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王様、名乗る(下)

 王様グンディは、チモシーを食べ終わると、満足そうにチュルリと小さく鳴いた。

 そして、つぶらな瞳でサトシを見上げる。


『凡夫にしては、よくやった。褒めて遣わそう』

「そりゃあどうも。ありがとうございます」

『なんだ?余の玉声(ぎょくせい)を不服とするか?』

 ちっちゃな指先の毛を(くしけず)っていたグンディが、不満そうにジュルリと鳴いた。


「そういうわけではない……ですが……」

『まあよい。今の余は寛大である。今のは不問に付そう』

「ありがとうございます」

 少し気の抜けた声で、サトシは答えた。


「ところで、どうしてアンタはしゃべれるんですか?」

『余を指して、アンタ呼ばわりをするでない。余のことは王様(ロイヤル)グンディと呼ぶがよい』

「ロ……ロイヤル!?自分のことを……アハハ!」

 人間ですら、ロイヤルと呼べという者はめったにいないだろう。それなのに、この可愛らしい生き物は自分のことを、ロイヤル(高貴な)グンディと言うのだ。

 あまりのミスマッチに吹き出してしまったサトシを、王様グンディはジッと見つめていた。

『無礼者!もはや許せぬ!愚かな下僕には罰をくれてやる!』


 グンディはそう言うや否や、どこからともなく一本の棒を取り出した。爪楊枝より少し短いその棒の先には翡翠(ひすい)色のビーズのようなものがついている。

 王様グンディは、立ち上がり棒の先をサトシに向けると、唱えるように言った。

『余を愚弄したこと後悔するがよい!ふんっ!』


 その瞬間、棒の先のビーズが光ったと思うと、棒の先から白色の閃光がサトシに向けて飛び出す。

 笑っていたサトシは反応が遅れ、その閃光がサトシの胸に当たった。


 サトシの体の中に、冷たいものが流れ込むような感覚がした。

 まるで氷水を飲み込んだような冷たさが、喉から胸へ、そして全身へと広がっていく。

 

 同時に、頬のあたりに妙な違和感があった。

 ピリピリと何かが這い出てくるような、くすぐったいような、不快な感覚。

 

 笑うのをやめたサトシは、真顔になってキョトンとした。


「おい、何したんだよ!」

『フンッ!口の利き方には、気をつけよ。余は、無礼者を一端(いっぱし)にしてやっただけぞ。喜ぶがよい。』

「な……なんの話、ですか?」

『たわけ者めが。自分の顔すら見れぬのか?』


 サトシは、慌ててスマートフォンの画面を顔の前に持っていく。

 

 最初は何が映っているのか理解できなかった。

 いつもの自分の顔。いつもの目。いつもの鼻。

 でも、頬に何か――細く長い、見覚えのないものが六本。


「う、うわぁ!?」

 そして、自分の顔を見た瞬間、思わず叫んでしまった。


 鏡面仕様になっているスマートフォンの画面には確かに、サトシが映っていた。しかし、彼の頬には、見慣れないひげが生えていた。


 片方に三本ずつ、計六本。真横にピンと伸びているそれは、まごうことないネズミのひげであった。

 ピンと張って、わずかに震えている。まるで生きているかのように。


 思わず、サトシは頬に手をやるが、スマホの黒い画面に映ったひげに触れることはできなかった。

 触れない。感じない。でも確かに見える。


「な……な……!?」

『あーはっはっは!あまりに端正になったから、言葉も出ぬか?』

「違うよ!何したんだよ!」


 激高し声を荒げるサトシを、煩わしそうに横目で見る王様グンディが冷酷に言った。

『余の力を使い、下僕を眷属にする呪いをかけただけぞ』

「意味わからねえよ!なんでそんなことができるんだよ!?」

『そんなこと、この杖があれば造作もないことよ』


 そう言って、王様グンディは先ほどの杖を見せびらかすように振る。

 翡翠色のビーズが、室内の光を受けてきらりと光った。


 サトシはその杖を奪おうと、思わずケージに飛びかかろうとするが、グンディが杖を再び向けると動けなくなってしまった。


「はあ!? な……!?」

『下僕の分際で、余の宝に触れようとするでない!これは代々我が一族に伝わる……』


 そこまで言いかけて、王様グンディは小さく咳払いをした。


『……まあよい。貴様には関係のないことだ』


 王様グンディがもう一度杖を振ると、サトシに見えない何かがぶつかった感覚がした。そして、そのまま五十センチほど後ろに吹き飛んだ。


「いったあ……」

『貴様にかけた呪いは、一年かけて貴様をグンディにしていく。それが嫌であれば、余と妃に誠心誠意込めて尽くすことだ』

「おい!このヒゲ、どうすりゃいいんだよ!なんだよ誠心誠意尽くすって!」

『貴様がグンディになるか元に戻るかは、貴様の態度次第だ。心を込めて尽くしていれば、そのうち教えてやろう』

「ふ……ふざけ……」

『ほお?それとも、すぐにでもグンディにしてやろうか?そんなことチモシーを齧るのより容易いぞ』


 サトシは、まだ何か言いたげに王様グンディを睨みつけていたが、やがて根負けしたように頭を下げた。

「大変申し訳ありませんでした。どうか、ネズミにしないでください」

『はっはっは!よろしい!せいぜい、励むことだ。気が向いたら呪いは解いてやろう』


 王様グンディは、杖をしまいながら笑う。彼の後ろにいる三匹のグンディもおかしそうにチュルチュルと笑っていた。


 そんな四匹のグンディを歯ぎしりしながらサトシが睨んでいると、エレベータが動く音が聞こえた。


 サナエが帰ってきたのだろう、サトシは立ち上がりポンポンとほこりを払った。

 やがて、エレベータが開き、足音がこちらに向かってきた。


「お待たせ、丑前(うしまえ)くん!やっぱりグンディたちを見ていたんだ!」

 サナエが飼育室にやってくると、言った。

「丑前くんも気に入ったかな?」

「ほお!?これが噂のグンディってやつか?思ったよりちっこいじゃねえか」

 サナエと一緒に来た園長も、ケージをのぞき込んで言った。


(あれ?なんで……)

 サトシは、二人の態度が全く変わらないことを不思議に思った。

 今、サトシの顔には、おおきなネズミのヒゲが生えている。

 普通なら、その異常事態に驚くはずなのに、二人はいつも通りの様子であるのだ。


「あっあの!箱音(はこね)さん!」

「んっ!?どうしたの大きな声出して?」

「僕の顔に何かついていませんか!?たとえば、とても長いひげとか!」

「えっ?何言っているかわからないんだけど……?」

「いや!その……僕の顔よく見てください!なにか、ついていないですか?」


 んーどれどれ、とサトシの顔に近づくために、サナエは少し屈みのぞき込む。彼女の瞳が、サトシの顔の十センチくらいのところまで来て、時おり瞬きしながらじっくりと彼を見ていた。

 サナエの長いまつ毛が何度か瞬きする。自分で言ったとはいえ、異性にここまで顔を近づけられたのは家族を除けば、小学生以来だ。サトシは少し頬を赤らめる。


「いつも通りだよ。どうしたの?」

「ええっ……そんな!?」


 顔を離し、不思議そうに首をかしげるサナエをみて、サトシは狼狽する。そのとき、後ろからチュルチュルという鳴き声とともに王様グンディの声が頭に響いた。

『言っておくが、貴様の呪いは、お前と一握りのものにしか認識できない。安心して励むがよい』


 そんなこと言われても混乱したままのサトシを見て、園長はポンと手を打った。


「ああ、そうか。わかったぞウシ」

「な、何がですか……?」

「お前、サナのこと気になってんだろ」


 サトシは思わず言葉に詰まった。


「ち、違いますよ!」

「照れんなって。俺もお前くらいの歳の時、同じことやったことあるんだ」

「はあ!?」

「『髪に何かついてる』って言って、近づいて取ってやるふりしたんだよ。懐かしいなあ」


 園長は遠い目をした。


「で、お前は『顔に何かついてないか見て』って言ったわけだ。まあ、悪くねえアプローチだ」

「だから違いますって!」

「だがな、もうちょっとスマートにやらねえと、次は警戒されちまうぞ」


 聞く耳を持たない園長に、サトシは肩を落とした。


「あんまり、丑前くんをいじめないであげてくださいよ、林王さん」

 サナエも苦笑しながら言った。

「でも、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、丑前くん。私は、変なこと聞いても気にしないよ」

「……そういう問題じゃないんですけど」


 むしろフォローになっていない。サトシは深くため息をついた。


「まあいい!そんなウシに大チャンスだ!お前を今日からグンディの飼育手伝いに任命する!」

「はあ!?なんでいきなりそんなこと!?」

「まあ、グンディはこれから生物園の目玉になる生き物だ。大切にしなくちゃいけねえ。だけど、サナだって暇じゃねえ」


 確かに、手伏区生物園(てふせくせいぶつえん)は慢性的な人手不足である。現にサナエは哺乳類と鳥類の飼育を一手に担っている。とてもではないが、グンディだけにかかわっていることはできない。


「ウシ、ちょうどいい。お前はサナから飼育のコツを聞いて、グンディの面倒を見てやれ」

「そんなこと言われても、僕は動物の飼育したことはないんですよ!」

「なに、気にするな。ちゃんと手当はつけてやる。それに、就活で話す良いネタになるぞ!」


 サトシが世話したことのある動物なんて、小学生の時に飼っていた金魚くらい。それも水の交換や水槽の掃除などは両親がやっており、自分でやったことはせいぜい餌やりくらいだ。


 それに、いまはそれどころではない。

 顔にネズミのひげが生えているのだ。しかもそれが、他人には見えない。

 一年かけてグンディになっていくなんて、悪夢のような呪いをかけられたばかりなのだ。とてもではないが、呪いをかけた当の本人の世話なんてしたくはない。


「いや、でも……」

 反論しようとしたサトシが何か言う前に、サナエが手を合わせて言った。


「お願い!この前、村城(むらき)くんがいなくなっててんてこ舞いなの。人助けだと思って手伝ってくれないかな?」

 村城とは、サトシの一年先輩のバイトである。飼育係であった彼は、起業した会社が忙しくなったとか言って、先月辞めてしまった。

 調子に乗りやすいところはあったものの、やることは真面目にこなしていた村城が仕事をやめて以来、飼育員たちの作業が増えているのだ。


「……わかりましたよ」

「ほんとぉ!?ありがとぉ!」

 サナエは、そういってサトシに笑顔を向けた。なんだかくすぐられたような気持ちになったサトシは、顔を思わずそむけた。


「よっしゃ!決まりだな!それじゃあサナ、さっそくグンディについて、ウシに教えてやってくれねえか?」

 その様子を何かもの知り顔で見ていた園長が、パン、と手を打ち言った。

「わかりました!その前に、グンディに餌を……ってもうあげたの!?」


 サナエがケージに目をやり、チモシーの残骸を見つけると、目を丸くして言った。


「ごめんなさい。なんか、おなかがすいていそうで」

「いいのいいの!でも、これが良いってことよくわかったね!」

「モルモットみたいだから、これでいいのかなって思いまして」

「さっすがー!じゃあ、行こうか?」


 サナエと園長が踵を返して、飼育室を出る。その後についていくサトシの背に王様グンディの愉快そうな声が響いた。

『下僕よ、明日からも精を出して仕えるがよい』


***


 飼育室を出た誰かが、足を止めた。

 廊下の途中で、その人物の動きが一瞬だけ止まる。


 その体の中で、『ソレ』は歓喜に震えていた。


――ミツケタ、ミツケタ、ミツケタ


 長すぎる時を経て。

 絶望的な探索の果てに。


 杖――幾千年もの間、探し続けた、あの杖が。


 『ソレ』は、宿主の感覚を借りて、もう一度あの部屋を"見た"。

 小さなケージ。きな粉色の毛玉のような生き物たち。

 そして、その中の一匹が隠し持っていた、翡翠色の輝き。


 間違いない。あれだ。


 どこにあるかもわからないものであった。今まで、手掛かりすらなかった。

 見つけることができる確率など、砂漠で一粒の宝石を見つけるより低いだろうと思っていた。


 だが、何千年も何万年も探していたのに見つからなかったものが、今まさにあの部屋にある。

 今すぐにでも、この体を飛び出し杖を手にしたい欲望に襲われるが、生憎まだ時間が悪い。


 昼の光が残る今は、『ソレ』の力は弱い。

 人間やネズミくらい造作もなく八つ裂きにできるだろうが、杖を持つ相手は別だ。

 失敗すれば、二度と機会は巡ってこない。


――夜を、待とう


 幸い、杖を持つネズミはまだこちらに気付いていない。

 夜になり、力が増した状態であれば奪うことができるはずだ。


 もう、何万年も待ったのだ。いまさら数時間待つことなど瞬きするほどのものでもない。

 憑かれた者の内側で、『ソレ』は隠せない悦びに満ち溢れていた。

ネズミになる呪い、発動しました。

次回もどうぞお付き合いください。

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