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裏山の神さま  作者: Nova
13/16

第12話:その暗雲は予兆に過ぎず(前編):響歌・文人

 *響歌*


 スマートフォンを取り出して、いつもの連絡先へとコールする。一、二、三。

「もしもし、教授、綾坂です。」きっかり3コール。物事は簡潔に、そして迅速に。

「綾坂さん、そちらの進捗はどうですか。」進捗とは、例の龍神調査の件。

「もちろん、進展のご報告があり、連絡いたしました。」

「おお、それはそれは。ぜひ聞かせてくれ。」


「まず、水瀬村近隣の村人から提供された黒い鱗の解析結果を受け取りました。これは資料としてまとめておくので、研究室に戻ってから改めて詳細をご説明いたします。簡潔に申しますと、あれは生物の一部で間違いないそうです。トカゲやヘビなどの爬虫類生物によく似ているそうなのですが、いかんせん大きさが大きさですから、担当者の方も首を傾げておりました。」

「というと、やはり。」


「未確認巨大生物の一部である説がより濃厚になりました。さらに浮遊する謎の影の目撃証言の詳細な聞き取りを進め、ある山を中心に証言が集まっていることに気がつきました。やはり、あの山には何かあるのではないかと睨んでいます。」


「ふむ、非常に興味深い……!原生生物であるにしろ、外来生物であるにしろ、大きさ、生態、そのどれをとっても偉大な新発見になるでしょうね。」

 教授はやや興奮しているように聞こえる。だがそれは私だって同じこと。好奇心、いやそれ以上に、この神秘的で重大な発見を手放したくないと心が騒ぐ。仮に、もしこれが世に明かされた時、世界はどれほど驚くのだろう。明かしたい……!今すぐにでも。そうすれば私は、あの両親を超えられる。


「では、」

「だがもう少し確証が必要だ。例えば、影を映した決定的な映像なんかがあると望ましいのですが。」

「それは、一理ありますね。承知しました。何か策を考えます。」

「あぁ、そうしてください。事は早いほうがいいですから。」

「はい、では今日はひとまず帰りますので、明日研究室で。」そう言って私は通話を終えた。

 どうしたものか。あの山には何かいる。それがどんなものかまでは分からないが、ほぼ確実に何かはいる。それは、あの管理人の振る舞いを見ていれば明らかだ。


 詳しい事までは聞き取れなかったが、「理央さま」と、あの小柄な人をそう呼んでいた。その名前は、鱗と共に見つかった希少な文献に書かれていた名前だ。当然、公の文献にはその名は記されていない。という事は、あの管理人は確実に何かを知っている。であるならば、この山を張っていれば何かが得られる可能性は高い。その前に、倉内文人に話を聞くべきか。と、私は一通り思案する。


 倉内文人は、資料を探しに行った先の、市の図書館で会った司書だ。龍神伝説に興味があるらしい彼は、話を振ればペラペラと勝手に喋ってくれた。昨日カフェで会った時も、龍神伝説そのものや龍の鱗に対する強い興味を見せていたし、その上で管理人の家に訪れることも、彼が自ら口にしたことだ。まさか今日だとは思わなかったけれど、タイミングが良かったと言える。次に会った時には、倉内文人から管理人が何を話していたのか聞き出さないと。


 日付を確認する。次に会うのは1週間後か。それまでに、いろいろと準備を整えておく方がいいだろう。まずは記録用のカメラを見繕って、それからプレゼン資料の準備もしておかなくちゃ。隠しカメラを施しておいて、決定的な瞬間を撮れはしないだろうか。あの管理人が協力してくれればいいけれど、それは望み薄だと思っていいだろう。


 はぁとため息をつきつつも、久々に胸が躍っていた。いつぶりだろう。誕生日やクリスマスにプレゼントをもらうよりもずっと嬉しい。まぁ、うちの両親はそのどちらもくれなかったけれど。

 私の両親は共に名の知れた学者、研究者で、数多くの重要な論文を記述した。彼らは決して優秀であれとは言わなかったけれど、どこへ行っても両親の功績がついて回る。当然のように優秀であるだろうと思われる。あるいは好奇の目にさらされる。それが昔から、私にとっては堪らないプレッシャーになっていた。早く名をあげて1人前だと知らしめたい。そのためにも、私には龍神の隠された真実が必要だった。


 とはいえ、このままでは証拠が足りない。龍が確実にいる証拠を、私は提示しなくては。確証のない話をしても、実在する龍だなんて、突拍子もなさ過ぎて笑われてしまうだろう。研究者たるもの、少なくとも確からしいと思える根拠を用意しなくてはそもそも名折れというものだろう。


 そうこうしているうちにあたりは何も見えないほど暗くなってしまった。遠くから、何か叫び声のような音が聞こえる。少し背筋が凍ったが、場所が場所だから動物か何かだろう。腕時計を見る。電車にはまだ間に合うはずだ。次の電車で帰って、すぐにでも資料を作り始めなければ。今夜は徹夜になるかも知れないが、それでも構わない。今の私の状況が、やはり好機であることには変わりないのだから。




 *文人*


 管理人宅を後にしてから、しばらくは朝陽くんと一緒に歩いていた。太陽はもうほとんど沈みかけていて、あたりは薄暗くなっていた。

 僕は管理人の学さんから聞いた話を頭の中で思い返しながら、龍神伝説について考え続ける。彼が話してくれた伝承は、図書館に保管されている資料よりもさらに詳しく、村人たちの生活に根ざした信仰とも取れるような内容だった。

 記録にも残るほどの歴史的な大雨と、村にもたらされた水源の謎。当時の村人たちには理解の及ばない事象を、龍のおかげとするのは分からない話でもない。ただなぜ龍なのか。ただ天から舞い降りた神ではなく、外つ国から訪れた龍と表現した謎がまだこの伝承には残されている。


「朝陽くんはどう思う?」

「え?」

「管理人の、学さんの話。少し不思議じゃなかったかな。」

「そう、ですか?僕は昔から聞いてるので特になんとも思わなかったですけど。」

 なんとなく、朝陽くんの目が泳いでいるのが気になった。そういえば管理人の学さん、話し始める前に妙な沈黙があったような。話を整理するためとも考えられるけれど、いつも話しているならそんなに考えることでもないのでは?むしろ、話す内容を考える必要があったのか。


「逆にさ、学さんが話さなかった話とか、知らない?」

「いやぁ、知らないと思います。やっぱり1番詳しいのは学さんなので。」

 間髪入れずに否定された。僕の疑惑が少し強まる。うーん。考えすぎかな。もしかしたら、2人が何かを隠しているかもなんて。隠しているとしたら一体何をだろう。公にできない内容、例えば、実在する龍の話とか。


「朝陽くんはさ、龍の鱗、見たことある?」

「え?」

「黒い綺麗な鱗だそうだよ。近くの村から見つかったんだって。」

「そんなことが。」

「うん、朝陽くんも、見てみたくない?」

「え?」


 この反応は、どちらだろう。いつの間にか心理戦を仕掛けてしまっていた。彼には申し訳ないと思いつつも、隠された真実が目の前にあるとして、それを見逃すことができるだろうか。

「詳しいことを知ってる人がいるんだ。もしかしたら、彼女が龍の鱗を見せてくれるかも。今度会った時に聞いてみるつもりなんだけど、君も会ってみない?」

 彼は、少し考え込んでいるようだった。何を迷っているのだろう?こんなに興味深いものが目の前にあって、スルーすることは出来ないはずだと思うのに。


「分かりました。会ってみます。」ようやく決心したかのような返答だった。

「いつですか?」

「うーん、約束できるわけではないんだけど、1週間後、次の土曜日になるかな。」

「分かりました。」

「場所は図書館近くのカフェ・コンツェルト。昼頃にいつも会ってるんだ。」

「じゃあ、そこに行きます。」

「うん、待ち合わせしよう。ひとまずまた連絡するよ。」僕は内心の興奮を押し殺しながら微笑んだ。

「それじゃあね。」僕は朝陽くんに手を振って、その場を後にした。


 帰るために駅へと向かう。朝陽くんは、少しぎこちなく笑いながらも手を振りかえしてくれた。怖がられてしまっただろうか。もしそうであれば少し悲しいかもしれない。でも、きっと真実を前にすれば、この程度の恐怖はささやかなものだと思えるはずだ。

 僕はスキップをしながら駅へと向かう。誰にもみられていないはずだと思いつつも、ほんの少しの背徳感を抱いて。綾坂さんと再び会う日が待ち遠しい。早く僕の仮説を、彼女に聞いてほしかった。あの小さな山に、龍がいる可能性を。


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