受ける」


逆らえない威圧感に押され、私は大理石の椅子に腰を下ろした。

温かいお湯が、肩から背中へと流れる。


「……っ」


レオン様の、節くれ立った大きな指先が、私の肌に触れた。

猛獣の爪を持つはずのその手は、驚くほど繊細で、壊れ物を扱うように優しい。

エレーヌに泥を蹴られたふくらはぎ、屈辱を味わった指の先まで、彼は丹念に、何度も、何度も、指先で泥の記憶を上書きするように撫で上げていく。


「……あ、……っ」


「……痛いか? それとも、くすぐったいか」


耳元で、低く、重厚な声が響く。

背中に当たる彼の胸板の熱。お湯の熱。そして、彼から放たれる圧倒的な「雄」の香りに、私の脳が痺れていく。


「……レオン。……もう、綺麗になったわ。……だから、そんなに必死にならなくても」


「足りん。……お前の肌に、あんなゴミ屑が触れたという事実が、俺の理性を焼き尽くしそうだ」


レオン様は私の背後から、首筋に深く顔を埋めた。

彼の長い睫毛が私の肌をくすぐり、熱い舌先が、泥がついていたはずの場所を、まるで「清める」ように、ゆっくりと這い上がる。


「……っ、ん、……ぁ…………」


「……ナオミ。お前を汚すものは、俺がすべて食い尽くしてやる。……お前の肌に残るのは、俺の体温と、俺のマーキングだけでいい……」


甘く、重く、逃げ場のない執着。

さっきまでの「変態的な駄々っ子」はどこへ行ったのか。

目の前にいるのは、愛する女を独占するためなら世界を敵に回しかねない、飢えた獣の王だ。


「……王様。……あんた、本当に……卑怯ですよ」


私は、彼の首に腕を回した。

湯気の中で溶け合う体温。

バキバキに割れた彼の腹筋が、私の背中に密着し、ドクドクと狂おしいほど激しい鼓動を伝えてくる。


「……フシュ…………っ」


「……え?」


「……フシューッ!! ダメだナオミ、今の声は反則だッ! 俺の理性が、俺の理性がデッドヒートを起こしているッ!! 鼻血が……っ、お湯を赤く染めてしまう……ッ!!」


「……最低。……感動を返せ、このエロ狼!!」


極甘の官能は、レオン様の限界突破した鼻息によって、再びギャグの彼方へと消し飛ばされた。

……けれど、彼に洗われた場所は、お湯の熱さ以上に、いつまでもポカポカと疼いていた。



ナオミ姐さん、本日八度目の大ピンチ。

この獣の王、しっとり濡れ場を演出したかと思えば、一秒後には鼻息で湯気を吹き飛ばす変態に戻るの、マジで情緒が忙しすぎて私のツッコミが追いつかないのでやめてほしい。


(つづく)



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