第26話:雨上がりの兆しは雲間から(前編):千絵美
次の日、私たちはいつもより少し早く起きて、水戸上山へ行く準備をしていた。私はスマホのメッセージアプリを開いて、朝陽くんにメッセージを打とうとした。トーク画面には、昨日の夜に交わしたメッセージの履歴が残っている。
「今大変なことになってるって、お兄ちゃん(文人)に聞いたよ。」
「そうなんだ。やっぱり兄弟だったんだね。びっくりしたよ。」
「そうだよ~。私もお兄ちゃんが朝陽くんと知り合いだったなんて、初めて聞いたときはほんと驚いたよ……。あれ、てことは学さんも知ってるんだよね?」
「うん、学さん、世界は狭いですねってものすごい笑ってた。あんなに笑う人だと思ってなかったから、そっちの方が驚いたかも。」
「それは、確かに……。全然想像できないや。」
「それでさ、もう全部聞いたんだよね?千絵美さんは、どうするの?」
「うん、全部聞いたよ!私も明日お兄ちゃんと一緒に水戸上山に行く予定!」
「そうなんだ。まぁいったところで何ができるかわからないけどね。どうにか綾坂さんを説得できないかなって。」
「あぁ、なるほど。朝陽くんはまだ綾坂さんと話ができると思ってるんだね!うん、もしかしたらそういう道もあるかもね。そうしたらまだ引き返せるし。」
「うん。証拠を奪い返して警察に突き出すことは、まぁ選択肢としては妥当だし簡単なのかもしれないけどさ。それでもまだ諦めたくはないっていうか。」
「そうだよね……。うん、わかった。私もその方向で協力するよ!法的措置とか硬いほうは、お兄ちゃんと学さんに任せておいて、私たちは綾坂さんとの平和的解決を目指してみよっか!」
「うん、ありがとう。それじゃあ明日早いから。おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
履歴に残っているメッセージを見ていると、なんだか少しだけ楽しくなってきた。こういう気分になるのは少し不謹慎かもしれないけれど、作戦前の高揚感には抗えない。こんな風にワクワクするのはいつぶりかな。思えば、あの行方不明になっていた「裏山の神さま」の本を見つけた時から、不思議とずっと楽しい。
あの本が結局なんで行方不明になっていて、何で今更見つかったのかは結局わからなかった。あやにぃに聞いても知らないと言っていた。お父さんとお母さんかな?と思ったけど、あの二人はこんなファンタジーみたいなお話は読まないだろうし、何年も人のものを借りたままにして放置しておくタイプでもない。ビジネスマンだから貸し借りとか人との約束とか、そういうものにはやっぱり人一倍厳しかったりするし。
かといっておじさんとおばさんも違うだろう。一応聞いては見たものの、家に来た時でもものに触るときはいちいち許可を取るような律儀な二人だ。やっぱり貸し借りがあったとなれば把握していない方がおかしい。うーん、不思議だ。まぁ、解決しない不可思議が一個くらい存在していた方が、スパイスになるような気がする。うん。
昔から、ものが見つからなくなったときは妖精さんの仕業だと冗談を言い合っていいたことがあるけれど、こういう不思議なことがあると、もしかしたら一部はほんとなのかも、なんて信じたくなってしまう。まぁ、今から私たちが行く水戸上山には本物の龍がいるし、その「もしかしたら一部」に遭遇してしまっている以上、すべてをファンタジーだ想像だとは切り捨てられなくなってしまった。それはあやにぃもおんなじ心境なんじゃないだろうか。
私はもともと神秘やオカルト、ファンタジーと呼ばれるそういった存在や事象を、切り捨てることなく受け入れてきた方だけど、実際に出会ってしまうとやっぱり違う。安易に人には話せなくなるし、今後そういったものの扱いは慎重にしなければいけないと思ってしまう。娯楽としては楽しめなくなってしまった、と言うべきだろうか。それは少しだけ寂しいと思う感覚もある。だけど、失ったものの代わりに新しい繋がりを得たのも事実だし、一度離れていったと思っていたのに戻ってきたくれたものもある。
「おはよう!もう起きた?」私は朝陽くんにメッセージを送る。ついでにネコのマスコットキャラクターが窓を開けて「おはよう」と言っているスタンプを送る。
「おはよう。さっき起きた。」朝陽くんからは返信とともに眠い目をこすっているウサギのスタンプが送られてきた。
「まだ早いかな、と思ってたけど安心しちゃった!もしかして起こしちゃった?」
「全然。なんか興奮してむしろ早めに目覚めちゃった。」
「わかる~、私も!なんかどきどきしちゃってさ。でも電車の時間があるから準備しちゃわなきゃ。また後でね!」
「うん。」グッドポーズのウサギのスタンプが送られてきたのを見届けて、私はいったんアプリを閉じた。
下の階に降りるとあやにぃが朝ごはんを作ってくれていた。
「おはよう、あやにぃ。今日は私より早いんだね。」
「そうなんだ、やっぱり少し興奮してしまってね。」あやにぃはうきうきとした様子で目玉焼きを作っている。こういう時のあやにぃは少しちょっとだけ頼もしい。まぁ底知れない感じが際立つけれど。
「私も。あやにぃは、綾坂さんが盗撮、脅迫をしたっていう証拠を押さえるんだよね?」
「うん。学さんの話だと、村の駐在さんは代々この村の出身か、縁故のものに限られているらしくて、多少雑でも便宜を図ってくれる可能性が高いらしい。ほんとはそういうのダメなんだけどね。表ざたにならない範囲では、比較的目をつむってくれることもあるそうだよ。当然、大きな声では言えないことってわけだ。でも皆瀬村には、そうまでしてでも守らないといけない秘密がある。」あやにぃは少し仰々しい口調で強調した。そういう裏の事情というのもあるところにはあるのだろう。
「うん、ほんと新事実ばっかりでびっくりしちゃった。」
「そうだね。このカードはそうそうきられることはないんだそうだ。まぁ、当然だよね。それだけ今回の事例は胃の痛い大事だってわけさ。」
「なんか、すごいよね。あの後すぐ村長さんにも事情を話して対応してもらうようにしたんでしょう?」
「うん。学さんの動きは本当に迅速だった。もっと早く対策を講じるべきだったって悔しがってたけど、綾坂響歌がこのスピードで動くだなんて誰も予想してなかったんだから、僕は正直仕方がないと思ってたよ。」
「実際、学さんは管理人になってまだ年数が浅いし?」これは昨日聞いた話だ。若いとは思っていたけれど一回り程度しか違わないとは。
「そう、それもある。村長との連携は引退した前管理人である父親がやったって言ってたな。そういうツテがあるなら早く教えてくれよってぼやいてた。」あやにぃは愉快そうに笑った。
「学さんもお父さんとそんな感じのやり取りをするんだね。」私も、どこかそのやり取りを微笑ましいように思う。
「とにかく、僕たちがすることは綾坂響歌の足止めと交渉、そして盗撮・恐喝の証拠を手に入れること。村長が出てくるのはもっと後だ。うかつにことを荒立てたくはないらしい。」
「でも、控えていてはくれるんだよね?」
「もちろん。」そういうとあやにぃは朝食をテーブルに並べ始めた。
「さぁ、早く食べて山へ向かおう。」
「うん!」
そうして私たちは急いで朝食をとることにした。なんというか本当に目まぐるしい。知らなかった情報がどんどん出てくるし、これから対峙しないといけないものを思うと少しだけ不安になってくる。
それでも私たちはあの山の秘密を表に出すわけにはいかないのだ。まぁ、協力者が意外と多いのには驚いたけど、今までは表立った脅威がなかったから気が緩んでいたのだろう。それが科学の進歩によって、ただの見間違いや、ただの偶然、ただの気のせい、そういう感覚の誤反応では済まされなくなってきた。この件が終わったら、きっと皆瀬山と理央さまの管理体制にも何か変化があるのかもしれない。私は朝食をひとしきり食べ終わると、来るべき時に備えて一つ大きく深呼吸をした。




