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裏山の神さま  作者: Nova
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第6話:ほんの少しの空想と(後編):文人

「おや、朝陽くんじゃないか。久しぶりだね。」

 僕はその懐かしい後ろ姿に声をかける。目の前のその男の子はびくっと肩を震わせて振り向いた。暗い茶色の髪に黒いパーカー、使い込んだ黒いリュック。私服でありながら学生服の頃とは大して色味の変わらない服装の彼は、僕が大学生バイトだった頃からの知り合いだ。


「やぁ、ごめんね。驚かせてしまったかい?」

「いえ、いや、少し、びっくりしましたけど。」

「すごく集中していたもんね。調べものかい?」


 僕は久しぶりの距離感を保ちつつも、かつてそうしていたようにできる限り気さくな体で話しかける。少し背丈が伸びたような気はするものの、肩をぎゅっと縮こまらせてぽつぽつと話すしぐさは依然とさほど変わりなかった。むしろその頃よりも、心なしかやつれて見える。学生の頃からあまり顔色が良いほうだとは思わなかった。いつも何かに追われているような、切羽詰まった顔ばかり見ていた記憶がよみがえる。卒業の頃にはいくらか顔色が良くなって、気兼ねなく僕に話をしてくれたようにも感じて少しばかり安心していたのだけれど、まさか、今はもっとひどいのだろうか。


「あっ、その、村の伝承について興味があって。」

 村?

「そうか。いったいどこの?」

 少しばかり意表を突かれて、彼を観察していた目線を下へとおろす。その手に抱えている資料の背表紙から概要を読み取ると、僕はすぐさまそれが皆瀬村の郷土資料であることに気づいた。


「あぁ、その資料は皆瀬村のものだよね。僕も、その資料なら読んだことがある。」

「え。」

「僕はほら、大学で人文学部だったから、専攻は違うけど教授の影響で伝承系は少しかじったことがあるんだ。あんまり詳しくないけどね。」


 皆瀬村の伝承と言えば龍神伝説か?そういえば朝陽くんは皆瀬村の出身だったかな。でもその資料だと肝心の伝承系はあまり載ってなかったような。そうしたら他の資料もおすすめした方がいいかな?僕はいつ資料の場所を聞かれてもいいように脳内の蔵書リストから関連する資料を探し出す。仕事モードで頭を動かしつつも、唐突に目の前に現れた魅惑的なテーマを前に、逸る気持ちを抑えられない自分がいる。そのテーマ、もっと掘り下げてみてもいいのだろうか。


 僕には、一度好奇心に火が付くとマシンガンのように語り倒してしまう悪癖がある。うっかり人前でそうなってしまうと、我に返ったときに目の前の人間が困り顔で微笑んでいるのを見ることになるのだ。ある日そのことに気づいた僕は、可能な限り興味好奇心を押し殺し、安易に語りだそうとしないようにと自分を戒めることに注力していた。けれど、今僕を上目遣いで見つめている彼の眼には、ほんのわずかな期待の光が瞬いているようで、僕は思わず左耳の後ろに手をやった。


「もしよかったら、調べもの手伝おうか?ほら、久々に朝陽くんと話もしたいし。」

 あまり食い気味になって驚かせないように、跳ねる鼓動を悟られないように、僕はいつもよりもゆっくりと言葉をつないだ。そうすることで少しだけ冷静になれる自分がいる。朝陽くんと話したいのは本心だけれど、それ以上に皆瀬村の龍神伝説というのは、僕にとっては魅力的すぎるテーマなのだ。

 幸い、彼は僕のそんな心のうちには全く気付かなかったようで、何のためらいも見せずに僕の提案を受け入れてくれた。心なしかほっとしているようにも見える。彼の口角がわかりやすく緩んでいるのを見ると、なんとなく、僕の不安がいくらか消えるように思えた。よかった。こんなことでも彼の気がまぎれるのなら。だって以前にも増してやつれた顔を見て、心配していたのも本心だから。


「皆瀬村の資料なら、これとこれは欠かせないね。」

 僕は改めて微笑みなおし、さっき脳内でリストアップした資料の中から、特に関連性の高いものをいくつか見繕って棚から抜いた。腕に4~5種類ほどの資料を抱えてテーブルスペースへと誘導する。

「それじゃあ、向こうに座ろうか。」


 この図書館には各エリアごとに、資料閲覧用のスペースが設けられており、向かい合わせに2つずつ、計4つの椅子がテーブルとともに置いてある。僕は自分たちの居場所から一番近いところにある空きテーブルへと向かい、椅子に座るより先に資料を広げて見やすいようにと並べて見せる。僕は立ったままでテキパキと資料を配置する。朝陽くんには悪いと思ったが、さすがにカウンターの外で業務時間中に座るわけにはいかないからね。別に仕事中ってことを忘れたわけではないのだと、心の中で言い聞かせる。


 朝陽くんには椅子に座ってもらおうと手を伸ばしかけたところで、彼が僕の横から資料を覗き込んできたのでやめにした。彼がいいならいいかと思い、もう一度資料へと向き直る。テーブルの上には、各地の伝承を編纂した資料、皆瀬村含む周辺地域の成り立ちや改定前の古い地図など、この辺りの風土を知るには十分な量の資料を並べてある。ここまでする必要はなかったかなと思いつつも、このテーマの面白さを知ってほしくてつい張り切ってしまった。


「それで、朝陽君は龍神伝説に興味があるんだっけ?」

「あ、いや、なんというか、龍っているのかなって唐突に思って。」

「なにか、きっかけでもあったのかい?」

「えっと、そういうわけじゃ、ないんですけど。皆瀬村の龍は外から来たって。元からいるものじゃないのに神として崇められてるの、珍しくないですか。」


「どうなのかな、僕もほかの事例にはあまり詳しくないんだけど。日本にも龍の伝承は数多くあってそこまで珍しいものじゃないとは思うんだ。ただ確かに、皆瀬村の外つ国の龍に関しては、それがなにかの暗喩だとしてもわざわざ外から来たって表現する理由がわからない。小さな内陸の村なのに、外の国に対しての知識がもとからあったとは思えないんだ。だからそういう表現をするからには、やっぱり何か特別な事情があったんじゃないかと思うんだ。」


「例えば?」

「例えば、そうだな。ろくに雨も降らない水資源の乏しい土地に、豊富な水をもたらすだけの何かだ。」

「天変地異、みたいな?」

「ふふ。天変地異。そこまで大げさなものだったかはわからないけど。たまたま気候変動の激しい時で、まれにみる大雨が降った。そのタイミングで外から訪れた何者かの存在があれば、あるいはそれを龍と呼んだかもしれない。そういうことさ。」


「あぁ、なぜか東北にキリストの墓があるみたいなことかな。」

「あはは!キリストの墓。確かに、そんなのがあったね。天狗というのが赤ら顔で鼻の高い白人を指したものだったとか、諸説はあるが。まぁ推測可能なのはそんなところだろう。本当は、そういう外からの来訪者にまつわる記録や伝聞でもあればもっとわかりやすいんだけど。そういうのはさすがに皆瀬村の中でないと見つけられないんじゃないかな。」

「そうなのかな。」

 少ししゃべりすぎたかな。自らの悪癖を省みて彼の顔色をうかがう。朝陽くんは僕の顔を一切見ずに、腕を組んで何か考え込んでいるそぶりをしている。


「ふむ、何か考え込んでいる顔だね。眉間にしわが寄ってるよ。」

「おっと。」

「もしかして、何か思い当たることでもあったのかい?」

 朝陽くんはぱっと顔を上げて反射的に僕を見上げる。

「いや、裏山の管理人さんだったら何か知ってるんじゃないかと思って。ほら、伝承の中心になっている水戸上山の管理人さんならさ。」


 へぇ、あの山に管理人がいたのか。村の里山だし、未管理なわけはないだろうと思ってはいたけど。

「なるほど。僕はそっちの人間じゃないから知らなかったけど、あの山には管理人がいるのか。確かに、その人なら詳しい話も知っていそうだ。例えば、図書館に保管されている資料には書かれていないこととかね。やはり僕も行ってみるべきかな。」


 僕は大学時に所属していたゼミの教授の影響で、なんとなく山を登るのも好きだった。山があるなら行ってみよう、ついでに伝承の話が聞けるなら一石二鳥というものじゃないか。そんなことを考えながら腕時計を確認する。もう小一時間も経っていた。いけないいけない。もうそろそろ仕事に戻らないと。

「そろそろ時間だ。この資料は片づけておくから、また今度ね。あ、そうだ。連絡先を交換しよう。」


 手際よく資料をまとめて小脇に抱え、スマホのチャットアプリを開いてQRコードを表示して見せる。朝陽くんは覚束なげにそのQRコードを読み取って、僕のアカウントを登録する。しばらくすると、新しく作られたトークルームにうさぎがお辞儀をしているかわいらしいスタンプが贈られてきた。僕はそのスタンプのチョイスに微笑ましさを感じながら、業務用のルームでも使っている文字だけのスタンプで「よろしく」と返した。


「なんかあったらいつでも連絡してね。まぁ僕としては、なくても連絡してくれたらうれしいんだけど。」そう言って僕は微笑みながら手を振ってみる。わずかな余韻も許さぬようにインカムで告げられた業務連絡に、小走りになりながら返答を返した。皆瀬村の伝承について記された書物を書架へと戻しながら、僕と朝陽くんはこれからどんな関係になるのだろうかと思いをはせる。

 そうだ、きっといい関係性に違いない。そうして僕は、弾む足取りで次の業務へと向かった。だって今日はこの後にも、お楽しみが待っていることを知っているから。


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