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縁緣廻る  作者: 無玄々
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第8話『出来の悪い人形』

 到骨とはなんだろう。人形に入っていた血晶を眺めながら月向は考えていた。自分にも同じような石がある、心臓の代わりをする物だ。もっとも、それを砕かれたところで月向は死ぬ事はない。彼は比較的珍しい、心臓を多く持つ鬼だからだ。

「この近くか」

 石と同じ気配のする方へ進んでいく。型が無くなれば嫌でも元に戻ろうとする、肉体とはそういう物でこの到骨から別れた血晶も例外では無い。

 

 あいも変わらず到骨どもは陰気くさい場所に居を構える。たどり着いた場所は明らかに禍々しい雰囲気を放っていた。なぜってそれは木々に蔓下げられた薄汚れた人形達の所為だ。

「出来の悪い人形だな。可愛くない」

 片目が取れ何か湧き出しそうな人形、服を剥がれた人形、塗装の剥げた人形だった物……見るものが見れば悲鳴をあげそうな程に気味の悪い場所だ。

「あぁ、日影を連れてくればよかった。きっと泣き喚いてくれただろうに」

 人形嫌いの相方の姿を思い浮かべてつい笑みを浮かべる。月向が趣味で作る人形ですら嫌がるのだ、こんな気味の悪い我楽多……見たらあのお綺麗な顔を歪めてくれるだろう。相方の変な一面を見るのが好きなだけ、決して性格が悪いわけではない。

「なぁ、日影。今からでもこっち来ないか?」

 自分の胸元に向かって話しかける。

『俺はお前が泣き喚く様が見たいのぜ。うぅん、牡蠣美味しい……』

 カチカチと何やら貝を開こうとする音が頭の中に響く。数百年の付き合いが生んだ意思疎通、いざとなれば互いの体を行き来することすらできる便利な技能を持っている。

「お前何一人で牡蠣食べて……まてそれは俺が広島県知事から貰った牡蠣じゃないか?」

『違う、俺が知り合いに貢がせた牡蠣だ。お前のは冷蔵庫にある』

 そんな仕方のない会話が行われ、とりあえず相方が来ない事だけ得て会話を切った。大概何方も自由なのだ。

 面白いものが見れなくて残念、と改めて月向は目の前の空間に目を向ける。やや捻れたように広がる景色、これが本体への通路だろうと歪みに手を入れる。

ぞわり、と肌に走る寒気と共に空間が変わった。少女趣味な部屋だ。フランス人形が数多く飾られる中、ピンクのレースでゴテゴテとした寝台が膨らんでいるのを視界に入れる。

「随分人形が好きなんだな。こんなに精巧で人らしい人形、お前が作ったのか?」

 寝台の主は答える事なく顔すら見せない。仕方ない、と月向は手から刃を作りそれを斬った。

 だが、中にいたのは折り重なった人形だった。

「おっと、これは不在か?確かに反応はここだったんだが……」

 手の中の血晶を再度見るも、何も変わりはない。ここで落ち着いてしまっている。ならば、この人形たちの中に本体が居ると言うのはどうだろう。月向も人形を作るのが趣味である、人形を壊すのもまた一興。手刀を入れるかのように飾られた人形の首を横に斬っていく。

 血晶のある人形、ない人形、法則性はなく切っては頭を割っていく。だが出てくるのは砂利の様な物ばかり、大した力も感じられない。

 あらかた全て斬れたが特に悲鳴は上がらなかった。やはり外出中だろうか、これは帰ってきた時の反応が楽しみだなと月向は更にそこにあった人形に刃を突き刺した。そのときだ。

『月向、聞こえる?お前が持ってたあの君の悪い人形、また俺のところにあるんだけど』

「……は?」


 月向が出払った頃、日影は自分の家に戻っていた。樂緣の城ではなく、自宅である。人里離れた場所にある平屋、たまに掃除をしないと帰りたくなくなるので意外な事に日影は定期的に自宅へ帰っていた。

「……?なんであの人形があるんだ、きもい」

 普段から部屋には月向の粗製した人形が沢山ある。その中に紛れてあの人形が座っていたのである。

 そのため一応月向に確認する、これを壊していいのか。それともお前が処理したいのか。割と無気力な日影は面倒な事を好まない、相方と手柄争いなど以ての外だ。

『壊せるのか、お前に』

「壊していいんだな」

 すっと、小刀を抜き人形に近づく。するとカタカタと人形が動き出した。気持ち悪い!!素直な感想を抱きつつも刀を振り下ろした。

 弾かれるように落ちる首と、立ちぼうけの体。それが日影へと近づいてくる。武器も持たない人形に何ができると言うのか、ただ精神的には非常に不快であるため無意味でもないのだろう。

「本体に会ったら是非言ってやりたいな、趣味が悪いって」

 足で蹴飛してみれば、四肢を落として床に転がる。何も決定打が無い、コイツの本体はきっと大したことのない到骨だ。人間相手なら生気を奪うことも簡単だろうが、鬼相手では手段のない者が勝てるわけがない。

「大人しく人だけ喰えばよかったものをなんでわざわざ俺のところにきたの。余程頭が悪い?それともお前も俺の肉に惹かれてきたの?」

 陣風曰く、特級の餌。その言葉を聞いていたからこその反応だった、育ちがいいのだ良質で当たり前。餌扱いは嬉しくはないが。

 だから一応話しかけてみたのだが、人形に声帯は無いようだった。至極当たり前の事なのだが本体が念力で答えてくれたりするのではないかと思ってはいたのだ。

 胴体だけでも動こうとはする。四肢も僅かに寄ってはいるのだがすぐには治らなそう。月向と違い尋問をする気が無い日影はいい加減外で燃やしてしまおうと決めた。ついでにこの部屋にある月向産人形も燃やしたいと思ったが他人の趣味に手を出すと碌なことが無いのでやめておく。

 頭と胴体を拾い上げ、それをはめ込む。すぐさま手を日影の首に伸ばしてきたため、腕だけ千切った。

 玄関に置きっぱなしの点火機を持って外に出た日影は、庭先に溜まっていた木の葉の上に人形を置き火をつけた。木の枝が近くにあったのでそれも焚べる。慌てて逃げようとする人形を仕方なしに枝で胸を刺して縫いとめる。

 パチパチと良い音がし始めた、燃やしているものがこんなものでなければ魚でも焼いて食べたのに。少し残念そうに木の葉をかく。

「一応燃やしたけど、お前の方はどうなんだ」

『燃やしたのか。本体らしきものはさっぱりだな、いっそその人形が本体だったんじゃ無いか?人の形も保てないような雑魚到骨って事だな』

「食べたいなら早く帰ってこいよ。炭になるぞ」

『そんなもの食うわけ無いだろ。芋じゃ無いんだから……こっちも火をつけておくか。全く見掛け倒しで面白くない』

 入口を見た時はもう絶対変な趣味の呪術師が出てくると思ったんだがな、と月向は残念に思っていた。

 日影は燃えていく人形の中から石が溢れたのを見た。枝で近くに寄せ、軽く突く。多少大きいが心臓にするには小さい、石はこの程度の火では燃えないのだ。不燃ゴミに出さないといけない。土に埋めるのは土地が汚れそうなので仕方なく拾い後で樂緣の城で捨てようと仕舞う。


 そのうち火が消え始めた頃、月向が帰ってきた。

「とんだハズレだったな。完全に到骨としては雑魚だ、修復中だったんだろう。人形で生気を集めて自己再生しようとしてた、それだけだな」

「無駄足で可哀想に。もっと大物引かないと終わらないぞこれ」

「人形使いがこんな弱いと思うわけ無いだろ」

 残念、とさして残念そうでもなく呟いた月向はとりあえず日影の横に座る。灰になった人形だったものを指でつまみ擦り合わせ、ふぅと息を吐いた。素材も特別なものでは無い、自分の作る人形の方が精巧なくらいだ。同業者がこんな雑魚なのは予想外。

「ま、そんな日もあるだろ。次だ次、黄昏てる場合じゃ無い」

「黄昏てはいないんだが」

 ぱんぱんと裾を払い日影は立ち上がる。そして懐から何やら紙を取り出した。

「温泉行こう温泉、ペアチケ貰ったから」

 珍しく声が嬉しそうな日影に、なんでそんなものを?と思う月向。そして頭に何かよぎった

「……それ、お前と行きたくて相手が寄越したチケットじゃないか?」

「そんなことはないと思う。だって相手のこと知らないし」

 いや、知らないのはお前が関心を持ってないからでそんなチケットを善意で配る奴なんてそうそう居ないだろ。まして俺の様に愛想がいいわけでもない日影が。などと失礼なことを考えながら月向は日影の手元からチケットを奪った。

「期限は……今月中か。スケジュールを調整しないといけないな」

「なんだ、付き合ってくれるのか。乗り気じゃないかと思った」

 表情が変わらないから、と付け足して日影はそのまま家の中に入ろうと月向に背を向ける。それを見て月向も火を消し、それについていく。

「付き合ってくれてありがとうございます月向様、とか言えないのかお前は」

「俺の情けで連れて行ってやるっていってんだよ。感謝するべきはお前だ、月向」

「はー、全くお前は。まぁその態度も許してやろう、オホーツク海並みに心の広い俺様に感謝しろ」

「あまりにも広すぎて涙が出てきた」

 その心の広さに面倒くさくなった日影は早々に自室へ戻り寝た。



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