第10話 偏食のグリフォン
「……はぁ? 食べない? 伝説の聖獣が、いい歳してハンスト中だって?」
翌朝。腰痛手当(寝坊)を勝ち取ったはずの私の元に、聖獣管理部の役人が半泣きで駆け込んできた。
王宮の最上階にある「天空のテラス」。そこに鎮座するのは、金色の翼を持つ伝説の聖獣・グリフォンのアルフレッドだ。
「そうなんです、ナオミ管理官! もう三日も最高級の生肉を口にせず、ただ空を睨んで……このままでは国宝が衰弱死してしまいます!」
テラスに踏み込むと、そこには羽毛を逆立て、いかにも「俺、繊細だから」というオーラを出しながら、皿の肉を無視する巨大なグリフォンがいた。
「グェェ……(いらねぇ、こんな筋張った肉……俺の美学に反する……)」
「美学? あなた、ただの『偏食』でしょ。贅沢病よ」
私が冷たく言い放つと、役人たちが「ひぇっ!」と顔を青くした。
だが、さらに青い顔をして、私の背後から「俺も繊細だ」と言わんばかりにしがみついてくる男がいる。レオン様だ。
「ナオミ……。こいつを構うのは後だ。俺も今朝から、お前の『あーん』がないと、胃が受け付けない体質になった……」
「王様、黙っててください。あなたはさっき、厨房のソーセージをこっそりつまみ食いしてたの、受付嬢の動体視力で確認済みです。はい、お座り!」
「…………っ、バレていたか……」
ショックを受ける王様を放置し、私はアルフレッドの前に仁王立ちした。
「いい、アルフレッド。あなたが食べないのは、この肉が『高級すぎる』からよ。……これ、霜降りの牛でしょ? 翼を持つあんたには脂が重すぎるのよ。もっと野性味を思い出しなさい」
私は用意していた特製の「ジビエ・ハンバーグ(軟骨と野兎のミックス)」を取り出した。
アルフレッドはプイッと横を向く。
「グェッ(そんな安物、伝説の俺が食えるかよ……)」
「……あぁ、そう。……じゃあ、表出ようか、アルフレッド。あんた、自分が空の王者だと思ってるみたいだけど……。食わないなら、その翼、全部むしって【焼き鳥】にしてやろうか?」
「………………グェッ!?(えっ、姐さん、目がマジ……!?)」
私の瞳に宿った本気の殺気(お仕事モード)に、伝説の聖獣がブルリと震えた。
「チッ……言わせておけば、さっきからグダグダと好き勝手抜かしてんじゃねえぞ、コラ! こちとら、あんたが【完食】するまでが残業なんだよ。……さあ、とっととツラ貸しな!!」
私はアルフレッドの巨大な嘴を力技でこじ開け、特製ハンバーグを喉の奥へ【正拳突きスタイル】で叩き込んだ。
「ごふっ、……ごくん。……!? ……グェ、グェェェー!!(う、うめぇ! 何だこれ、噛みごたえがたまらんっす!!)」
一度味を知れば、あとは早かった。アルフレッドは皿まで舐める勢いで完食し、私の足元に「もっとくれ」と頭を擦り付けてくる。
「……よしよ〜し。食べられるじゃない。明日からはこれに野菜も混ぜるからね」
「クルゥ〜(姐さん、一生ついていくっす!)」
一件落着。……かと思いきや、私の隣で、レオン様が今にも世界を呪いそうな顔で立ち尽くしていた。
「……ナオミ。お前、あいつには無理やり口に押し込んだのに……。なぜ俺には、指一本触れてくれないんだ」
「王様。彼は病人、あなたは健康体。……それとも何か? 王様も『正拳突き』で食事を喉に叩き込んでほしいんですか?」
「…………っ! ……それはそれで、新しい悦び(マーキング)になりそうだが……。いや、やはり普通に『あーん』がいい。……頼む、ナオミ。俺は、お前が作った飯(愛)がないと、心の餓死を免れんのだ……」
「はいはい。……じゃあ、残りのハンバーグ、毒見という名目で食べさせてあげますから。……立派な軍神様が、そんな情けない顔しないでください」
私がハンバーグを差し出すと、レオン様は黄金の瞳を輝かせ、王の威厳を大気圏外へ放り投げて食いついた。
「……美味い。……だが、足りん。ナオミ、今夜の『会議』は……メインディッシュを俺にして、じっくり味わってくれないか」
「………………ちょっと待て。王様、やっぱり一回、表出ましょうか!!」
ナオミ姐さん、本日六度目の大ピンチ。
この獣人王、聖獣の救済劇を「自分へのご褒美」に変換する天才的な才能を開花させてしまったらしい。
(つづく)




