第7話『風吹けば大災害』
「今日からお世話になります。轟雷の義弟、陣風です。よろしくお願いします」
樂緣より頭1つ小さい少年、陣風はしっかり腰を曲げて礼をした。額角2本、眉があろう場所からも2本、轟雷と対になる様に右目下には三つの点がある。そして何より樂緣の目を引いたのは……
「谷間まで見えてるとか変態か?」
「着眼点が変態。挨拶に対して返す言葉がそれなら、僕は貴方を軽蔑する」
首環こそあれど、肩から胸元ギリギリまでを開けた衣装はなかなか挑戦的に映る。だが考えて欲しいのは彼の義兄である轟雷は臍と腕を出した格好をしているのだ。そこに何も意見を言わない樂緣、つまり胸が見えかけているのが悪い。
とにかく、挨拶に対して返された言葉に陣風はただでさえじとっとした目を更に座らせる。義兄から『今住んでる家より広いから一緒にこっちに移らない?』と目的が完全に住居になっている誘いを受け、異論なく此処にきたのだ。勿論住む以上働く気もある、名前に見えるようにこの少年は風の鬼だ。
「まぁ此処では私がルールだからそこんとこよろしく。樂緣様と呼んでいいのよ。メンバーには自分で勝手に挨拶してくれよな」
あぁ、この人どれだけ放任主義なのだろう。凡そ上司として仰ぐには足りない態度に、早くも陣風は諦めをつけた。
「兄さんはなんでこんな人に……」
「聞こえてるぞ。おい雷ー!!! ここは託児所じゃないんだぞー!!」
やや不敬な態度に樂緣は監督責任を求めた。見た目で子供扱いされるのは慣れているため陣風は特に何も言う気はなかったが、それでも園児扱いまで行くとなんとなく不快である。
「轟雷は今日外だぞ。お前やっぱり自分じゃボード見ないんだな」
樂緣の呼びかけに答えたのは月向だった。手には何やら人形を持っている。
「黒いのなんでいるの? 列車事故を調べに行く様頼んだ気がするんだけど。あと何その気味の悪い人形」
「あれはただの大規模な事故だ。到骨が全く関係してない。あとこの人形は巷で噂の呪いの人形、ひとりでに動くと聞いて実験中」
今日の朝、列車と車数十台が絡む大事故が起こった。脱線などではなく、車が列車に向かってぶつかりに行ったかの様に列車の側面に次々刺さり当然のように炎上した。事故にしては有り得ない状況に到骨の仕業に違いないと思考停止した樂緣は月向へ調査命令を出した。が結果は事故である、これは何か陰謀を疑いたくなる。
そしてその帰りに月向は道端に落ちている人形を見つけ、それが最近噂になっている呪いの人形と外見が一致したことから拾ってきた。気味が悪いので近づかないで欲しいと日影からは突き放された為、今日は完全にソロである。
「黒いのの怠慢が見え隠れしてないか? あー、ていうかなんで呼んだのか忘れちゃったじゃん!!」
「陣風の顔合わせだろ? なぁ、陣風」
月向は少し腰を曲げて陣風に目線を合わせる。この二人は一応初対面であるが、お互いに話には聞いている。
「あなたが不義不忠の月? 噂に聞いたことがあるよ」
「そういうお前は怨嗟を集める風。噂は予々聞いている」
側から聞きながら『嫌な噂のされ方してる奴らなんだな』と他人事として見ている樂緣。自分が無能として噂になっていることなど知らないのだ。
二人が不穏な空気で挨拶を交わしている間に樂緣は暇なので出前のチラシを見始める。今日はピザを食べよう。
「裏切りを好む月がまさか人の下につくとは思ってなかった」
「人の元につかなきゃ裏切ることもできないからな」
えっ、こいつ裏切るつもりなの? 何かとても嫌なセリフを聞いた気がして樂緣は顔を上げた。でもよく考えると普段の態度からしてこいつ全く私を敬ってないし、小馬鹿にしてくるし裏切るも何も味方じゃないわ。と思い直したためまたチラシに目を向けた。3枚くらいいけるか、いや無理か。
「お前だってここに来るまでに何人巻き込んできたんだ? 現場、酷い有様だったがな」
「さぁ……自制できない人間達が悪い。鬼と見るなり襲ってくるんだから死んでも文句は言えないよね」
こっちはこっちで何か血生臭そうな事を言っている。でもまぁ確かに人間ちょっと理不尽なところあるからな、と日頃『お願い』と称した欲深い願望を聞いている樂緣は思う。なんだか鬼っていうのは金になるとかで大変らしいのは最近聞いた。金に不自由していない(価値がない)樂緣にはよく分からないところだ。
そうして2人が何やら話す横で、樂緣が暇を潰していると入り口のドアが開けられた。入ってきたのは月向の相方である日影だ。明らかに寝巻き、もこもこしたパジャマを着ている。
コイツ職場に入ってくるのにラフすぎるだろ、と樂緣がツッコミを入れたがスルーされた。
「おい、月向……この気味の悪い人形を近づけるなって言わなかったっけ……」
日影が例の人形の腕を掴んで月向に見せる。そういえばいつの間にか腕から消えている、と月向の目の前にいた陣風が目を見張る。問答している時はさっぱり気に留めていなかった。
「早速逃げ出したのか、呪いの人形。これは本格的にバラす必要があるか」
月向が楽しそうに言うのを呆れたように日影は睨みつけた。もっとも少し眉がより、目が据わっただけだが。仕方なしに人形を受け取りまた抱え直す。
「早く壊したらどうだ。それ、可愛く無いし……なにか寒気がする……」
腕をさすりながら普段より弱々しく日影が訴える。アイツ声のトーン変えられたんだ……!淡々と話す印象しか無い樂緣は世紀の大発見をした気分だ。
「珍しいな日影が何かに怯えるなんて」
月向は対して変わらずに返す。その言葉に目の端が一瞬動いた。
「そうやって俺を巻き込むだけで何もしないお前は屑だ。怯えてると思うなら早く壊せ、一応お前の意思を尊重して俺が手を出さないでいるのは分かってるよな」
「お優しい事で。そこがお前のいいところだ、無意味に俺を邪魔しない」
「お前は俺の邪魔をするけどな、気取るだけの無能め」
なんか喧嘩腰な会話だ、しかし声自体は怒りを含んでいないような気がする。その基準は普段文句を言ってくる神使だが、神使の文句に比べて声は落ち着いているし空気はピリピリしていない。つまりあれは戯れてるだけだな、樂緣は面倒くさいことには関わらないのでそう思うことにした。
その2人の会話もそこを最後に終わった。日影が陣風を漸く認識した為である。月向の横を通り過ぎて陣風に近づく、腰を落として視線を合わせたりはしない。
「あれ、新しいやつだ。どーも、加藤○也です」
「陣風です。よろしく、日影さん」
日影のいつものをさらりとスルーし、普通に名前を呼ぶ陣風。
「賢い子供だな。それか俺の知名度が上がったのか」
「貴方のこと自体はそこの月向さんの相方としてしか知らない。ただ蟲達が特級の餌としてみてることくらい」
月向に対しては不穏な対話をしていた陣風だったが、こっちは本当によく知らない。影が薄いというより相方の影が濃すぎるのだ、悪い意味で。
「俺の世間での認識そんな感じなのか。月向の仲間だと思われるの嫌だな」
そこは本当に嫌そうだった。明らかに眉が寄り目が細められた。
「照れるな照れるな」
月向が日影の肩に手を置き、気安く宥めかける。
「めっちゃやだー」
両目を伏せて嘆いた日影は挨拶もそこそこに部屋を出て行った。完全に嫌になった雰囲気を陣風は感じて引き止めることはしなかった。あいつデリケートだから、等と宣うこの黒い奴の存在に確かにこれの相方扱いは自分も嫌かもしれない、と思う。大変失礼な話である。
「さて、人形の本体でも探しに行くか」
月向は人形の頭を砕き、中から石を取り出した。緑色に光る小指の先ほどの大きさの石。
「散らかるから外で壊して欲しいんだけど」
樂緣が掃除したく無い以外の理由もなく要求したが、これは無視された。
「じゃあなお前達。俺は少し出てくる」
「そう言って、月向は二度と戻らなかった……」
「そういうのはモノローグでやってくれ。誰も騙せやしない」
月向は気にした様子もなくそのまま部屋を出て行った。これ勝手にやってる事だし給料は発生しなくていいよね、と頭の隅で樂緣は考えていた。このことがばれて月向では無く神使にぶっ叩かれるのは2時間後のことだ。