第1話『神様が助けるとは言ってない』
初投稿です。
使い方が分かってないので間違ってたら直します。
「樂緣様、起きてください」
清々しい程によく晴れた今日。樂緣の部下である神使は眠り吹ける上司を起こそうと声をかける。
声を掛けられた主は身動ぎ一つ、譫言を溢し重たげに身体を起こした。桃色の髪が揺れ、快晴の空色の目が神使を視界に入れ、そして細められる。
「引っ越しで疲れてるのに……この可愛い寝顔を見たいと思わないの?」
「寝言は寝て言ってください。仕事ですよ。いい加減にしてください。ほら愚かな人間どもから投書も来てますよ。私の娘が帰ってきません、どうか神様娘を連れ戻してくださいってね」
樂緣の言葉を聞く意思も持たず、神使は諭す様に言葉を返した。
手に持っていた三つ折りの紙を開き、読む気もなさそうな目の前の人物に要約して伝える。それでも尚、納得する気はない様だった。
「なんで私が行くんだよ、こう言うのは部下の仕事でしょ」
当然、とでも言うかのように樂緣は言い切る。
「何言ってるんですか。これは樂緣様が頼まれた仕事ですよ。そもそもなんで上もコレを派遣したんだか」
「そりゃ樂緣さんは成績優秀だから当たり前だろ」
どの口がそれを言うのか、神使は言葉を飲み込んだ。仮に成績が良かったとしても態度は最低だろうにと。上が無能なのか、目の前の人物が上っ面が良かったのか。何方にせよ録でも無いとだけ思いながら神使はため息を吐いた。
「煩い。……まぁそんな事だろうと思って助っ人に頼んであります」
「流石神使。有能な部下を持てて嬉しいよ」
「私は悲しいですけど。入ってきてください」
その言葉と共に引き戸が滑りの良い音を立てて開く。そして部屋へと入ってきたのは2人の男だった。
「はじめまして、轟雷と言います。趣味はパ……賭け事です、御社に採用してくださってありがとうございます」
金色のふわりとした髪を揺らし、轟雷と名乗った男はお辞儀をする。にこっと笑うのも忘れずに。
「呰坤です。報道部への採用となりました」
対して呰坤と言う男は淡々と名乗る。どちらも真面目そうな奴だ、と樂緣は思ったがそれ以上になんだか弱そうだと感じた。そして若干言動が怪しいと。前者は面接に来た学生気分で後者はよくわからない部署への採用。採用したのは隣の神使しかいないのだが不安しか無かった。
「なんだこの変な奴ら。神使もっと仕事出来そうなの雇えよ」
「樂緣様よりかは使えるので黙ってもらって良いですか。それではお二人には此方の投書の対応をしていただきます」
聞く耳持たぬと上司をすっぱり切り、神使は手に持っていた三つ折りの投書を轟雷へ渡した。それを開き、呰坤へと回す。
「聞き込みは此方で行えばよろしいですか。それでこの轟雷さんと組めば」
「はい、お二人でお願いします。手段はお好きにどうぞ。犯人は話が聞けそうなら聞き出して好きにしてください。無理ならそれも好きで大丈夫です」
雑の極みである。流石に酷いのではないだろうか、と轟雷は顔に出さずに思う。
そんなことは知らんと神使は「出口はあちらです」と指差した。なんと交通費は出ない、自分の足で向かえとの事だった。
転送術くらい持っていないのか? 神使以外の3名は思った。そう思うならその上司がやれとも思うが、樂緣はそんなことを思いつかない為無意味である。
仕方ないと、雇われた2人は部屋を出ていく。投書に書かれた場所は此処から山を二つ越えた町だ、今から走っても着くのに三日はかかる。
「さて樂緣様、長らく寝ていられましたけどやる事は覚えていますよね?」
「下界の下々を助けるんだろ。到骨とか言う変な奴らが人を襲っているから根元から断つ様にって」
樂緣がふふんと得意げに話す。呆れた様に見る神使だったがまぁ、間違いではないと否定するのはやめた。
到骨、それはかれこれ100年近く前から勢いを増し始めた屍人の事だ。見た目はほぼ人と変わらないが人間らしい意思を見せず、会話は見込めない存在。体の何処かしらが輝石へと変化しており一般的な人間よりも強い力を持つ。そして何より、生者の生命力を奪って存在し続ける性質があると言う。
樂緣の前任はこの到骨の親玉的存在にあと一歩まで近づく事ができた。が、あえなく敗北。
樂緣と違い単独で調べていた前任からは大した引き継ぎもなく、結局ほぼ白紙へと戻った。もっぱら無能だと評価されている。
かくして引き継ぎとなった樂緣は到骨を根元から滅ぼさなくてはならない……なのだがこの者、我が身が可愛いあまりにやる気がなかった。いや、やる気はある。だが動くのが億劫なのだ、そも神が自ら動くとは何事か。そんなものは部下にやらせればいい。それが彼の考えだ。
「先程の二名は樂緣様が寝ている間に採用しました。チラシを貼った効果ですね」
ぴらり、とそのチラシを手元に寄せる神使。『アットホームな職場です。人間社会の闇に切り込む勇気ある方募集!! 日当1万円から(※+出来高で前後)』とカラフルな文字が書かれている。
「報道部への採用ってなに? というか何勝手に採用してるの? 私上司なのにしらないんだけど」
「言ってないですからね。報道部と言うのは情報を伝える部ですよ樂緣様」
そう言うことじゃなくて! とツッコミを入れたがどこ吹く風。とりあえず結果報告を待つしかないのだ。もう一眠りしようと目を閉じる。
「何寝ようとしてるんですか? 呰坤さんに持たせたカメラで中継が来るようにしてあります。仕事しないならせめて見守ってください」
「中継する余裕があるんだ」
てっきり戦うのかと思ってた。と樂緣が思う傍らで神使が何処からかリモコンを取り出し操作する。
天井からそこそこ大きなモニターが下がり(薄型である)樂緣の真正面で止まった。画面はまだ暗い。
「中継の呰坤さーん。応答できますかー!」
「何に向かって呼び掛けてんの?」
しばらくするとモニターに何か映った。斜め前を歩く轟雷と山の中らしき風景だ。
『はい、こちら現場の呰坤です。今、私たちは失踪事件があったと言う村へ来ています。長閑そうな村ですね、あ! あそこに見えるのはお団子屋さんでしょうか、行ってみましょう!』
カメラに顔を写しながら村を写していく呰坤。あれのどこが調査なのだろう、と樂緣は怪訝な顔をする。いやこんな意味のわからない実況いる? 変なところで常識人である樂緣は既に先行きは暗いと思った。『仮に遺族がこれを見たら私の信仰終わるじゃん』と。だが考えてみたらアレはただの捨て駒、私の名前も掲げて無いし被害はないか、と前向きに考えることにした。
『どうやら轟雷さんが何かを発見した様です。これは……子供の靴ですね、こんな森の中にあるのは不思議です』
「早く犯人見つけて倒してくれよ。と言うかダイジェストに編集してくんない? リアルタイムで見るのやなんだけど」
既に飽き始めた樂緣がヤジを飛ばす。神使の手前席を立つ事ができないが目の前のモニターには目を向けていない。素人の現場実況、ギャグのひとつもなし、他人のホームビデオ以下の興味しかない。しかもリアルタイム、流石に樂緣もわかる。事件解決が3分とかでは終わらないことを。
「神使ちゃん、後でまとめといて」
「は? 何いってるんですか態々モニターまでつけたのに。部下の頑張りを見届けるのも上司の役目ですよ」
「私役員の様な物だから。一番偉いから」
「この無能の天下り。じゃあ現地行け、ほらそこから飛び降りればすぐですから」
外を指差して神使は言う。ほぼ全面が窓の、ひらけた部屋。城の中でも最上部に位置する部屋だ、落ちればひとたまりもないだろう。
「やだよ! 死にたくないよ! お前アレだからな、殺人! これ殺人になるからな!」
「人じゃないじゃないですか。しっかりしてくださいよ」
喚き立てる樂緣に迫り来る神使。その目は本気だった、いや声からして最初から冗談など言っていないが。もはや誰もモニターなど見ていない、それでも映像は続く。
「呰坤さん、ここ、何か居る」
依頼主がはしゃいでいる頃、轟雷は何かを突き止めていた。
最初に見つけた靴は村から少し離れた所、草が茂る中に落ちていた。ならこっちに居るだろうと言う希望的観測で掻き分けてきた。もっとも、呰坤に関しては子供はもう死んでいるだろうと考えて居たが。
「到骨が人を攫うだけで生かしておく事はあるのか? 獣の様なものだと聞いた事があるけど……あ、バチッといきます」
轟雷が立ち止まり、金剛杵を前に構えながら疑問を口にする。持つ手に力を込める様に集中し、パチっと静電気が弾ける音ともに一瞬光る。
「さぁ。冬眠前のリスみたいに蓄える事はあるかも知らないし、熊みたいに食べる可能性もあるでしょうね」
非伝導体質故に何も気にせず呰坤は続け、轟雷が歩き出した方へとまたついていく。
今のは轟雷を中心に静電気の膜を広げ、生物への距離形を測る技らしい。その様なことを続けながら二人は歩き、冒頭の台詞にたどり着いた。
辿り着いた場所は廃屋だった。人の気配こそないが崩れてはいない為まぁまぁ良い状態だ。
これまたベタだ、と呰坤はあたりを見回した。目につくのは錆びた斧と傷跡のある切り株、元は木こり小屋か何かだったのだろうと関係ない推測を立てる。
「ごめんくださーい」
轟雷が一応声をかけてから扉を剥がす。警戒しながら侵入すると、そこには子供が倒れていた。それも二人。
てっきり一人だけかと思ってた、と轟雷の呟きを横目に室内を見渡す。釜戸があるくらいで怪しいものは何も無い。
「当人はいない様ですか、なら」
連れ帰りましょうと続ける前に轟雷が押しのける。キンッと金属同士の擦れる音とともに金剛杵が刀を防いだ。いつのまにか到骨が迫って居たらしい。
防いだ刀越しに電圧を上げ一度怯ませ入口から体をそらす。相対するのは腕先から赤い鉱石が浮いている到骨、女型だ。
呰坤はそっと屋内へと隠れ、子供を持ち去れる様に準備する。
「やっぱり居るよな、戦うの苦手なのに!」
地面を蹴りくるりと宙に舞い金剛杵を弓に見立てて射る。鋭い閃光が弾け、到骨が一瞬怯んだ。その隙に呰坤は子供を連れて走り、それを背にする様に轟雷は再度構える。
呻き声を上げながら斬りかかってくるそれを横へ飛びながら躱す。太刀筋などあったものでは無い、見た目こそ人に見えるがやはり獣に近いのか。――この見た目が人なのがどうにも手を出しにくくて苦手だ、と轟雷は思う。もっとも、彼は戦う事自体が得意では無いのだが。
呰坤の気配がなくなったことを確認し、金剛杵を空に向ける。
「少し熱いかもしれないが、許してくれよ」
バチと火花が疾る瞬間、大きく叩きつける様な轟音と共に落雷する。勿論、敵の上にだ。
枯葉を巻き込みながら火が上がり、その身体を溶かしていく。自然の雷でも火事は起こるのだ、人為的な物ならば尚更の事。バラバラと石が零れ落ち、人の形を捨てた。火が消え完全に停止したことを轟雷は確認し、赤い鉱石を拾い上げ指で砕く。これで多分依頼は解決するだろう、呰坤が道に迷っていないことを祈りながら轟雷も来た道を戻ることにした。
「ご苦労様でしたお二人とも。お陰で無事娘と再会できましたとの報告が入っています」
帰還した2人を待っていたのは神使だった。あの後村の入り口に子供を置き、姿が見られる前に帰った二人だがちゃんと神様のおかげ扱いになった様だ。手柄は樂緣行きである。
「それは良かったです。あれ、樂緣様はどちらに」
そんな事は気にせずに、ただ樂緣がいない事に気がついた。呰坤はそこに関してはどうでも良さそうで、結局最後は撮影できなかったと報道部としての在り方を考えていた。とんでもない事である。
「樂緣様なら……」
出入り口の扉に目を向ける神使、釣られて二人もそっちを見る。狙ったかの様に勢いよく扉が開き肩で息をしながら樂緣が入ってきた。
樂緣はそのまま神使へと歩を詰めやや眉を吊り上げる。
「神使!! お前本当に許さんからな! 頭から落ちて死ぬかと思った」
実のところ結局樂緣は落ちた。ベランダの柵は低いのだ、少しバランスを崩し真っ逆さまと言う事件が裏で起きていた。当然、神使が押したのだが。
「遅かったですね樂緣様、お礼のお供え饅頭はもうありませんよ」
『うわぁ! 私の饅頭!!』と哀れな声をだして崩れる樂緣を横目に轟雷は思った。この二人は本当に仲がいいのだなぁと、あわよくば巻き込まれたくは無いと。