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裏山の神さま  作者: Nova
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第28話:雨上がりの兆しは雲間から(後編):文人

 僕は玄関とリビングの間の壁の後ろにしゃがみこんで、学さんと綾坂響歌のやり取りを聞くことにした。綾坂響歌は、学さんが動画の件を知っていることをまだ知らないはずだ。だから学さんには、僕らから聞いたということを伏せて対応してもらうことにしている。つまり、知らないふり、というわけだ。その間、学さんにはボイスレコーダーを回しておいてもらう。綾坂響歌とのやり取りの中で、決定的な発言を引き出すことが目的だ。

 けれど、それだけでは足りない。結局のところ僕たちが止めたいのは綾坂響歌の探索という行為そのものであって、法的に勝てばいいというわけではないのだ。それでも僕たちの行為の正当性となる証拠を手に入れることは、法的に戦えるということを見せつけて綾坂響歌を怯ませるための武器になる。


「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「どのような?ええ、もうすでにご存知かと思ったのですが。」あくまでも普段の来客用の対応をする学さんに対し、綾坂響歌が牽制を入れる。

 うん、たぶんあれは牽制だ。学さんと僕らのつながり、少なくとも朝陽くんが学さんにリークした可能性を疑っている。おそらく、事前に対策されることを警戒してのことだろう。

「ご存知?とても気にかかる言い回しですね。何についておっしゃってるのでしょうか。」強い!まさか学さんがこんなに立ち回りが上手いと思わなかった。


「あら、ほんとにご存じでない?そうですか。ならいいのです。どのみち申し上げねばならないのですから。ええ、結果は大して変わらないと思いますので。」綾坂響歌も綾坂響歌だな。相変わらず相手を煽ってボロを出させようとしているみたいだ。

「はあ、こんな朝早くからいらしたのに立ち話もなんでしたよね。長くなるのでしたら中に入られますか?」学さんが綾坂響歌を中に招き入れようとする。だがこれはあくまでフリだろう。

「いいえ。そんなに長くはかかりません。それに、これからやらなければならないことが山積みですので。」


「お忙しいのですね。」

「はい。ですから、単刀直入に申し上げようかと。」

「はい?」

「つまり、私はあなたが龍を匿っていることを知っています。」

「……はい?」綾坂響歌があまりにも華麗に切り込んだために、学さんがぽかんとしている。

「こちらをご覧ください。」綾坂響歌が何かを取り出しているような気配がする。

ここからだと何を取り出しているのかまでは見ることができない。ぎりぎりまで覗いてみることはできるけれど、綾坂響歌に気づかれると困るし、そもそも学さんが結構大きくて向こう側の綾坂響歌がほとんど見えない。まぁ、その分こちらも見つからずに事態を観察できるんだけど。


「これは、いや、まさか……。いったいいつ?どこに?」学さんの狼狽えるような声が聞こえてくる。

「あなたに協力を拒まれた日以降……密かに通いつめまして。ええ。ですが、これで言い逃れはできませんよね?」くそっ、決定的なことは言わないか。

危ない橋を渡っている認識はあるのか、なかなか決定的な発言をしてくれないことに少々じれったさを感じるも、おとなしく展開を見守ることにする。そういえば、綾坂響歌は探索隊を連れてきたのではなかったか、確認するのをしっかり忘れていた。ここからでは確認できない。僕は朝陽くんに手招きする。


「どうしました?」朝陽くんが小声で話しかけてくる。

「少し綾坂響歌の動きがじれったいんだ。外に、綾坂響歌以外の人間がいるか確認できるかい?」そういうと、朝陽くんは軽くうなずいて、窓から外を確認し、しばらくしてまた静かに戻ってきた。

「いません……。確かに複数人の話し声が聞こえたと思ったんですけど。」

「おかしいな。綾坂響歌は学さんを脅して探索許可を取りたいわけではないのか?」

「待ちなさい。今なんと言いましたか?」少し語気の強い学さんの声が聞こえてくる。綾坂響歌と何かもめているのかも知れない。


「ですから、すでに探索は開始していると、お伝えしました。この動画からも、この山に龍がいるのは明白です。私はこの動画を資料として学会に提出します。教授の伝手で支援をいただいている以上、頓挫させるわけにはまいりませんし、実物に勝る資料はありませんから。」

「あれは、あなたが知っているような生き物ではないのですよ⁉他の動物と同じように扱えるようなものではない!」

「あはは、認めましたね?決定打は、こちらがいただきました!」

「くそっ、森を荒らすのを直ちにやめなさい!」


「止められるものなら止めてみなさい!こちらはすでに多額の資金を投入しているのです!一研究室の規模ではありません!それが理解できないからこうなるのですよ!」

「あなたたちの事情はこちらの知ったことではない!代々守り伝えてきた聖域に踏み入り、あまつさえ土足で踏み荒らしておきながら何たる言いぐさか!恥を知りなさい!」今にも取っ組み合いになりそうな剣幕で二人が言い争っている。


理央さまは森にはいないとはいえ、丁寧に管理されてきた場所を荒らされるのはたまったものではないだろう。学さんが声を荒げるのもよくわかる。

「待ってください!」僕が割って入ろうと腰を上げたとき、ひときわ大きな声が響いた。

「落ち着いてください、二人とも!えっと落ち着いて!落ち着いて、話しても仕方がないかもしれないけど……。綾坂さんのやり方は間違っています!」驚いている僕たちを尻目に、朝陽くんが綾坂響歌と対峙していた。

「な、ちょ、朝陽くん⁉」僕と学さんはその行動に驚いたような声を発する。それは綾坂響歌も同じみたいだ。


「な!何を言っているのです?というかどこから現れたのですか!」綾坂響歌は取り乱したような声を上げている。

「あ、いや、そこの窓から外に……。」朝陽くんは律儀に答えている。咄嗟に飛び出したからか靴を履いていない。朝陽くんらしいな、と少しため息をつく。

「やっぱり、協力関係にあったんですね?何も知らないというのも嘘なんでしょう?まったく小賢しい!ですが、あと一手でこちらの勝ちです。」綾坂響歌は声を荒げながらも勝利を確信したような物言いをする。

「そうかもしれませんが、まだ発表はしてないんでしょう?それならまだ引き返せるはずです!」綾坂響歌を説得しにかかっている朝陽くんを、僕は学さんの隣で見守ることにした。いつの間にか千絵美も隣に立っている。


「引き返す?どこにその必要があるのです?真実は明かされなければならないのです!それに、これは私の悲願!実績を手にするためならなんだってする!あなたはおとなしく見ていてください。それに新生物の発見は、様々な界隈に少なからぬ影響を及ぼすでしょう。これが喜ばしいことでなくて何だというのですか?むしろ何十年も隠し通してきた意味が解りません。昔はともかく、時代は変わったのですから、人類の英知と発展のために、喜んで提供するべきなのではありませんか?理解していないのはあなたたちの方です。」綾坂響歌はなおも自信満々に語り続けた。


「そういう側面があることは理解しています。でも僕には、人類のために龍を犠牲にすることはできません!それに、えっと、上手くは言えないですけど、明かされない方がいい真実だってあると思うんです。」明かされない方がいい真実。その言葉は研究者にとってはひどく残酷に聞こえるものだろう。

僕は動画越しでしか見ていないけれど、直接間近で見た彼だからこそ、思うところがあるのかもしれない。だがその論点は弱い。まだ綾坂響歌には通じない。


「明かされない方がいい真実?都合のいい話ですね!そんなものはありません。私は研究者ですから、全て解き明かさなければいる意味がありません。」すると綾坂響歌は腰のホルスターから無線機を取り出すと、通信を始めた。

「こちら綾坂です。探索状況はどうなっていますか?」

「こちら探索班春日井。お嬢さん、まだ始まったばっかで何の痕跡も掴めてねーぞ?急いでんのはわかるが、もうちっと後でにしてくれや。てかほんとにそんな大型のもんが生息してんのか?それにしては随分ときれいな山ん中だ。木がなぎ倒された形跡もなし、ひっかき傷もない。熊らしき痕跡すら見当たらねぇぞ。」無線機からはやや乱暴な口調の男性の声が聞こえてくる。


「ん?いや、どういうことです?」僕と朝陽くんがほぼ同時に疑問を口にした。

「綾坂さんは、もうすでに山の中に探索班を入れているそうだ。それでさっき、口論になりかけてね……。」学さんが深いため息をつきながら説明を入れる。

 山に理央さまはいない。それがわかっているこちらとしては、特に困った状況ではないのかもしれないが、やや膠着しつつあるこの状況を、覆すすべが見当たらない。

「困ったな……。」誰に当てられたわけでもない僕の呟きは、いったんはこのどうしようもない空気の中で宙に浮かんだまま消えていくしかなかった。


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