表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

第1章 出会いと始まりの落下

第1話:バンジージャンプと魔王


「飛びます!飛びますッ!!」


 誰に向かって言ったのか、自分でもわからなかった。ただ、この一言で、なぜか自分の背中を押せるような気がした。


 地上七十メートル。鉄骨とケーブルが剥き出しのバンジージャンプ台の端に、俺――桐生大地は立っていた。


 足元から吹き上げる風は冷たく、空気の密度が違って感じられる。はるか下に見える川の流れは、絵のように静かで、現実感がない。


 俺はただ、飛ぶしかなかった。


 就職活動は全滅。志望していた映像制作会社には書類で門前払いされ、唯一面接に進めた会社は、社員の目が死んでいた。しかもそこで出会ったのが、後に俺の記憶に焼きつく“あの社長”だった。


 「やる気? そんなもん、数字に出せよ」


 面接官席で吐かれたその一言に、心がすり減ったのを覚えている。


 結局、仮採用されたその会社にしがみついた俺は、昼夜逆転のシフトと、無意味なパワハラ会議に耐え、気づけば半年。


 彼女には「夢がない」と言われて振られ、親には「家にいないで働け」と怒鳴られた。


 誰のために生きているのか、もうわからなかった。


 だから俺は、この身ひとつで“飛ぶ”ことにしたのだ。


 スタッフが後ろでカウントを始めた。


「3、2、1――バンジー!!」


 身体が宙に浮いた。


 落ちていく。


 浮遊感。耳に入るのは、自分の心臓の音だけ。


 その瞬間だった。


 ――空が、裂けた。


 バチィィン!!


 黒い雷が、天から俺の身体に直撃した。


「なっ、うわっ――!?」


 痛みはなかった。むしろ、全身の感覚が一瞬で麻痺し、意識が“引き剥がされる”ような感覚だった。


 目を開けると、そこは真っ白な空間。


 いや、“空”ではなかった。


 時間が止まり、重力も消え、上下左右の概念すらない。自分が浮いているのか、沈んでいるのかもわからない。


 そんな空間の中に、突然――現れた。


 黒マントをまとい、角の生えた男。


 金の刺繍が施されたその衣服は、現代のどこにも存在しない異質さを放っていた。


「おお、ようやく来たか。我が運命のバディよ!」


「は? 誰だよあんた……っつか、ここどこ!?」


「我が名は魔王リヴェルト。長き封印より蘇った者だ。そして貴様は、我が選ばれし“堕落の伴侶”――」


「ちょっと待て、話が飛びすぎだ!!」


「では、落ちながら説明しよう!」


 そう言うなり、リヴェルトは俺の手を掴み、そのまま空間の下――いや、“下っぽい”方向へ飛び込んだ。


 風が吹いた。


 音が戻った。


 視界に色が流れ込む。


 そして――俺たちは、再び落下していた。


「うわあああああああああ!!」


「ふははは、これぞデスダイブ! 高所恐怖症には堪えるぞぉぉぉ!!」


「お前が怖がってどうするんだよ!!!」


 こうして、俺と魔王の、わけのわからない“落下の旅”が始まった。


第2話:空中都市アルセロスにて


 数分後――あるいは数時間後かもしれない。


 俺たちは空中に浮かぶ巨大な都市に“着地”した。


 石畳の地面。白く輝く塔。空を自在に飛ぶ乗り物。そして、浮遊する島々が鎖のように連なって、空中に都市を築いていた。


 その壮麗さに、しばし言葉を失った。


「ここが第一階層、アルセロスか……」


 リヴェルトがつぶやいた。


「第一?」


「うむ。この世界は“階層構造”になっておる。空から地へと下ることで、核心へと近づける。だが、この都市に住む者たちは、そのことを知らぬ」


 階層構造。地へ向かう。まるで、地獄に落ちていくような話だ。


 俺たちは、都市の中心にそびえる塔――“浮遊神殿”へと向かう。


 その道中、出会ったのが、巫女のような格好をした女性、フィリアだった。


「あなたたちは、風に導かれてきた人……この都市が危機にあることをご存知ですか?」


 彼女はそう言って、浮遊神殿で何かが起きていると語った。


 神殿では“下層への落下”を禁じる宗教――浮遊神教が力を強めており、落下という自然の摂理を“罪”と見なしているという。


 空に浮かぶ都市で、地に足をつけることが禁忌とされる。


 その異様さが、俺の中に疑問を残した。


 なぜ“下へ行く”ことが、ここまで忌み嫌われているのか。


 その答えを求めて、俺たちは再び“神殿”の中へと踏み込むことになる――。


第3話:浮遊神殿と禁じられた落下


 浮遊神殿は、都市の中央にそびえる巨大な構造物だった。高く聳え立つその塔は、白銀の光を放ちながら空を貫き、周囲の雲さえも避けて流れていた。


 俺たちはその入口に立った。


 神殿の門は開かれており、中には礼拝堂のような空間が広がっていた。内部はひんやりと冷たく、石の壁には数多の浮遊図が刻まれている。その中心には巨大な浮遊石が宙に浮き、僧衣を纏った人々が黙々と祈りを捧げていた。


「ようこそ、導かれし者たちよ」


 現れたのは、老いた司祭だった。背筋を伸ばし、長い髭を揺らしながら、俺たちを見下ろしてくる。


「汝らは“地”を求めに来たのか?」


「いや、ただ……知りたいだけだ。なぜ、落ちてはいけないのか」


 俺の問いに、司祭はわずかに目を細めた。


「地とは“堕落”の象徴。空は神の意志。我らは上に在ることで、穢れから逃れたのだ」


 理屈は通っているようで、どこか狂気を孕んでいた。俺は一歩前に出た。


「でも、落ちるって、そんなに悪いことか? 俺は……この旅で、確かに“何か”を見つけてる気がする」


「それこそが堕落の第一歩。我らの信仰を否定するならば、止めねばならぬ」


 その言葉とともに、司祭が手を掲げる。


 神殿の壁が割れ、背後から複数の神官たちが姿を現した。彼らの手には杖、空中を滑るように接近してくる。


「リヴェルト、やるぞ!」


「待ってました!」


 魔王の指先から黒き炎が生まれ、空中で旋回した神官の一人に直撃。空気が裂ける音が響く。


 俺も拾った剣を握りしめて前に出る。剣なんてまともに扱ったことはない。それでも、なぜか身体が覚えていた。あるいは、落下の中で染みついた“本能”か。


 戦いのさなか、フィリアが駆けつけてきた。


「この神殿には、“地へ落ちる道”が封じられている扉があるの!」


「じゃあ、突破するしかないってことか……!」


 激しい戦闘の末、俺たちは神殿の奥へと突き進む。


 そして、巨大な扉の前に辿り着いた。


 フィリアが祈りの言葉を捧げると、封印がゆっくりと解かれ、扉がきしむ音を立てて開いていく。


 その先には、底の見えない深淵が広がっていた。


 俺たちは、もう迷わなかった。


「行こう、リヴェルト」


「うむ。我らの旅は、まだ始まったばかりだ」


 そして、俺たちは再び――落ちた。


第4話:崩壊と再落下


 俺とリヴェルトの身体は、深淵へと吸い込まれていった。


 風がない。重力だけが、はっきりと存在していた。静寂と圧迫。時間が止まったような感覚と共に、浮遊神殿が遠ざかっていく。


 見上げれば、扉の奥でフィリアが立っていた。白い装束が風にたなびき、その手を強く握っている。


「あなたたちが、道を切り開いた。私たちは、もう“落ちる”ことを恐れない!」


 その声が届いたかどうかは、わからない。だが彼女の笑顔が、確かにそう語っていた。


 そして次の瞬間――


 ゴオォォォン、と音を立てて、神殿の柱が崩れた。


 浮遊神殿の上層部が大きく傾き、石造りの塔がゆっくりと裂け始めたのが見えた。神殿を支えていた重力制御の核が失われたのだ。


 アルセロスが、崩れ始めている。


「まさか、ここまでとはな……」


 リヴェルトが小さくつぶやいた。


 都市のあちこちで建物が歪み、空を泳いでいた浮遊島が落下していく。都市を支えていた“浮遊石”たちが、次々と輝きを失っていた。


 その光景を、俺は息を飲んで見つめていた。


 ――これは、俺たちが選んだ結果だ。


 けれど。


 けれども、それでも――


「落ちて良かったって、いつか思えるようにしたい」


 誰に言うでもなく、俺はつぶやいた。


 足元に、渦巻くような気流が発生する。下へ、もっと下へ。視界が歪み、風が身体を叩きつけるように吹き荒れた。


 リヴェルトが、俺の肩に手を置いた。


「さて、大地。次はどこに着地すると思う?」


「どこでもいい。俺は……まだ、落ちていたい」


「よろしい。ならば共に、さらなる堕落の深淵へ!」


 俺と魔王は、重力に身を任せて再び飛び込んだ。


 その先に何があるのかは、まだ知らない。


 だがきっと――そこにも、“俺自身”が待っている気がした。




 ふたりは笑いながら、次なる階層――“風の渓谷”へと、落ちていった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


バンジージャンプから始まる異世界転移、そのまま空中都市へ“デスダイブ”するという、テンポ重視の1章でした。


魔王がちょっとポンコツだけど頼れる存在、主人公が徐々に成長していくタイプというバディ構成で、次章からは少しずつ「世界の謎」や「主人公の正体」も描いていきます。


次回:

第2章 風の渓谷と羽根の民


投稿は毎週日曜日更新予定です。次回もよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ