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縁緣廻る  作者: 無玄々
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第5話『白い鬼』

 月明かりの差さない雲の厚い夜。

 トス、トスと杖を雪に刺しながら日影は今回の任務地へと向かっていた。

「寒い……夜はやっぱり冷えるな」

 指定された場所へ近づいていくうちにどんどん寒くなっていく。――一体どれだけ人を殺めたのだろう。力がある到骨と言うのはそれだけ人を殺めてきた者達だ。それは経験則で知っている。

 もっとも、日影は既に起こった事に関しては全く感情を動かされない。人がどれだけ死んでいようと死者の自分には関係ない。

「轟雷に押しつければ良かったかな。寒い」

 ただ寒さが身に染みる。

 

 この任務、最初の流れでは轟雷が送られるはずだった。相手が氷の使い手であると予測される以上、熱に関連した鬼を送るべきだと。

 だが炎の鬼はまだ雇っていない、そのため樂緣は『雷なら火災も起こせるだろう!』と轟雷を選んでいた。が、

「すいません、樂緣様。落としただけでは燃えないんです。それに家屋に落とすのは……」

 と申し訳なさそうに否定された。

 轟雷と言う鬼は自分の力によって被害を起こしたくないタイプの鬼だった。炎が起きたところで制御も出来るわけではない。

 そもそも何に落とすかは考えていなかった樂緣だが、それは確かにと眉を寄せた。

「樂緣様、その頭の悪い考え方はやめてください。ゲームばかりしてるからそんなことになるんです。人材がなければ自分で行くくらいの気概を見せてくださいよ」

 更に追い討ちをかけるように神使から手痛い言葉を送られた。因みに此方は家屋でもなんでも焼けばいいと思っているタイプの天使だ。よって、樂緣は考え直さないといけなくなってしまう。とはいえ選べるのは三人のみ。

「日って名乗ってるぐらいだし溶かせるんじゃね? サンライトパワー」

 などと意味不明の供述をし、日影を抜擢した。その脇で『こいつの何処に日要素があると思ったんだお前は?』と黒いのが喚いたりもしたが知った事ではない。

 それと同時に神使が口を開く。

「あ、そうだ樂緣様。越後の漁村が一夜にして無人と化したそうです。それ以降その海域近くで海難事故が増えているとか。こっちも調査に出したいですね」

「漁村? 海? じゃあこっちに雷がいっか」

「樂緣様? 水場なら雷が通る、とでも思ってますね?」

 つまりもう一つの案件が上がり、そちらに轟雷は回された。月向に関しては何か嫌な予感がする、と日影ではなく轟雷の方へついていくことにした。


「噂通り、すごい凍ってる」

 杖がよく滑る、杖から申し訳程度に出ている爪では心許ない程度に凍結していた。家屋には氷柱が垂れ下がり、少ないながら人の氷像もある。

 外気だけでも肌が張り付く様な冷たさ。これでは凍らされた人間も生存しているか怪しいところだ。日影が元も子もない事を思っていると強い風が吹いた。

 雪が舞い、寒さに拍車がかかる。雪を踏む音が近づいてくるのを聞いた日影はその方向に目を差し向けた。

「態々出迎えてくれるなんて到骨は社員教育がなってるな。お邪魔してます」

 これが樂緣なら出迎えもしないだろう、と頭の隅で考えながらこちらへ向かってくる男へ会釈する。

 日影の異能――彼らは外法と呼ぶ力は視界を広げるものだった。意識すれば数百メートルくらいは見える。近づいてくる男とは距離があっても日影の視界にはしっかりと姿が映っていた。

 その男の左腕は白く結晶化している。これは到骨の特徴と一致していると判断する。顔は可もなく不可もなく、眼鏡をかけている。目は二つ、体も結晶化以外は人間と変わらない。

 そんなに面白みのない見た目だ、と日影は思った。

 歩いて近づくのは億劫だ。その男が近づいてくるのを待った。もし共に月向が来ていたならば問答無用で斬り捨てて仕舞えばいいのにと言ったことだろう。

 男は笑いながら近くまでたどり着いた。その様子に表情ひとつ変えず日影は口を開く。

「何笑ってるんだ怖いな」

「敵だと思って来たら会釈なんてするからさ」

 男は堪えられないと言う様にあはは! と声を上げる。

「どうもこんにちは、白い鬼さん。俺は氷鉋、見ての通り物を凍らせる到骨だよ」

「氷鉋、覚えてる限りは覚えとく。私は日影だ、見ての通り目が多い事が取り柄の鬼」

 名乗られたからには返す。何故か二人揃って自己紹介を行い始めた。もはや犯行を隠しもしない氷鉋に対しても日影は表情を変えなかった。

 氷鉋と言う到骨はニコと笑いながら手を差し出した。握手を求める形だ。が、日影はそれには応えない。

 不思議そうに氷鉋は首を傾げる。

「……? もしかして凍らせると思ってる?」

「いや、冷たそうだから触りたくない」

「えぇ〜〜! それは残念な理由だな。でもこんな寒い所じゃ人のこと言えないくらい日影さんも冷え切ってるんじゃないかなぁ。ほら」

 有無を言わさず、杖を持つ手に氷鉋の手が重ねられる。ピリピリとした冷たさがはしり、日影は目を細めた。

「やっぱり、すごく冷たい」

 ぱきん、と罅の入る音と共に氷鉋は先ほどと違う笑みをこぼす。

「……有言実行か。偉いな氷鉋は」

 触れられた手に氷が張る。本人が言った通り。触れられた場所から凍り、杖は手を離れた。

「ごめんな日影さん。目の前に美味しそうな鬼が居て喰わないってわけには行かないんだよ」

 申し訳なさそうに眉を下げ、それでも声色は嬉々とした音。――美味しそう。そう言われる事に日影は慣れている。よってそれに動じることは無くただ氷鉋をじっと見つめる。そして刀を抜いた。

キン、と鉄と氷の擦れる音が響く。ほんの一瞬、距離を詰め袈裟懸けに斬り上げた。――斬り上げようとした。が、それは氷の外皮によって止められる。

 ――流石氷、体も硬いし寒気のする音を立てる。日影はすぐに刀を引き後方へ一度下がる。僅かに切り込みが入っただけ、氷鉋はその位置を摩りながら日影に言葉をかける。

「動きは速いけど力は弱い、見た目通りだね」

 見るからに細身の腕、よく言えば華奢な見た目の日影だ。事実相方に比べ力は無い。

「後生大事に仕舞われていたからな。見た目通り、か弱いんだよ」

 それがどうした、と言わんばかりに堂々と答えた。か弱い自分アピールも忘れない。

「ふふ、面白いな日影さん。でも急がないと脚から凍っちゃうよ」

 見れば足先に霜が降りていた。じわじわ登るだけの氷、手早く殺しにくればいいのに。と他人事の様に思った。

 こんなにも無力な日影に手を下さない所を見るに氷鉋の武器はこの氷だけなのだろう。日影は目を離さずに考えるフリをした。

「急がないと死ぬのはお前の方かもね」

 くい、っと手首で何かを引き寄せる動きをする。まるで糸をたぐり寄せるかのような動きに氷鉋は一瞬背後を見る。その一瞬の隙をついて斬りかかる。

 上段、眼球を狙って突き上げた。

 ピシリと刀が凍り、それを伝って手に到達する。欠けた眼鏡が地面に落ち、狙い通りに貫いた右目を中心に氷鉋の顔には罅が入った。

「どう? 視界が狭まる感覚は。結構いいものでしょ」

「っ、!! この、」

 左腕で突き刺そうと氷鉋は振り上げた。刀を刺したまま動かない日影へと。

 だが、不意に身体が重くなる。かは、と掠れた音が溢れた。

 わなわなと重さの原因に目を向けた氷鉋は目を疑った。

「な、んで……刀は、此処()に……」

 心臓部を貫いた刀。目を貫いた刀は日影の手元にあるのに、だ。

「刀がこれしかない、なんて目に頼りすぎだね。私は不服にも鬼だぞ、刀くらい操れる」

 日影は氷鉋が腕を振り上げた瞬間に、もう一対の刀を背後から突き刺したのだ。手を触れずとも刀を浮かせ操る、それもまた彼の外法だった。

 氷鉋はその場に崩れた。流石に核石を貫かれては立ってられなかった。

「、あ、ぁ……ざんねん。見た目、に騙された……なぁ。おいしそう、だったのに」

 青白い光が溢れていく。僅かに伸ばされた腕すら無常にも落ちていく。だが彼はすぐには消えなかった。本来到骨は核石を砕かれれば消えるものだと言うのに。

 ――なるほど、この程度まで力をつけると瓦解するまでに時間がかかるのか、と日影は変に感心していた。とはいえ動くこともままならず、消滅するのを待つだけと言うのはなのは酷だろう。

「……食べる? 少しだけ。腕くらいならあげてもいいぞ」

 弱る氷鉋の口元へと左手を伸ばす。小さく指へと噛み付いた、もっと大きくいけば楽になれるだろうに。日影はそう思いながらもじっと見つめる。少しだけ氷鉋の表情が柔らかくなった気がした。それも束の間

「が、っぁ……!!! ぁ、ぐ」

 苦しそうに呻き声を上げてついに全身が砕けた氷鉋を日影は感情のない面持ちで見ていた。

「もっとしっかり齧ってくれればもう少し楽に逝け

ただろうに」

 体内に流れる生物にとっての毒、日影の一番の武器だった。苦しそうだから早く終わらせてやろうと腕を差し出したのに伝わない物だ。

 霧散していく姿の中で、何故か砕けた核が残っていた。日影はそれを指でつまみ、布袋へと入れる。到骨の死体は全てが無に変えるのが今までの当然だったのに。

 すっかり跡形も無くなった為、日影はそろそろ帰ろうかと立ち上がる。周囲も薄らと熱が戻り、じんわりと地面の雪が水を含み始めた。落としてあった杖を拾い上げればすっかり濡れて少し泥がついていた。

 びちゃ、と鳴る足元に杖を突き立てまた来た道を戻る。町が元に戻るかどうかは今の気温からして朝にならないとわからない。だが朝までこんなところにいたくもない。

 ぬかるみ始めた道に歩きにくさを感じながら彼は一度自宅へ戻ることにした。

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