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裏山の神さま  作者: Nova
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第29話:雨降らす龍は虹を呼ぶ(前編):響歌

 はぁ、何てこと?邪魔が入るまでは予想していたけれど、ここまで面倒なことになるのは想定外だ。瀬尾学なら、少し脅せば黙っていてくれると思っていたのに。いえ、この際私の予測が甘かったことは認めましょう。少々事を急ぎすぎた。

 しかも、探索隊のリーダー春日井によれば、大型の生物が生息している痕跡はないという。あの映像が本物であることは確実なのに、一体どういうことなのか。私は目の前で呆然としている面々を前に、教授の連絡先をコールする。


「……もしもし、古谷教授。少し問題が起きまして。」

「問題?珍しいね。君が問題に見舞われるなんて。」

「そうでしょうか。いえ、今はどうでもいいのですが、瀬尾学他数名の関係者に妨害されました。それ自体は別に構わないのですが、予定通り山の奥へと踏み込んだ捜索隊から、大型の生物の痕跡が見当たらないと、報告がありまして。」

「それは……ふむ。なるほど。そういうこともあるかもな。」

「……存在してるのなら、あり得ないのでは?」


「いいや、相手は神さまだ。そういうこともありうるものだ。」やけにしっかりと断定するものだ。いつも飄々としている教授がここまでしっかり発言するのは、むしろ珍しいような気がする。

「神、と崇められているだけなのでは?存在そのものは生物ですよね?何の痕跡もないなんてそんなこと。」

「あるさ。たぶん山からは見つからないね。大型の生物を探している限りはね。」古谷教授はとても愉快そうに話している。その声は、私たちの近く、私たちが登ってきた階段の方から聞こえてきた。

「……教授?」

 まさかと思いながらも振り向いてみると、にこにこと笑いながら歩いてくる教授、そして教授と同じくらいに見える初老の男性が歩いてきた。教授は少し息切れをしているように見えるが、初老の男性は少しも疲れが見えなかった。


「父さん⁉」瀬尾学が驚いたような声を上げる。

 古谷教授と一緒に歩いてきたのは、どうやら瀬尾学の父親らしい。つまり、初老の男性は先代の管理人というわけだ。しかし。なぜ?

「意味が分からんという顔をしているね、綾坂さん。」教授は私に向かって声をかけた。

「えぇ、まぁ。教授がまさか、先代の水戸上山管理人と知り合いだったとは、知りませんでしたから。」

「うん、そうだね。伝えていないのだからそうだろうね。」教授はにこにこと笑っている。


「うん、本当に関係者そろい踏みというわけだ。これはいいですね。とてもいい。そうでしょう?瀬尾正勝さん。」教授が、先代の管理人に向かって話しかける。

「ははは!せがれが少々困っているらしいと聞いてやってきたが、別にどうということもなさそうじゃないか!なぁ、学。」瀬尾正勝は快活そうに笑いながら、瀬尾学に呼びかける。

「笑い事ではないですよ、父さん。森に捜索隊が入ってるだなんて。」瀬尾学は焦ったような声で返答する。

「そりゃせがれよ、お前の不手際が招いたことだからの、しっかり反省するといい。」ガハガハと笑う割には厳しいことを言う父親だ。瀬尾学をはめた身ではあるものの、ほんの少しだけいたたまれなくなってくる。


 いえ、そんなことより、この状況は何なのだろう。なぜ教授がこんなところにいるのか。私にすべて任せてくださったんじゃないのか。いえ、確かにここにきて躓いてしまっているのだから、教授が来たのは正解だったと言えるのだけれど。釈然としない。

「古谷教授、いったいどうしていらしたのです?」いてもたってもいられなくなって問いかける。

「てっきり、任せてくださったものだと、思ってましたが。」これは少しばかりの本音だった。

「それはもちろんだとも、綾坂さん。僕も綾坂さんがだいたいはうまくやってくれるだろうと思っていましたし、実際悪くはありませんでしたよ?あともう一歩だった。惜しいですね。」教授はハハハと笑いながら返答した。


「龍がどこにいるか、知ってらっしゃるんですか?」私は恐る恐る教授に尋ねる。

「うん、そうだね。知っているわけではないが見当ならついている。駄目だよ綾坂くん。見えるものだけに捕らわれるなんてね。」教授はなおも意味深げなことを言う。

「それは、どういうことでしょうか。」私には意味が分からなかった。

龍神の住処は山の奥の洞穴。そこまでは調べが済んでいる。ならその洞穴を見つけさえすれば、おのずと龍は見つかるのではないだろうか。


「そもそも、あんなに巨大な生き物を、いったいどこに匿うというんです?この山の外、という可能性もないわけではないでしょうが、これまでの調査では、龍の移動範囲はそう広くありませんでした。あくまでも森の周囲にとどまっている。どこか別の場所に行っているとは考えづらいと思うのですが。」

「まぁ、それに関してはね。何事もイレギュラーというものはあるわけだから。」

「しかし、そのイレギュラーが起きないための不意打ちです。実際、捜索隊は昨日から待機しておりましたが、それらしき生き物の影は観測できなかったと言っております。」


「君は本当に、どこまでも普通の生き物のように、龍を捉えているようだね。」

「どういう意味です?実態のある、普通の生き物ではないのですか?」気が付けば私はまるで、古谷教授に噛みつくような物言いで反論していた。瀬尾学を含め、関係者たちはみな、口をつぐんで一言も発さない。

「普通の生き物、ね。あれを普通と言うならね。……ほら、見てごらんなさい、綾坂さん。」

「は?」


 古谷教授は、私の背後の空を指さした。何事かと思って振り返るも何もない。ただどんよりとした雲が、空を覆いつくしているばかりだった。

「……何も、ありませんが。」

 再び教授の方に向き直ろうとしたその瞬間、うす暗かった空がひと際暗く陰りを帯びる。いいえ、暗くなったのは空ではない。私自身が、何か巨大なものの陰に入ったみたいだった。

「何?」

 状況を理解できずにいる私をよそに、影は一層暗く、濃くなる。それにつれて、先ほどまで穏やかだった風が、少しずつ強さを増して、徐々に強風となっていく。

「っ!」


 ひと際強い風に押されて、私は思わず顔の前に両腕を構え、足を後ろに開いて踏ん張らなければならなくなった。一瞬だけ目をつむってしまったものの、一瞬の強風はすぐに収まり、代わりに、さっきよりも少し生暖かい風が、顔の前から吹いてくる。

「なんっ……!」

 何とか目を開けると、目の前に黒い塊がそびえたっていた。よく見ると光沢を帯びた表面は、爬虫類のように艶めいているのがわかる。鱗だ。

「はっ。」

 さらに二対の巨大な眼球が、私のことをギロリとにらんだ、ように見えた。尻込みしている私をよそに、その生き物は一度後ろに下がって見せた。正面からその様相がうかがえるようになると、私は否応でも、目の前にいるものが何なのかを理解した。


「龍……!」私が状況を理解したのとほぼ同時に、山の奥の方から叫ぶような声が聞こえる。

「なんだこりゃあ!すっげぇなぁ!」その声は捜索隊リーダー春日井のものだった。どうやら、一度山奥から引き揚げて来たらしい。

 私はと言うと、状況は理解したものの、どう対応すればいいのかわからずに、続く言葉すら発することができないでいる。探し求めた念願の龍が目の前にいるのに、肝心の私は嫌になるほど無力だった。しかし、目の前の龍はまさしく見惚れるほどに美しく、もはや何の言葉も必要としない風格でそこにたたずんでいる。しばらく龍を見つめていると、目の前の黒龍は、おもむろにその大きな口を開いて見せた。


「ぐぉおおおおおおおおお‼‼」大気が震えるほどの咆哮に、私はおろか、誰も何も発せなくなってしまった。腰を抜かしそうになったものの、耐えきったことは幸いであったというべきか。

 しかし、ここまでされてしまっては、もはや私に、かの龍神に対して何かをしようなどという心意気はなく、すでに粉々に砕け散ってしまい、放心状態になってたたずむ以外にしようがない。

「……困りました。こんな……、これが龍……なのですね。」


 龍神のターコイズブルーの瞳が私を見つめ、生暖かさとは別に、雲の隙間から吹き抜けてくる風の感触が、やけに爽やかに感じられるのは、きっと気のせいなどではないのだろう。龍の向こう側にかろうじて見える空は、いつの間にか一片の雲も漂うことない青空へと、様変わりしてしまっている。これにより私は、なおもわずかに燻っていたどうしようもない野心と言うものを、きれいに手放してしまおうと思っていたのだ。


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