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裏山の神さま  作者: Nova
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第23話:雨は未だ止むことを知らず(前編):朝陽

 どうしよう。どうしよう、と一度思い始めると止まらなくなってしまった。きっと何か発言した方がいい。そう思うのに、いつの間にか綾坂さんの論調に飲まれてしまっている。

 綾坂さんは理央さまの存在に関して、決定的な物証を持っていると言う。物証といえば、僕も理央さまの鱗を一片持っている。綾坂さんが言うにはそのような物質的なものは、これまでにもいくつか見つかっていたらしい。


 正直、それに関してはあまり驚いていなかった理央さまは僕の家の玄関に鱗を置いて行ったし、そんな感じで他にも理央さまから鱗やなんかを、受け取った人がいても別におかしくはないと思う。ただそれが単に、一度も取り沙汰されなかっただけで、龍の存在を知っている人や信じている人は、僕が思っているよりもずっと多いのかもしれない。

 おじいちゃんやおばあちゃんといった年代の人たちが、今でも可能な限り裏山の社に通い、代々管理人を置いて管理を怠らないようにしているのは、少なからず真実を知っている人たちの影響によるものかもしれない。どうしよう、ものすごく居心地が悪い。


 綾坂さんの口調は断罪的だ。こちらの事情や隠されている理由なんかは関係ないとでも言いたいみたいに突き詰めてくる。解き明かそうとする執念や情熱のような感情を抱けるのは、少し羨ましくもあるけれど。それでも今は、彼女が僕たちと相対するような立ち位置であることははっきりしている。

 学さんが少し前に、困ったことになったと言っていた理由が分かってしまった。立つ位置が違うだけで、龍神という対象に対する扱い方がこんなにも違うとは。あの時階段で綾坂さんとすれ違った時には、まさかこんな展開になるだなんて少しも予想ができなかった。


「あの、その本、少し借りてもいいですか?もう少し見てみたくて。」僕は文人さんに声をかける。

「あ、うん。どうぞ!」文人さんはぼんやりとしていたのか、ハッとしたように返事を返す。

「ありがとうございます。」僕は、文人さんの本を手に取って自分の方へと持ってくる。

 表紙を見ても、何の変哲もない普通の本に見える。さっき文人さんと綾坂さんがエッセイ集だと言っていた。エッセイ集らしい簡素な表紙だと思う。気になるのは白い花の絵が描いてあることくらい。これはきっと。


「白いツツジ。」思わずつぶやいてしまった。

「ん?何かあった?」文人さんが尋ねてくる。

「あ、いや。龍神の社の周りは白いツツジが植えられているから、それでなのかと思って。」

「あぁ、そういえばたくさん植えられていたよね。あそこ。」

「はい、学さん曰く、龍神の好きな花だからだそうです。代々の管理人によって手入れされているんだとか。」

「そういうことだったんだ。」

「はい、だから表紙にこの花のチョイスは、確実に、わかっている人の選択です。」

「なるほど。」


「だからもしかすれば、学さんが一度会ったことのある人、ってこともあるかもしれません。あ、でも出版されたのは少なくとも十年前?それなら違うか。通っている人も別に少なくはないし。でも外部の人間なら印象には残る、かも?」

「うーん。でも学さんって結構若かったよね?」

「はい、僕が小学生の時は瀬尾のおじさん……、あ、学さんのお父さんが管理人をしていて、学さんはまだ学生だったはずなので。でも一回りくらい、かな。」

「あれ、思った以上に若いかもね。」

「そうですね。代替わりしたのも最近だって言ってました。」

「あれ、そうすると。」

「はい、この人に会ったことのある管理人、学さんじゃなくて学さんのお父さんの方なら、もしかしたら。」


 僕は本をひっくり返して裏表紙を見る。文人さんはまた何事かを考え込んでしまったようだ。裏表紙は簡単なあらすじ。とある山の奥で神さまに出会った。そんな感じのことが書かれてある。

「でもこれ、中に村や山の名前が書かれているわけじゃないですよね?」僕は2人に向かって投げかける。

「はい、そうですね。場所を特定できるような明確な記述は避けられています。ですが、その手のマニアや研究者、近しい人たちならわかる程度の情報はあります。実際、皆瀬村の龍神伝説は非常に特徴的ですし、調べ方を知っている人間なら、たどり着くことは可能かと。ただ、この本自体がマイナーな書籍ですし、ネット上でも激しく話題になっているようなことはありませんでした。まさしく知る人ぞ知る、という伝承ですね。」綾坂さんが答える。


「うん。それなりに長く図書館に務めている僕でも、この話題を持ち出す人はかなり少ない印象だよ。直近に二人もいることが驚きってぐらいにはね。」直近の二人は僕と綾坂さんのことだろう。文人さんなりのジョークみたいだ。やっと少し気持ちが落ち着いてきた。

「ほんと、なんというか、不思議な状況ですね。」僕は思わずため息をつく。

「あなたは協力的なのか、非協力的なのか分かりませんね。」

「綾坂さん次第、というほかありません。僕は、すでに約束をしてしまったので。」

「立場の違いというやつですか。理解はできました。ですが私はやはり研究者として、真実を解き明かさなければならないと思っています。学さんとあなた方には、ぜひ協力していただけたらと思いましたが、致し方ありませんね。」綾坂さんは紅茶を一口飲む。


「ですから、こちらはこちらのやり方で、目的を達成させていただきます。」ひときわ強い口調で綾坂さんが宣言する。僕は思わず身構えた。

「それが、カメラというわけですか。」文人さんの声も、少しこわばっているような気がする。

「はい、その通りです。管理人の瀬尾学には申し訳ありませんが、こちらも譲れない状況ですから。社の周囲に小型のカメラをいくつか設置させていただきました。」綾坂さんは何でもないことのように告げる。

「えっと、それはさすがに、倫理観というか……、犯罪まがい、というか。」文人さんも少し狼狽えている。いや、引いている。

「そこまでする必要があったんですか?」僕は尋ねる。

「ええ。私にとっては。ですが、ここまでしたかいがありました。」綾坂さんはにやりと笑う。僕は思わず唾をのみ込んだ。


「本当はすぐにでも瀬尾学に見ていただく予定だったのですが、まずはあなた方に見ていただくとしましょう。」そう言って綾坂さんは持っていたカバンの中からノートPCを取り出した。

「こちらに、今回私が撮影に成功したカメラの映像が保存されております。ぜひ、その目で確認していただきたく。」少し芝居がかったようなしゃべり方だ。それなのにすごく慣れているかのように聞こえる。

 綾坂さんはノートPCを操作して一本の動画を画面上に出す。音量を少し調節したあと、ビデオアプリの再生ボタンを押した。

 映像に映っているのは学さんの家、少し遠くから外に面した窓のところを映している。しばらくすると何か大きな影が画面内に現れる。


「あれ、これ、なに……?」文人さんの呟きを聞くより先に、僕はこれが何を映しているのかわかってしまった。

 次第に大きくなる影が地面に降り立ち、学さんの家の窓の前に降り立つ。巨大な龍の姿が画面いっぱいに捉えられ、強風にあおられたカメラがわずかに傾いた。

「あっ……。」思わず声が漏れる。

 しっかり全身が映し出され、誰が見ても龍であると認識できるほどはっきりとそれが映し出された。

「えっ⁉なにこれ⁉え⁉」文人さんが驚いたような声を上げる。

「えっ⁉これが龍⁉」

「そうです。すごいでしょう?私も可能なことなら生で見たかったのですが、なかなか目の前には現れてくださらないので。」綾坂さんが続ける。


「これを学会に提出しようと思っています。」

「え?」僕と文人さんがほぼ同時に声を出す。

「これを学会に提出すれば、さすがに龍の存在と研究の有用性を認めていただけると思うんです。」

「そうかもしれないですけど……。」文人さんは未だに半信半疑な顔をしている。

「これが何か技術的な編集じゃない保証は?」

「確かに、それを言われると痛いですね。生のデータは提出できますが。それすら信じられないと言う人の気持ちも理解はできます。」


「なら。」

「ですから、やはり生身との接触は避けられません。これだけの巨躯ですし、実態もあるのですから、探せばいつかは見つかるでしょう。」

「しらみつぶしに探す気ですか?」

「ええ。それはもちろん、向こうから出てきてくれると早いのですが、そこまでは望めなさそうですので。捜索隊を組んで探しに行く予定です。幸い、あの山はそう大きな山ではありませんし、一週間もあれば探索しきるのは容易だとのことですので。」


「それは、いつ?」文人さんがそう聞くと、綾坂さんはにこりと笑って言った。

「明日から、です。」びっくりするほどきれいな顔で。

「ではそういうことなので、私はもう帰らせていただきます。これからやらないといけない準備が山積みなので。ではさようなら。」綾坂さんはトレーを持って立ち上がり、お辞儀をして帰っていった。いつの間にかノートPCもしまわれている。


 唖然とする僕たちを残して綾坂さんはあっさりと店をでていった。あとに残された僕と文人さんは、しばらくの間沈黙していた。文人さんの心情がどうかはわからないけれど、僕はなんと言葉を発するべきか探しあぐねている。ひとまず、学さんには早いうちに伝えておくべきだろう。

 窓の外はまだ強く雨が降り続いている。綾坂さんはこの中を帰っていったのか。そこまでして?わかるようでわからない。とにもかくにも、あまりにも大きくことが動き過ぎている。どうにかしないと、取り返しのつかないことになりそうだ。僕はグラスを持ち上げ、もうすでにほとんど水の味しかしないオレンジジュースを、ぐっと一息で飲み切った。


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