表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/20

第17話 村からの旅立ち

◆村の歓迎


 エイルの村に足を踏み入れた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 かつて追放されたときに肩を落とし、絶望のなかで初めてパンを焼いたあの村。

 その広場に、今は大勢の人々が集まり、笑顔で迎えてくれている。


「レオンが帰ってきた!」

「勇者じゃなくてもいい! 俺たちのパン屋だ!」


 差し出された手を、私は一つひとつ握り返した。

 ――勇者ではない。ただのパン屋。

 けれど、その言葉がこれほど温かく響くとは思わなかった。


◆地下からのざわめき


 村の窯の灰を撫でたとき、ふと奇妙な震えを感じた。

 息をしているはずの灰が、わずかに濁っている。


『レオン。……下から音がする』

 ミルが囁いた。羽根が震え、風が地面を探る。


 耳を澄ますと、地の奥から“腹の鳴り”のようなざわめきが届いてきた。

 王都で退けたはずの飢えが、村の地下に残っている――?


「土の精霊が眠らされているのかもしれない」

 私はそう呟き、窯の脇の古い地下道の扉を開けた。


◆地下の影


 湿った空気。

 地下通路の奥に、黒い染みのようなものが広がっていた。

 それは人の形を模して揺らめき、複数の口が同時に動く。


『喉……喉をよこせ……』


 村の地下に巣食った飢えの従者たち。

 彼らは王の破片のような存在だった。


「逃げろ!」

 私は叫び、粉袋を開けた。

 “座”を撒き、影の口をその場に縫い付ける。

 ミルの風が“喉”を押し込み、アルドの剣が閃く。

 マリアの祈りが光を差し、ザイラスの火が影を焼いた。


 しかし影は一度焼けても再び形を取り戻す。

 まるで地下そのものが腹を鳴らしているようだった。


◆記憶種の継ぎ足し


「ここでは焼くしかない!」

 私は窯に残っていた種を取り出した。

 王都で使った“記憶種”――人々の温かさを覚えた生地。


 粉と水を加え、両手で捏ねる。

 地下の湿気が逆に発酵を速め、生地はぶくぶくと膨らんでいく。


「――これは“継ぎつぎだねのパン”。過去をつなぎ、未来を膨らませる!」


 焼き上がったパンを裂き、影に投げた。

 影は口を開いて飲み込む――だが、その瞬間、苦悶の声をあげて崩れ落ちた。


『満ちた……? いや、“思い出”を食べさせられて苦しんでるんだ』

 ミルがささやく。


 影は再生することなく、粉塵となって崩れていった。


◆旅立ちの決意


 地下のざわめきが静まり、土の精霊の声が再び響いた。


《ありがとう。……これで土は眠らずに済む》


 窯が深く息をし、灰の熱が戻る。

 村は守られた。

 だが、これで終わりではない。


 私は村人たちの前に立ち、告げた。

「パンの道は、ここから始まる。村から町へ、町から国へ。

 俺は焼きながら歩く。――だから、共に来てくれ」


 モルが荷車の棒を握り、力強く頷く。

 アルドも、マリアも、ザイラスも、迷いなく前を向いた。


 パン行軍は本当の意味で、ここから始まる。


次回「第18話 パンの道、広がる」

エイル村から旅立ったパン行軍。最初の目的地は交易都市バルト。しかしそこには、飢えとは違う“人の欲望”が待ち受けていた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ