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裏山の神さま  作者: Nova
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第27話:雨上がりの兆しは雲間から(中編):朝陽

 僕は今、水戸上山の麓に来ている。少し立ち止まって、家を出る前にやり取りしていたメッセージアプリの履歴を開く。結局、千絵美さんも水戸上山まで来ることになった。これで今回の件の関係者は、少なくとも僕の知っている限りでは全員がこの場に集うことになる。文人さんのことだから、きっと包み隠さず話しながらも、いい感じに伝えてくれたんじゃないのかな。


 千絵美さんはまだ綾坂さんには会っていないはずだけれど、綾坂さんは千絵美さんのことをどのぐらい認識しているのだろうか。あるいはまだ、認識していない可能性すらあるけれど、それは会ってみないとわからないことだろう。

 文人さんと学さんは綾坂さんを正攻法で抑え込もうとしている。それ自体は正しいことだと思うし、実際綾坂さんは少しやりすぎていると思う。こっち側だって、温情だとか平和的な解決だとかを手段とするようなタイミングは、もうすでに過ぎ去ってしまっているのかもしれない。


 でも僕としては、まだもう少し綾坂さんと話をしてみたいと思っているし、その僕の気持ちを千絵美さんが理解してくれてよかったと思っている。同時に、綾坂さんと会ったことのない千絵美さんが、綾坂さんに会ったときにどう思うのか、その点が少し気がかりだとも感じている。

 今日の天気予報は曇りのち雨。上を見ると分厚い雲が空を覆い隠している。少しだけ心もとない空模様だ。今日これから対峙する相手、やらなくちゃいけないことを思えば、ほんの少しだけ気が重くなってしまう。


 そういえば理央さまは大丈夫だろうか。学さんが気を配ってくれるとは言っていたけれど、かなり気まぐれなところがあるから完全には安心しきれないだろう。

 僕はスマホをお尻のポケットに入れて、階段を登り始める。ここまで来る間には、まだ誰とも出会っていない。もしかしたら僕が一番乗りかもしれない。もちろん、ここに住んでいる学さんは例外として、だけど。

 あるいは響歌さんがもうすでに来ている可能性も捨てきれない。さっきからずっと、かもしれないかもしれないを繰り返している。それだけ、ここから先がどう転ぶのか、完全には予測しきれないということではある。


 やっと登り切ってみると、まだ社の周囲は静まり返っている。やっぱり僕が一番乗りだったみたいだ。むしろ、早く来すぎたのかもしれない。学さんは迷惑ではないだろうか。ここまで登ってくる間も、誰かとすれ違うようなこともなかった。朝の涼しげな空気の中、鳥すら鳴かずにシーンとしている裏山は、少しだけ不気味に感じられるかもしれない。

 けれど、綾坂さんすらまだ来ていないのは幸いだった。全員が合流していないのに響歌さんと遭遇してしまうのは、なんとなく避けたかった。


「あれ、朝陽くん?何してるの?」聞き慣れた声が後ろから聞こえる。振り返ると文人さんと千絵美さんだった。

「あ、おはようございます。」確かに階段を登り切ったところで考え事をしていたら変だろう。

「今来たんですね。」けどタイミングとしてはちょうど良かったかもしれない。

「そう!ちょうど良かったよね。」そう答えたのは千絵美さんだ。

「実はちょっと遠くの方に背中見えてたかも。」


「確かに、何にも障害物ないからね。僕は、気づかなかったけど。」千絵美さんの言葉に僕は頷く。後ろにいたら気づかなくて当たり前かと思い直すも、気づかなくて申し訳なかったという気持ちは捨てきれない。

「あはは、後ろに目がついてないと難しいよね。僕らも声がかけられるほど近くはなかったし。」文人さんは冗談を言いながら笑っている。

「さて、ここで立ち話していてもあれだから、すぐに学さんと合流しちゃおう。」文人さんの一声に、僕と千絵美さんは頷いた。


「すみません!」文人さんが筆頭になって、僕たち三人は学さんの家の戸をたたいた。

「学さーん!いらっしゃいますかー!」文人さんが元気よく声を張り上げている。こういう時に楽しそうにできるのは、ある意味素質か才能なのかもしれない。

 しばらくすると、家の中からぱたぱたと足音が聞こえてきた。同時に「はいはい、今行くよ!」と声が聞こえてくる。そしてがらりと戸が開いた。

「やぁ、みんな、おはよう。……なんだかちょうどよかったみたいだね。どうぞ、あがって。」学さんは一緒にやってきた僕ら三人を見て、微笑ましそうに笑った。


「お邪魔します。」僕ら三人はそれぞれ挨拶をして、学さんの家に上がった。

 いつものようにリビングに通してもらうと、まずは座ってお茶を飲んでいる理央さまが目に入る。

「あ、おはようございます、理央さま。」僕が頭を下げて挨拶をすると、続いて千絵美さんが挨拶をした。

「おはようございます!」千絵美さんは体の前に手を添えて、お淑やかにお辞儀をした。

「おはようございます!あ、えっと初めまして?文人です。僕は千絵美の兄で……えっと、とにかく!お会いできて光栄です!」文人さんはものすごく興奮しているようだ。そういえば、文人さんだけが実際の理央さまには会っていなかったのか。


「みんな~いらっしゃ~い。」台所の方から女の人の声が聞こえてくる。振り向くと、質素だけど上品ないでたちの女の人が立っていた。

「おはよう~。初めまして。瀬尾教子です。学さんの妻です。」シンプルなカーディガンにロングスカート、長い髪をお団子にまとめ上げたスタイルの女の人。

「今日はお仕事お休みなのよね。それになんだか大変なことになっているじゃない?管理人の妻として、理央さまのことはしっかり預かっておきますからね。こっちのことは任せておいて?」柔らかくて素朴な口調だけど、しっかりとした芯のある話し方をする人。なんだかとても頼もしく思える。


「そうだね。僕が響歌さんと対峙している間に理央さまを隠しきることは難しい。だから今日は彼女の力を借りて、家の中で理央さまと一緒にいてもらうことにしたんだ。」学さんは教子さんの肩に手を回しながら説明する。その仲睦まじい様子に、見ている側が少し照れそうになってしまう。

「そうなんですね!本日はよろしくお願いいたします。僕たちも学さんに協力して、上手くことを収められるように頑張りたいと思います。」やっぱり一番に対応したのは文人さんだ。普段のふわふわとした感じとは打って変わって、こういう時の理路整然とした対応は、なんというか、僕も見習いたいなと思うものがある。


「今日はこのメンバーで協力することになる。僕の方からもよろしく頼むよ。本来であれば、管理人と村の体勢でどうにかすべきだったのだろうが、いかんせん今回のような事例は初めてだ。この件が無事に解決しても、今後また同じようなことはあるかもしれない。その時のための知見にしたいとも思っている。」学さんもまた、いつもよりも数段引き締まった口調で思いを語った。

 時間をみればかれこれ三十分くらいたっている。綾坂さんはいつごろくるのだろうか。今はまだ早い時間であるとはいえ、綾坂さんが本格的に山の探索を始めるつもりなら、もうそろそろやってきてもいいはずだ。そう思っていると、少し遠くの方からがやがやと人の話し声が聞こえてきた。

「来たかもしれない。ここからが本番だよ。気を引き締めていこうね。」学さんがみんなに対して呼びかける。


「はい、探索隊の人員がどのくらいいるかはわかりませんが、ここは比較的小さな山です。それに、まだ一大学の研究レベル、そこまでお金をかけられるわけでもないでしょうし、探索初日であればまずは学さんとの交渉と実地検分で最小限の人員でやってくるはずです。」続いて文人さんが冷静に分析と推測を重ねる。

「理央さま、今日はしばらく私のお相手をしてくださいね?」そう言って理央さまの注意を引いているのは教子さんだ。

「朝陽くん。」千絵美さんが僕に目配せをする。僕は静かにうなずいた。

「おはようございます。管理人さまはいらっしゃいますか。」沈黙の中、綾坂響歌の声が響き渡る。

僕らはみんな緊張した面持ちで、玄関に向かう学さんを見届ける教子さんは理央さまの手を引いて、奥の部屋へと下がっていった。ここまで来たら、あとはやり遂げる以外にない。すでに各々の立ち位置は共有済みなのだから、あとはなるようになるだろう。


「はい、おります。本日はどのようなご用件でしょうか。」学さんの声が聞こえる。

 窓の外を見れば、来た時よりも雲が厚く、薄暗くなっている。もう少ししたら雨が降り出してしまうかもしれない。この件はいったいどれくらいで片がつくか、そもそも片がついてくれるのかすらわからないけれど、少なくとも教子さんを含めた僕たち五人は、同じ目的の下この場を乗り切ろうとしている。僕の長くはないけど短くもない人生の中で、初めての出来事には違いなかった。


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