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追放された勇者の俺、残されたスキルは【パン焼き】でした。辺境で焼いたパンが世界を救うことになるなんて――  作者: 妙原奇天


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第20話 最後の焼き、未来の道

◆帰還


 鉱山町グレインを後にした行軍は、夜を徹して南下した。

 道すがら、あちこちの村や町から人が合流する。パンを分けてもらった者、拍子を刻んで見送った者。

 彼らは皆、王都を襲うという「黒の合成影」の報せを聞き、レオンたちと共に歩み始めていた。


 やがて、王都の城壁が見えてきた。かつて裂け目に舐められ、影の舌に覆われたその壁。

 だが今、城壁には無数の窯の煙が立ちのぼっていた。村々から駆けつけた焼き手たちが、王都の大窯を囲み、次々と火をくべていたのだ。


◆黒の合成影


 空を覆ったのは、飢え・欲・絶望が渦巻いて融合した黒の大波。

 それは形を変え続け、巨大な口となり、無数の手となり、音のない風となった。

 その一歩で広場が割れ、その一声で塔が揺れた。


「ここで終わらせる!」

 アルドが剣を構え、マリアが光を紡ぎ、ザイラスが炎を放つ。

 だが、それだけでは足りない。影は力を飲み込み、肥大していく。


 レオンは大窯の前に立った。

「最後の焼きを始める!」


◆未来の生地


 窯の周りに集まったのは、村人、兵士、聖女、魔術師、そして子どもたち。

 全員が粉に手を触れ、生地を捏ねた。

 涙の跡が混ざっても、煤で汚れても構わない。噛むための糧がここにある。


 レオンはその生地を抱き上げ、深く息を吸った。

「名は――“未来のパン”!」


 表面に刻む切り目は三つ。

 一つは「生」。一つは「声」。一つは「道」。


 火は応え、窯が轟く。灰が息を吐き、土が膚を厚くし、風が香りを運んだ。


◆最後の対峙


 黒の合成影が、大窯に迫る。

 口が開き、炎を呑み込もうとする。


 その瞬間、窯から放たれた香りが王都を満たした。

 それは腹を満たすだけではなく、心を繋ぐ匂い。

 人々が一斉にパンを裂き、隣へ渡す。噛む音、笑う音、泣く音――すべてが響き合う。


「食え! 忘れるな! 俺たちは生きてる!」

 レオンの声が広場を揺らす。


 合成影の体に亀裂が走る。

 満腹を知らぬ影が、“満ちる”という感覚に耐えられなくなったのだ。


 最後の切り目が裂け、パンが黄金の光を放つ。

 光は人から人へ渡り、街全体を包み、やがて空の裂け目を閉じていった。


◆その後


 黒い影は消え、星が再び空に戻った。

 広場の大窯の前で、人々が肩を抱き合い、笑い、泣いた。


「……終わったのか」

 アルドが剣を下ろし、マリアは祈りの姿勢で涙を零した。

 ザイラスは杖を突き、肩で笑った。「パンで世界を救うとはな」


 レオンは窯の灰を撫でた。

「俺は勇者じゃない。ただのパン屋だ。けど――この道を歩く限り、人は飢えにも絶望にも負けない」


 モルが荷車の棒を掲げて叫ぶ。

「パン行軍、出発だ!」


 人々の声が重なり、拍子が打たれる。“タン、タン、タン、タン”。

 その音は街路を抜け、国中へと広がっていった。


◆エピローグ


 それから幾年。

 王都から各地へ伸びる「パンの道」は人と人を繋ぎ、どこでも噛む音が聞こえるようになった。

 飢えも欲も絶望も、完全に消えたわけではない。だが、パンはそれらを追い払う灯火となった。


 旅の窯の前で、レオンは笑う。

「今日も焼こう。明日を噛むために」


 灰は息をし、火は燃え続ける。

 パン屋の旅はまだ続く――。


完結

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