オープニング
(薄暗いスタジオに、荘厳な音楽が静かに流れ始める。古代の書斎を思わせるセットには、羊皮紙を模した壁面装飾、古代ヘブライ文字やギリシャ文字のモチーフ、燭台風の照明が配置されている。コの字型のテーブルには、まだ誰も座っていない。背景中央には「歴史バトルロワイヤル」のロゴが浮かび上がっている)
(中央のスポットライトが灯り、古代ローマ風の白いストラに金のアクセサリーを身につけた若い女性が姿を現す。手には淡い光を放つタブレット「クロノス」を携えている)
あすか:「皆さん、ようこそ——歴史バトルロワイヤルへ」
(穏やかに微笑み、一礼する)
あすか:「私は物語の声を聞く案内人、あすかです。今宵もまた、時空を超えた知の饗宴をお届けいたします」
(クロノスの画面に触れると、スタジオの照明が微かに揺らぐ)
あすか:「さて、今夜のテーマは——」
(一拍置いて、静かに、しかし力を込めて)
あすか:「聖書」
(背景に古い聖書の映像が浮かび上がる)
あすか:「世界で最も読まれた書物。最も多くの言語に翻訳された書物。そして、最も多くの議論を巻き起こしてきた書物」
(スタジオをゆっくりと歩きながら)
あすか:「旧約聖書39巻、新約聖書27巻、合わせて66巻。約1500年の歳月をかけ、40人以上の著者によって書かれたとされています。今日、キリスト教徒は世界に約24億人。彼らにとって聖書は、信仰の揺るぎない基盤です」
(立ち止まり、カメラに向かって)
あすか:「しかし、問いがあります。聖書は本当に『神の言葉』なのでしょうか? それとも、人間が紡いだ『創作』なのでしょうか?」
(クロノスを掲げる)
あすか:「2000年にわたり繰り返されてきたこの問いに、今夜、4人の知の巨人たちが挑みます。神学、歴史、科学、そして理性——異なる時代、異なる視点を持つ4人が、聖書の『真実』を巡って激突します」
(スタジオ奥のスターゲートを示す)
あすか:「それでは、時の彼方から対談者の皆様をお迎えしましょう」
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(あすかがクロノスを操作すると、スタジオ奥のスターゲートが青白い光を放ち始める。古代の文字が円環状に浮かび上がり、回転を始める)
あすか:「最初のお客様は、16世紀のドイツから。宗教改革の嵐を巻き起こした神学者。『聖書のみ』を掲げ、教皇にも皇帝にも屈しなかった男。聖書をドイツ語に翻訳し、神の言葉を民衆に届けた——マルティン・ルター博士です!」
(スターゲートが眩く輝き、黒いローブを纏った壮年の男性が力強い足取りで登場する。手には使い込まれた聖書を持っている。鋭い眼光でスタジオを見渡す)
ルター:「ここが、時を超えた議論の場か」
(聖書を胸に当てながら)
ルター:「面白い。神の言葉の真実を語る機会を与えられたこと、感謝する」
あすか:「ようこそ、ルター博士。お席へどうぞ」
(ルターは堂々とした足取りで、肯定派の席に着く)
ルター:「して、私の論敵は誰かね? 教皇庁の者か? それとも、また別の異端者か?」
あすか:「(微笑んで)それは追々。まずは他の方々をお迎えしましょう」
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(再びスターゲートが輝き始める)
あすか:「続いてのお客様は、さらに時を遡り、1世紀のエルサレムから。ユダヤ戦争を生き延び、エルサレム神殿の崩壊を目撃した歴史家。『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代誌』の著者——フラウィウス・ヨセフスです!」
(スターゲートから、ローマ風のトーガを着た初老の男性が現れる。落ち着いた物腰で、周囲を観察するように見回す)
ヨセフス:「……これは、なんと奇妙な場所だ。しかし、不思議と懐かしさを感じる」
あすか:「ようこそ、ヨセフス。1世紀から2000年の時を超えてお越しいただきました」
ヨセフス:「2000年……。私が書き残した言葉は、まだ読まれているのだろうか」
あすか:「ええ、あなたの著作は今も歴史研究の重要な資料として読まれています」
ヨセフス:「(静かに頷いて)それは……書いた甲斐があったというものだ」
(ヨセフスが席に向かう途中、ルターと目が合う)
ルター:「あなたが、あのヨセフスか。『ユダヤ古代誌』は読んだことがある。イエス・キリストについての記述、あれは真実か?」
ヨセフス:「(少し困惑した表情で)……その問いには、複雑な事情がある。追って話そう」
(ヨセフスは肯定派の席に着く)
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(三度、スターゲートが輝く)
あすか:「3人目のお客様は、19世紀のイギリスから。ビーグル号で世界を巡り、ガラパゴス諸島で自然の真理を見出した博物学者。進化論で世界の見方を永遠に変えた——チャールズ・ダーウィン博士です!」
(スターゲートから、ヴィクトリア朝の紳士服を着た長い白髭の老紳士が現れる。穏やかな表情で、少し戸惑いながらも会釈する)
ダーウィン:「これは……なんとも不思議な体験ですね。夢を見ているのでしょうか」
あすか:「いいえ、ダーウィン博士。これは現実です。時を超えた対話の場へようこそ」
ダーウィン:「(周囲を見回して)時を超えた……。進化には何百万年もの時間が必要ですが、人間の知恵はこのようなことも可能にするのですね」
(ルターがダーウィンを見つめる)
ルター:「あなたが、進化論のダーウィンか」
ダーウィン:「(丁寧に一礼して)お会いできて光栄です、ルター博士。あなたの宗教改革については、深い敬意を持って学びました」
ルター:「敬意、か。しかし、あなたの理論は創世記と矛盾するのではないか?」
ダーウィン:「(穏やかに微笑んで)それについては、じっくりとお話しできればと思います」
(ダーウィンは否定派の席に着く)
ヨセフス:「(ダーウィンに向かって)進化論……。私の時代にはなかった考え方だ。興味深い」
ダーウィン:「ありがとうございます。自然を観察し続けた結果、たどり着いた考えです」
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(最後のスターゲートの輝き。今度は少し派手な光の演出)
あすか:「そして最後のお客様は、18世紀のフランスから。啓蒙思想の旗手にして、ヨーロッパ中の権力者を皮肉で震え上がらせた思想家。『カンディード』の著者にして、寛容の使徒——ヴォルテールです!」
(スターゲートから、フランス貴族風の華やかな衣装を身にまとった老人が現れる。皮肉げな微笑みを浮かべ、杖を軽く振りながら登場する)
ヴォルテール:「やれやれ、また呼び出されたか。今度は何の裁判かね?」
あすか:「(笑いながら)裁判ではありません。対話の場です」
ヴォルテール:「対話? (スタジオを見回して)ほう、なかなか趣味の良い舞台だ。で、私の相手は——」
(他の3人を見て、目を細める)
ヴォルテール:「これは驚いた。ルター博士ではないか! 宗教改革の英雄が、なぜこのような場所に?」
ルター:「(眉をひそめて)ヴォルテール……。あなたの著作は読んだ。神を冒涜する内容が多いと聞いている」
ヴォルテール:「冒涜? とんでもない。私は神を信じていますよ。ただ、神の名を騙る人間たちを信じていないだけです」
(ダーウィンが興味深そうに二人を見ている)
ダーウィン:「ヴォルテールさん、お会いできて光栄です。あなたの『寛容論』には深い感銘を受けました」
ヴォルテール:「おや、ダーウィン博士。進化論の創始者が私の読者とは。これは嬉しい。あなたの理論は、教会をずいぶん困らせたそうですね」
ダーウィン:「(困ったように)それは本意ではなかったのですが……」
ヴォルテール:「いやいや、褒めているのですよ」
(ヨセフスがヴォルテールを観察している)
ヨセフス:「あなたが、18世紀の啓蒙思想家か。私の著作についても、何か書いていると聞いたが」
ヴォルテール:「ああ、ヨセフス。あなたの『ユダヤ古代誌』は興味深く読みました。ただ、いくつか疑問がありましてね——」
あすか:「(穏やかに割って入って)ヴォルテールさん、まずはお席へどうぞ。議論はこれからたっぷりと」
ヴォルテール:「(肩をすくめて)せっかちな案内人だ。まあいい」
(ヴォルテールは否定派の席に着く)
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(4人が席に着き、あすかが中央に立つ)
あすか:「改めまして、4人の対談者の皆様、ようこそ歴史バトルロワイヤルへ。今夜のテーマは『聖書の信ぴょう性』——聖書は神の言葉なのか、人間の創作なのか、という問いです」
(クロノスを操作し、テーマを表示する)
あすか:「まずは皆様に、このテーマへの第一印象をお聞きしたいと思います。ルター博士、いかがでしょうか」
ルター:「(力強く)第一印象も何も、これは私が生涯をかけて取り組んできた問題だ」
(聖書を掲げる)
ルター:「聖書は神の言葉です。これは議論の余地がない。私はこの真実のために、破門され、追放され、命を狙われた。それでも一歩も引かなかった。なぜなら、ここに書かれていることは、神ご自身が人間に語りかけた言葉だからだ」
ヴォルテール:「(皮肉げに)命を懸けた、とおっしゃる。しかし、命を懸けたからといって、その信念が正しいとは限らないのでは? 異端審問官たちも、彼らなりの信念のために人を焼き殺しましたよ」
ルター:「(声を荒げて)私を異端審問官と一緒にするな! 私は人を殺すためではなく、人を救うために戦ったのだ!」
あすか:「(穏やかに)お二人とも、まだ第一印象の段階です。本格的な議論は後ほど」
ルター:「……失礼。つい熱くなった」
ヴォルテール:「いえいえ、その情熱は嫌いではありませんよ」
あすか:「では、ヨセフスさん。1世紀を生きた歴史家として、いかがでしょうか」
ヨセフス:「(思慮深く)私は、聖書に記された時代を生きた者です。エルサレムの神殿を見ました。祭司たちの儀式を見ました。そして……その神殿が炎に包まれるのも見ました」
(少し苦しげな表情を浮かべる)
ヨセフス:「聖書が語る歴史は、私にとって遠い昔話ではありません。それは私の祖先たちの記憶であり、私自身の人生の一部です。その意味で、聖書には確かに真実が含まれている。しかし——」
ルター:「しかし?」
ヨセフス:「歴史というものは、語る者によって姿を変えます。私自身、ユダヤ人でありながらローマに仕えた者として、そのことを痛いほど知っています。聖書もまた、書いた者たちの視点を反映しているはずです」
ヴォルテール:「なかなか冷静な見方だ。気に入りましたよ、ヨセフス」
あすか:「ありがとうございます。では、ダーウィン博士」
ダーウィン:「(穏やかに)私は若い頃、ケンブリッジで神学を学びました。聖職者になるつもりだったのです。聖書は、私にとっても大切な書物でした」
ルター:「でした、と過去形でおっしゃるのか」
ダーウィン:「……ええ。ビーグル号での航海で、私は自然というもう一つの書物を読むことを学びました。そして、その書物は……聖書とは異なる物語を語っていたのです」
(少し悲しげな表情で)
ダーウィン:「私は聖書を否定したいわけではありません。ただ、自然が語る事実と、聖書が語る物語の間に、埋めがたい溝があることに気づいてしまった。それだけのことです」
ヨセフス:「科学者の誠実さを感じます」
ダーウィン:「ありがとうございます。私は観察した事実のみを信じます。それが科学者としての務めですから」
あすか:「では最後に、ヴォルテールさん」
ヴォルテール:「(杖を軽く振りながら)聖書? 人間が書いた本ですよ。それ以上でも以下でもない」
ルター:「(憤然と)なんと冒涜的な——」
ヴォルテール:「まあまあ、最後まで聞いてください。人間が書いた本だからといって、価値がないとは言っていません。ホメロスの『イリアス』も人間が書いた。プラトンの対話篇も人間が書いた。しかし、それらは人類の宝ではありませんか」
(立ち上がり、歩きながら)
ヴォルテール:「問題は、聖書を『神の言葉』として絶対化し、それを根拠に人々を迫害することです。カラス事件を知っていますか? 無実のプロテスタントが、聖書の名のもとに処刑された。私はそのような狂信を憎むのです」
ルター:「狂信と信仰は違う」
ヴォルテール:「その通り。だからこそ、聖書を冷静に、批判的に読む必要があるのです。矛盾を認め、神話を神話として認め、その上で何が真に価値あるものかを見極める。それが理性というものです」
ダーウィン:「寛容の精神ですね」
ヴォルテール:「ええ。私は寛容を説きます。たとえ意見が異なっても、対話することを諦めない。今日のこの場も、そのような対話の場であってほしいものです」
あすか:「素晴らしい。まさにその通りです」
(あすかが4人を見渡す)
あすか:「神の言葉だと確信するルター博士。歴史の証人として真実と解釈の両面を見つめるヨセフス。科学者として事実を追求するダーウィン博士。そして、理性と寛容を説くヴォルテール。4つの視点が出揃いました」
(クロノスを掲げる)
あすか:「ここからは、具体的な論点に踏み込んでいきましょう。聖書はどのように生まれ、どのように伝えられてきたのか。歴史的な証拠は何を語るのか。科学と聖書は両立するのか。そして、聖書の『真実』とは何なのか——」
(4人の対談者を見つめて)
あすか:「2000年の時を超えた知の激突、歴史バトルロワイヤル——第1ラウンド、まもなく開始です」
(スタジオの照明が変わり、議論の舞台が整う)




