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縁緣廻る  作者: 無玄々
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第4話『果報は寝て待て』


「暇だなー」

 机に突っ伏して樂緣が怠そうに呟いた。

 先日、従業員と言う名の鬼を雇った樂緣だったがこれが何とも進展しない。その間彼女は何もしていない。

「たまには下界の民の願いでも聞いてやるか! ぬん!」

 目を閉じて下界に存在する樂緣の祠へと意識を集中した。

『神様、雨が降らなくてこのままでは畑が死んでしまいます。どうか雨を降らせてください』

 ヒットしたのは雨乞いだった。ありきたりな願いである、樂緣はこれもまたつまらないと思いながらその村に雨を派遣した。

 この神もどき、実は局地的な天候くらいは操れるのである。こうして時たま気まぐれに神の力を示して信仰心を得るのが使命だと彼女は言う。最も彼女は神ではないが。

 雨を降らせた樂緣はこの暇な時間を如何するかと考えた。最近買ったゲームはクリアしてしまったし、神使も下界に散歩に行ってしまった。

 『まぁたまには休暇も必要よね』と年がら年中休暇を取っている(様に見える)樂緣は部下を思いやる寛大な心を見せた。

 ――仕方ない、暇を潰すか。

「白いのカモン!」

 大声で呼び出す。念のために言っておくが『白いの』とは先日雇った鬼、日影の事である。

 この呼びかけは直接本人へ届いている以外の効果は無く、強制的に呼び寄せたりはできない。が、しばらくすると普通にドアを開けて日影が入ってきた。どことなく目が眠そうである。

「樂緣、俺は白いのじゃない。水嶋◯ロだ」

「何言ってんのこいつ。あれ、黒いのは」

 妄言を横に流し、セットのイメージがある黒いの……つまり月向は? と樂緣が聞く。

 日影はこてん、と頭を傾けて不思議そうに樂緣を見た。

「お前ホワイトボード見てないのか。今日アレは県知事との会食で不在。(とどろき)も現地調査で八王子に行った」

 会議室に置かれているボードを指差す。そんなものあったなと樂緣は目を向けた。確かに書かれていた。

「何やってんのあの黒いのは」

 不真面目な月向に対する呆れを見せつつも、日影に向き直る。

「まぁいいや、ちょっと付き合って」

「面倒くさいけどいいよ。何をするつもりだ」

 意外にも乗ってくれた日影に驚きつつ、樂緣は手に取った書類を渡す。

「……新人の獲得? まだ雇うのか」

「だって今居るメンバー仕事遅いんだもん。こう、礼儀正しくて謙虚で強いのが欲しい」

 『欲しい人材リスト』と表題に書かれたそれには、樂緣の言った通りのことが書いてある。タイトルと概要2行、内容など無いに等しい。これを見た日影は一言

「黒いのがそれだと思うんだけど」

 と、また首を傾げた。

「節穴か? アレの何処が礼儀正しいのよ」

「それはお前が舐められてるからだぜ。で、こんなふざけた話するために私を呼んだわけじゃないだろうな」

 すぐさま否定が帰って来たが適当に流す。それより呼ばれた理由の方が大切だった。相方を褒める為に来たのでは無い。が、そもそも樂緣に理由などなかった。わざとらしく肩を落とす。

「ちぇっ、いや暇だから何かしようと思って。たまの休暇も有ると使い方が分からなくてねー」

「それは大変だな。それこそアレが居たらお前と遊んでくれたろうに。タイミングが悪い」

 樂緣で遊ぶ、の間違いではないか。言いながらそんな事が頭に過ったが言われた本人は感心している様なので日影は何も続けなかった。

 目の前の神擬きが暇を持て余している以上に日影も今日は暇だった。相棒から大事な商談だから絶対に城から出るなと念を押され(邪魔者扱いというわけだ、と納得した)まぁたまには良いかと部屋でぼんやりしていたのが呼ばれるまでの日影だ。そして暇潰しを思いついた。

「うどんでも作るか」

「は?」

 名案、とばかりに手を軽く叩きそのリアクションとは裏腹に一切声のトーンを変えない。あまりにも唐突、あまりにも不可解、樂緣は変なものを見たかのような反応をした。

「夕飯はうどん、こういうのが一番時間が潰せる」

「え、休みの日にそんなことしたく無いんだけど」

 なんでうどん? などと言う疑問より先に『肉体労働なんてやりたくない!』が勝ったのは流石の樂緣だろう。脈絡のないうどんに関しては、肖れるならいいやくらいの軽さである。

 樂緣の返答は凡そ予測通りだったのか日影は頷く。

「そうか。じゃ、俺は厨房を借りるからヨロシク」

 会議室を出て行った日影をなんとなく見送る。部屋から左手側、厨房のある方へと歩いて行った。

「本当にやる気かよ」


「暇ーー!」

 両手を机に投げ出し叫ぶ。日影が厨房に篭ってしまった為、樂緣はまた暇になっていた。仕事をしろよ、と思うかもしれないが彼女は無駄なことはしない主義なのだ。雑魚の相手よりボスを叩く、逐一相手にするなんて無理無駄無意味の極み。

 樂緣は仕事をしないのではない、見合った仕事が無いだけなのだ。本当は下界の民を救いたくて仕方がない、と彼女は言う。本当だろうか。

 樂緣は椅子をくるくると回し始めて暇を潰した。十秒もった。

 そんな時、タイミングよく扉が叩かれた。無作法だなと思いつつも寛大な彼女は返事をした。

「はいどうぞー」

「はいどうもー、あいうぉんちゅー、総大将月向のお帰りだ」

 樂緣の言葉に乗るかのように脱力した声で返し、月向は会議室の床を踏む。スーツベストを着、普段の四つ目を隠した姿はさながら人。ただそのボリュームのある髪が何処か浮いている、気がした。

 しかしそこで樂緣はふと思い出す。

「お前今日会食だって書いてあった筈じゃ」

「ほぉ、ちゃんとホワイトボードを見ているとは偉いな。それとも日影に言われたのか。朝から行ってランチで終わり、書いてあるだろ十四時迄って」

 言われてみて見れば確かに八時半から十四時の記載がある。

 樂緣は「そんな細かいところ知らないんだけど」と返しつつ、そういえば昼に目が覚めたんだっけと思い出した。休日に朝早くから起きるわけがない、これ常識だから。

 そんな樂緣に呆れた目を向けつつも彼はしっかりとした作りの箱を差し出した。

「まぁいい、土産だ施してやる」

「上から目線でムカつくな、だが土産を用意するとかわかってるじゃん」

 差し出された箱を手に取り、机の上へと持っていく。美味いものかな、と期待しながら意外にも丁寧にテープを剥がし始めた。

「礼の言えない育ちの悪い上司だこと……おい、日影!」

 樂緣の態度になんとなく事実を述べ、月向は相方を呼びつける。にゅ、と月向の首から腕が生えた。

「え、なにそれきもい」

「日影、横着せずに普通にこっちに来い。服が汚れる」

 にゅ、と腕が引っ込む。

 そして暫くすると厨房からエプロン姿の日影が戻ってきた。エプロンなんて持ってるのか、と料理しない歴云百年の樂緣が感想を抱いたがそれ以上に気にするべきは、全体的に白くなっている事だろう。

「粉凄いなお前。何してたんだ、チョークでも砕いてたのか」

「うん、お前のには練り込んでおいたから安心してくれ」

 手に持っていたフォークと小皿をテーブルに置き、日影は無表情にサムズアップした。

「そうか、とりあえずお茶にしよう」

 流れるように妙な応対を終わらせ、月向は樂緣が持って行った箱を取り上げた。

 共有スペースのテーブルへと箱を置き開封した。買ってきたのはオーソドックスなショートケーキ、チーズタルト、モンブラン、ガトーショコラにシュークリーム。人数分別種類で買ってきた。樂緣は我先にとショートケーキを奪う。

「神使は余ったので良いと思うよ。雷は知らん」

「俺はどれでも良い、どれも美味しいから」

「樂緣は少し遠慮を覚えた方がいい。轟雷はシュークリームが良いらしいし、お前が選ばないならモンブランを貰う」

 選んだものを小皿に取り、月向が箱を日影の方に向ける。残ったのはガトーショコラとチーズタルトだ。

「……どうしよう」

 少し困ったように日影が言う。変な所で気を使う性質なのかどれを残すかで悩むのだ。どちらかがより好き、であれば彼も悩まなかったが彼はそこまで甘い物に興味がない。

「じゃあガトーショコラを神使にあげよ。チョコは食べれる筈だし」

 早く進めたい樂緣はそう言ってチーズタルトを日影の前に置く。今いない2人の分は月向が冷蔵庫へと入れられ、改めて食べることとした。(樂緣はすでに少し食べ始めていたが)

「それで、お前は何をしてたんだ。帰ってきた時暇だって聞こえたが」

 ケーキを食べながら当然の疑問を声に出す。

「今日は休暇だよ。たまの休息の取り方がわからないんだって」

「……ん?」

 月向は何か聞き間違えた気がした。

「なぁ月向、到骨の話は聞けたか。香川とかで出てたら行きたいんだけど」

 その違和感を払拭する様に今度は日影から声がかけられる。完全に到骨はおまけな言い方だ。しかし月向は僅かに首を振りそれを否定する。

「悪いが今日はそっちじゃない。甲州の方に妙な団体が出来たとか、長野の方で町一つが凍ったとかそんな話は聞いたが」

 西の方へは今日出向いていない。ただ噂程度にはそんな話を聞いた。会食のメインは次のイベントの打ち合わせだ、到骨の話という名の噂話なんて世間話程度にしかしない。

「前者は触れて良い話題じゃない気がするんだけど。えー、じゃあ次の出撃は長野かな〜あんな何もないところで一体何をしてるんだ奴らは」

「信玄餅があるだろ」

「日影、それ違う」

 ぱき、と残しておいたタルトの生地を噛み砕きもごもごと口を動かす。そうか、長野はほうとうだ。と思い出した。

 そんな彼らの傍で樂緣は何となく達成感を得ていた。新情報が出る、新たな任務を出すことができる、実際やったことなどショートケーキを食べた事だけだが良い進展だ。

 食べ終え、手を合わせる。皿の片付けは持ってきた日影が行い、そのまま厨房へと消えていった。今夜は確実にうどんである。月向もそれについて行くために部屋を出た。

 残された樂緣はふと

「氷ってことは炎が必要じゃない? でも居ないんだよな……雷でいっか」

 頭によぎる最近クリアしたゲームの属性相性。氷には炎が有効だと相場は決まっている。だが残念なことに炎は居ないので雷をぶつけよう! と単純に考えた。この自称神、それに当てはまらない属性が出たらどうするのだろうか。

 そうと決まれば轟雷が帰還するのを待つしかない。少なくとも彼女の中ではそうなのだ。

「うーん、今日もよく働いたわ。偉いな私」

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