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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある元王太子の独白

作者: キリン


とある国の王太子が廃嫡された。

平民の女を愛し、婚約していた令嬢との婚約を破棄したからだ。さらに、他国と通じていた平民の女に情報を流したとして罪に問われた。婚約者だった憐れな令嬢は、新たに王太子となった第二王子と婚約を結び直したという。


言葉として書き出してしまえばこれだけだ。自分に起きた出来事、そしてこれからの自分の人生は歴史に刻まれる価値もない。



♢ ♢ ♢



王太子であった僕は現在城の一室に軟禁されている。王族ゆえに殺されることはないだろうが、今後表に出ることはないのだろう。豊富な魔力であったり、血筋であったり、そういったものが僕を殺さないでいてくれる。それが良いのかどうかは判別がつかなかった。


義務的に運ばれてくる食事に手をつけるのも面倒になって来た頃、ついに城から出される、という日に訪問者が来た。婚約者であったソフィレシアだ。


彼女はひどく思い詰めた顔をして、緊張して、青ざめていた。座るように促せばしばらく言い淀んだ後口を開いた。


「何故、婚約破棄などしたのです?私と結婚しなければ貴方は王になれない。知らなかったのですか?……いいえ、知っていても、それほど私が嫌でしたか?」

「…………ねぇ、ソフィ。君は僕の好きなことを知っている?」

「え?え、えぇ……乗馬でしょう?」

「そう、僕は馬が好きだよ。……では、君は?」

「私……?」

「僕はね、君の好きなことも、興味のあることも、恐れていることも、嫌なことも、何も知らない。ソフィレシア公爵令嬢のことを何も知らない。君いつも笑っていたね。君はいつも大人びていたね。君はいつだって完璧で、素晴らしい人物で、欠点なんて一つもない、お手本のような淑女だった。あぁ、いや、誤解しないで欲しいのだけど、僕は君に完璧でいて欲しくなかったなんて言わないよ。だってその姿は努力の賜物だろう?だからこれはただ、僕の醜い嫉妬であり憎悪であり恐怖であり弱さなんだ。君の姿は正しい。だって、完璧な淑女なんて王の隣に相応しいじゃないか」

「そんな……では、私はどうすれば良かったのですか」

「……ごめんね。あぁ、ほんと、言うつもりじゃなかったんだ。これは僕の勝手な我儘で、見たくもない醜さで、誰よりも傲慢なところだから……駄目だな。僕は王に向いていないよ、誰よりも」

「では、では、無駄だったのですか?私が貴方に相応しくなろうとしてきた努力は無駄だったのですか?必要なかったですか?押し付けがましかったですか?もし、私がこうでなければ、貴方はもっと幸せでいられましたか?」

「どう、だろうね。……そうだったのかもね。ごめんねソフィレシア。最後に君と話せて良かった。もう僕のことを覚えている必要はない。アレクと幸せにおなり。あの子は僕よりも王に向いているから」

「……なん、で……う、ぁっ」

「おやすみ。どうか、良い夢を」


最後に伸ばされた手は届かない。魔術で深い眠りに落ちたソフィレシアは美しかった。


眠る彼女を抱いて部屋を出る。外で待機していた異母弟のアレク──新しい王太子だ──はハッと身を起こし、警戒するようにソフィレシアを奪い取った。アレクとソフィレシアは幼少期から会っており、互いに淡い恋心を抱いていたとお喋りな侍女が話していた。もしそれが本当ならば僕はひどい邪魔者だった。


「何もする気はないよ」

「さて、どうだか。ソフィには悪いですが、兄上──貴方は未だ王族だ。枷をつけさせてもらう」

「分かった」


そうして手を差し出してもアレクも周りの兵も動かない。それどころかどこか驚いたような顔をして僕を見つめた。


「つけなくて良いのかい?」

「……っ、早く枷を」


つけられた枷は重くてひどく邪魔だ。両手を塞がれ、唯一の長所である魔術も使えない。心細さが今更ながらに這い上がって来るが当然だろうと自分の奥底に閉じ込める。


「……貴方はこれから西の砦に送られます。そこで罪を償い、この国の為に……」

「西の砦?」

「はい。ロシェルド将軍の希望です」

「そうか……そうか。あの人が、ね」

「何か?」

「いいや。当然だと思っただけさ」


ロシェルド将軍がこの身を望んでいるという。思い出すのは、3年前まで彼に剣の稽古をつけられていた頃の記憶だ。実戦的な剣術、厳しい指導。元から身体を動かすことが苦手な僕には大分辛い時間だった……違う、一番恐ろしかったのは。


『いけませんな、殿下。そのように誘惑されては』

『ひ、っ……!やめ、』

『ああ、手が滑ってしまいました』

『ぐっ、う゛あ゛ぁっ!』


鞭が宙を切る鋭い音。服を脱がされ、ただ痛みに疼くまることしかできない僕はとてもじゃないが王族に見えなかっただろう。

彼は嗜虐的な性癖の持ち主で、僕を傷つけ甚振ることが好きだった。稽古で体力を奪い、言葉で精神を甚振り、抵抗した時は鞭で叩く。自分より高い身分の者を屈服させることに快感を見出していたのだろう。あの時はまだ王族への指導という建前があったけれど、今会えばどうなるかは分からない。


アレクは知っていたのだろうか。当時の侍女に聞けばその辺の事情はペラペラ話してくれるだろうから知っていてもおかしくはない。だが、知っていても知らなくても僕が受ける罰としては相応しいと思ったに違いなかった。



沈黙のまま歩く。いつもなら憎まれ口を叩くアレクも流石に罪人には興味がないのかな、なんて考えていると、アレクはこちらを見ないまま独り言のように呟く。


「一応、兄上に悪気がなかったことは判明していますし、結果的に国に影響が無かったこともあります。ですが、王族でありながら平民に騙されていたその浅慮さは救いようがありませんね」

「うん……そうだね。僕は浅はかだった」


愚かな恋をしていた。いいや、あれを恋と呼べるのかは分からない。ただ僕は人の温もりを求めていて、彼女は権力の庇護を求めていた。彼女──リーナは、強かだった。僕が望む言葉を的確に差し出す代わりに王子の寵愛という特権を与えられていた。


『ふふ、殿下って可哀想なんですね』

『大丈夫です、私が貴方を愛してあげます。貴方が欲しいものを全てあげます。その代わりに、私を守ってくださいね』


寂しい人だったと、そう思う。愛を信じられなくなったリーナは愛を求める僕を嘲笑って、馬鹿にして、憐んでいた。僕は偽りの愛に縋るほど心身が限界で、彼女の言うことの真偽なんて区別していなかった。


『愛って利害だと思うんです。お金も権力も容姿も、自分にとっての利用価値が欠点を上回った時、人は人を愛するんですよ』

『確かに……そうかもしれないな。それなら、僕は人にとって利用価値がないから愛を知らなくても仕方ない。はは、そうであったら良い』

『んふふっ!大丈夫ですよぉ、私が殿下を愛してあげます。ほら、貴方は私にとって利用価値があるので』

『そうか。それなら、良かった』


歪な、愛とも呼べないような関係。リーナと身体を繋げることに抵抗はなかった。別に気持ち良いとも楽しいとも満たされるとも思わなかったけれど、リーナはそうしたことで安心するようだったから、そうした。

それがソフィレシアを傷つけていたのだろうか。将来夫となる男だったとしても、ソフィレシアにとって僕の価値は無かっただろうに。彼女が王妃になるから、僕が王になるだけなのに。

回想に耽っていれば、顔を歪めたアレクに問われる。


「……気にならないんですか?」

「何が?」

「あれだけあの女──リーナに入れ上げていたでしょう。何故あの女が他国と繋がっていただとか、現在どうしているのかだとか、そういったことは気にならないんですか?」

「あぁ、リーナ。理由は分かっているから別に」

「理由?」

「僕に利用価値が無くなった。だから僕を愛さなくなった。今は僕にとっても彼女の価値は無い、だから愛していない。それだけだろうね」

「は?何を言って……」


現在のリーナ。尋問を受けて悲惨な環境にいるのか、それともその辺の人間を誑かして悠々自適に暮らしているのか。どちらにせよ、今後関わることはないのだろう。それなら、僕は彼女を愛していない。愛されないならば愛を返す必要もない。

別に、前と何も変わらないのだ。リーナが現れてから確かに僕は愛を知ったけれど、いなくなったって僕に利用価値を見出す人はいない。愛されることはない。それが分かるまでに十八年かかった。王位継承の話まで巻き込んで、ようやく分かった。


特にアレクには迷惑をかけたと思う。優秀なアレクは僕さえいなければ順当に次期国王の座についていただろうに。少し早く生まれてしまったばっかりにソフィレシアと婚約し王太子となった。でも、それも本来あるべき形に戻った。自分勝手で傲慢でどうしようもなく弱い僕ではなく、自然と人を従えるアレクが王になるのなら。この国はきっと栄えるだろう。


「父上──陛下は、何も。兄上に対し特に何も仰いませんでした」

「そうだろうね。母上も同じだろう?あの人たちは僕に興味がないから」

「……はい」


王妃の腹から生まれた僕と第二妃から生まれたアレク。王は第二妃を愛し、その子供であるアレクを慈しんだけども、僕や母には何の関心もなかった。母も他に愛する人がいたのだろう、王や僕に興味を持つことはなかった。

親に関心を抱かれない子供は悲惨だ。侍女や騎士は僕に仕える気もないし、毒で倒れたことも何度もある。親の庇護下にない王子なんて格好の的でしかない。まあ特に心配されるとかそういったことは無かったけれど。


真っ当に愛されて育ったアレクはこういった王族の事情に対して顔を怒りで染める。別に僕は両親に今更何の期待もしていないのだけど、人はこれを憐れに思うらしかった。



そういえば、と先ほどソフィレシアにかけた眠りの魔術を思い出す。起きた後、彼女は僕の記憶が曖昧になっているはずだ。

そう伝えれば、アレクは言葉を失ったように立ち尽くした。


「ソフィレシアの記憶を?何故そんなことを!」

「その方がいいと思って。余計なことを言ってしまったし」


眠る前のソフィレシアを思い返す。僕のあの言葉は彼女の努力を否定するもので、決して口に出してはいけなかった。ここで堪えが効かないところが弱さだな、と自嘲する。言ってはいけないことに言ってから気づく自分の迂闊さにはため息が出た。

そもそもかけた魔術だって僕にまつわる記憶を曖昧に閉じ込めておくだけのものだし、ちょっとしたきっかけがあればすぐに解けてしまう。アレクの様子を見るに伝えない方が良かったかもしれない。



話している内に、僕を西の砦に連れていく馬車が着いたようだった。あと少しでこの城とも別れを告げる。生まれ育った場所に二度と戻ってこれないという予想は、きっと遠からず当たるだろう。


最後に、といつの間にか立ち止まっていたアレクを振り返る。


「兄上、貴方は……」


ひどく言いづらそうに、ソフィレシアを抱えたままアレクは僕を見た。開きかけた口は何の言葉も吐き出さないまま、ただ悪戯に時が過ぎていく。いたたまれない。何かを誤魔化すように言葉が口をついた。


「……僕は王族には向いていないし、アレクの方が王に相応しいと思うよ。ソフィレシアとも相性が良いだろうしね。兄としての威厳だとかそういうものは見せられなかったけどさ、まあ、その──頑張って、ね」

「………言われずとも。この国を豊かにしてみせます」


そう言ったアレクは、既に王の風格を宿していたと思う。僕はこれなら安心だ、と笑ってみせる。その笑みはきっと王族らしい、王太子らしい笑みになっていたと思う。ずっとずっとそうなるように努力していたから。そうであろうと自分に嘘をつき続けてきたから。その嘘も意味がなくなってしまったけれど、貼り付けてきた笑みだけはそう簡単には剥がれないはずだった。


「っ、兄上、」

「じゃあねアレク、元気で」


僕を乗せて馬車の扉が閉まる。疲れたな、と。ただそれだけ思って目を閉じた。


とある王太子の独白

「兄が西の砦に行った翌年、病死したという知らせが入った。病気なんてほとんどしない人だったというのに。暗殺だという噂も、砦での生活に耐えられなくなって自殺したという噂もあった。真偽は分からない。だが、その噂もすぐに消えていった。そして仮にも元王太子だというのに、誰も兄のことを話さなくなった。まるで誰も兄を覚えていないかのように。……思い出せないんだ、兄の名前を。絶対に知っているはずなのにどうしても分からない。はは、あの人は記憶にまつわる魔術が得意だったから。……これは罰なのですか、兄上」

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― 新着の感想 ―
not bad short story but i think its lack something. like a romance. but form the former crownprince …
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