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裏山の神さま  作者: Nova
16/21

第15話:雨に記憶が芽吹くとき(中編):千絵美

 リビングの窓の外では雨が降り続いている。今日はゆっくりしようと思って、私はカフェラテを作ることにした。粉が入ったスティックの封を切ってカップに入れて、キッチンで事前に沸かしておいたお湯を注ぐ。今日はあやにぃがいないから、珍しく家に一人になった。


 普段はお互い、大学に行ってる私と仕事に行ってるあやにぃだから、家にはいないのがほとんど。でもたまに一緒になる日は、それぞれ好きな飲み物とお菓子を出して、このリビングで本を読んでいたりする。

 仲がいい兄弟?って言われたらそうなのかも。他の兄弟のことは知らないけどね。よく言われることだから、きっとそうなんだと私も思う。


 粉だまりができないように、カップの中身をスプーンでかき混ぜる。ぐるぐるぐる。雨音はむしろ心地よく、シンと静まり返った部屋の中へと満ちていく。空気は少し冷えるけれど、湯気の立つカフェラテがむしろ美味しそうに見えるのはいいことだ。


 ふう、と一息ついた後でカップをテーブルにおき、今日は何の本を読もうかとリビング脇の棚を漁る。私とあやにぃの部屋に一つずつ、それなりの大きさの本棚があるけれど、リビングにも一つ共用の本棚がある。この本棚には、お互いのおすすめを入れておくことになっている。気が向いたら読んで、たまに中身を入れ替える。


 あ、この本、この前面白いって言ってたやつ。私とあやにぃの好みは全く違う。私は日本の作家、特にエッセイや恋愛ものを好んで読み、あやにぃは海外の作家、特にミステリやSFを好んで読む。そんなだからリビングの本棚はジャンルが入り乱れてカオスになる。


 でもそんなだからこそ、時々自分が絶対買わないような良作に出会うこともある。何というか、簡易的な図書館のようだと思えなくもない。

 中学や高校の時は、友達とお互いの本棚の中から本を貸しあって、感想を言い合ったりしていた。私もその子から別ジャンルの本を借りるのを楽しんでいたし、その子も私のことを「ちえちゃん図書館」だと言って楽しんでいた。


 今目の前にあるリビングの共用本棚も、私とあやにぃどちらの提案かなんて覚えてないけど、私は十分楽しんでいる。たまにあやにぃが私の入れた本を読んでいるのを見ると、してやったりという気分になる。嬉しいという気持ちもあるけれど、私の好きな本の中からあやにぃの好きそうなのを見繕って置いているため、獲物がかかった時の感覚に近いのかもしれない。


 そんな感じで背表紙に指を滑らせながら本を探していると、ふとある本に気がついた。

「あれ、この本。」

 思わず声が出る。この本は、しばらくどこに行ったか分からなくなっていたお気に入りの本。お気に入りなのに行方知れずになるなんて、としばらく立ち直れなかった本なのだが。

「なんでここに?」


 もしかしたらあやにぃが見つけて置いておいてくれたのかも知れない。にしても今の今まで出てこなかったものに、急に再会できるなんて。

 私は何かの予感がしてその本を手に取った。懐かしい表紙、恋しかったストーリー、疎遠だった旧友に再会したようなそんな気持ちに満たされる。


 パラパラと紙をめくっていると、本の中程に何かが挟まっていることに気づいた。

「栞?」

 それは私のではない栞。白いツツジの花弁を押し花にして、ラミネート加工をした大きめの栞。ピンクの細いリボンが付いている。

「誰が挟んだのかな。」もう一度表紙を見る。タイトルは「裏山の神さま」。

「裏山……の?あっ。これ。茉莉ちゃんに貸してたやつ!」茉莉ちゃんこと、山岸茉莉花は中学の時に本の貸し合いをしてた友達、いや親友と呼べるほど仲の良かった女の子。


 どうして今になって?うーん、不思議だ。ずっと返してもらえてなかった訳でもなく、単に高校に入ってから今の今まで行方不明になっていたこの本が、急に目の前に現れた。あやにぃが持ってたのかな?そんなに長い期間?ありえない。だって司書だもんね。


 内容を忘れたことはないけれど、確かめるように読んでみる。民族学者の父を持つ作者の、ちょっとした不思議を集めたエッセイ集。その中に、タイトルに書いてある「裏山の神さま」の話が、一番多いページ数で掲載されていた。あれ、この話、もしかして。


「茉莉ちゃんと行ったあの山の話なの?」

 一人しかいないのに声が出てしまう。そうだった。今思い出した。あの皆瀬村の山に遊びに行った経緯。それはまさしく聖地巡礼。

 私たちにとってこの本に出てくる龍神さまは、家の中を走り回る小さいおじさんや、物を見えなくしてしまう妖精さんぐらいの認識だった。茉莉ちゃんに、本に書かれている山が近くにあるから、試しに行ってみようと誘われて。


 そこまで考えてゾッとした。思わず鳥肌が立ってしまった。つまり、この本の内容は事実だったのだ。

「なんてこと。」私はあの時、龍に会ってしまったわけだ。

「ほんとなの?」でもまだ気が早いよね。

「確かめに行かなきゃ。」


 私は栞を本に挟み直し、そのまま本を腕に抱えながらスマートフォンでカレンダーを確認した。今日は日曜日、明日から平日だけど水曜日の講義は午前中しかない。シフトを確認すると、ちょうどその日は休みだった。珍しい。それなら行くっきゃない。こんなに都合よく行くこともそうそうないしね。


 さらにチャットアプリから茉莉ちゃんのチャットを呼び出してメッセージを打つ。高校からは別になって、しばらくは疎遠になっていた私たちだけど、実は先日ふらっと立ち寄った本屋でバッタリ再会したのだ。

 聞いたら、高校で都会の方に引っ越していたけど、大学からはこっちに戻ってきたのだとか。しかも学部は違うけど同じ大学に所属していた。これは奇跡。そんなこんなで久しぶりにお茶をしながら近況を話し合って、連絡先を交換していた。


 しばらくぶりなのに、まるでずっと一緒にいたかのように楽しい時間。本当に居心地がいい。今はもう、比較的いつでも会えるようになったけれど、それでもなんとはなしにメッセージを飛ばし合う関係だった。

 チャット欄で「聞きたいことあるんだけど、今時間ある?」とメッセージを送る。すぐに既読がつき、「お、どした?電話する?」と返事が来る。さすが即レスの茉莉花。「する」と一言だけ送って通話ボタンを押す。


「はい〜、お疲れっす。」茉莉花は三コール以内に通話に出た。

「あ、ねぇ茉莉ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだよ〜。」

「ほう。」

「実はね、ずっと行方不明になってた本が出てきたんだけどね。」

 私は「裏山の神さま」の本と、白いツツジの栞のことを茉莉ちゃんに話す。


「あ〜、懐かしいね!あの本、私も好きだったわ。なんていうの、ノスタルジック?すごいほっこりするっていうか、ほんとどこかにこんな世界があったらなっていう感じの。あの本、エッセイだったんだ。」

「そうなのよ〜。それでさ、その栞、心当たりある?」

「えっ、それは私が千絵ちゃんにあげたやつじゃん。忘れちゃったの?」あれ、そうだっけ?茉莉ちゃんは笑いながら言葉を続ける。


「ほら、皆瀬村の山行った時にさ、急に突風が吹いてきたじゃん。あの時にさ、降ってきたんだよ、上から、白いツツジの花が。ほんっと不思議だったよね!だから私、特に綺麗なのをいくつか拾って、2人でお揃いの栞を作ったんだよ〜。それでさ、その時借りてたその本に、挟んで返したってわけ。あれ、言ってなかったっけ?」言ってたような気がする。


「そうかも、なんでかな、今の今まで忘れてたの。」

 それから私たちは本当にたわいのない話をした。久しぶりに再会した時とは違う、近況報告ではないむかし話。

「あ〜楽しかった!また今度話そうよ、読書会みたいなの開いてさ。」心底楽しそうに茉莉ちゃんが言う。

「そうだね!そうしよう!また連絡するね!」と言って通話を切った。


 なんやかんや二時間も話し込んでいたらしいことに、時計を見て気づいた。そろそろあやにぃが帰ってくるな。まぁ読書はいつでもできるわけだし、今日はいろいろとあったので良しとしよう。そうして私は、持っていた本をテーブルに置いて、立ち上がり、伸びをする。

 窓の外は雨上がりの夕焼けでオレンジに染まり、今日一日を鮮やかに締めくくろうとしている。訳もなく緩む頬に気付いた私は、軽く部屋を片付けながらあやにぃの帰りを待つことにした。


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