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5. 初めての国王祭

広場からそれぞれの校舎まで、使い捨てていいのかと心配するほど、きらびやかな色や刺繍の入った織物で飾り付けがされ、木々には今晩だけの街灯がつけられている。

去年ハーヴェイ領で行った国王祭の話は聞いていたので、なんとなくイメージはしていたけれど。寄宿学校とはいえ、やはり首都ともなると規模が違うというか。

これが貴族かと、改めて思う。


「娘のエスコートで母校に来るなんて、なんだか感慨深いね」


馬車からエントランスに降り立ち、私の隣に並んだお父様が、口に出したまま感慨深そうに辺りを見回す。

体育館にしては大きいと思っていた建物は、今日を盛りとライトが焚きあげられていて、入口から覗く吹き抜けのホールには大きなシャンデリアがきらきらと輝き、今やどう見ても立派な舞踏会場だった。

「私たちの頃のことを思い出して、懐かしいですね」

そんなお父様に寄り添いながら、お母様がふふっと笑う。

相変わらず、私の中にあった貴族の結婚イメージを覆す仲の良さだ。

二人が昔のことをぽつぽつ話しているのを横目に、他の生徒たちが通り過ぎていくのをそれとなく眺める。


寄宿学校では毎年国王祭の夜に、寄宿学校主催で、生徒と保護者を含む学内全体参加の、立食形式の晩餐会が開かれることになっていた。

昼間は通常授業を受けて、夕方から各自で晩餐会の身支度や準備をする。

私と同じ今年の新入生から3年生までは、まだ社交界デビューができないので、学校指定の灰色のドレスやタキシードを着て、付き添いの家族や親族と参加するのが通例。

4年生だけは卒業前のイベント時に社交界デビューするので、予行演習として好きな相手を誘って、好きな格好で参加できるらしい。

3年生以下にとっては晩餐会になるけれど、4年生だけはダンスも可能なので、最終学年にとってのみ舞踏会としての参加になるのだとか。

実質ここで、卒業後に手を取る本命相手が決まるのではと思ったけれど、ケイト曰くあくまで寄宿学校の中だけらしいので、残念ながらその後には関係ない人も多いらしかった。

それでも3年後には、私も誰かが誘ってくれるといいのだけれど。


「イライザ、寒いのに待たせてすまないね。入ろうか」

促されてやっとホールに入ると、外の寒さなんてなかったかのような熱気で暑いくらいだった。

寄宿学校に子どもを入れる家の親族が勢揃いしているのだから、良くも悪くも今の社交界を反映しているのだろう。

いわゆる貴族社会として想像していた通りの、見栄の張り合いのような腹の探り合いのような、楽しそうにも聞こえる声が、そこかしこから聞こえてくる。

社会人を何年もやっていた私は、貴族でなくてもそういう人種がいることもわかっているから構わない。

ただ、イライザには、こんな大人は見せたくないというか。

こうはなって欲しくないなと、他人事のように思った。

――まあ、そもそも両親もあまり貴族社会に迎合したいタイプではなさそうなので、中身が私でなくてもイライザも嫌がるのかもしれないけれど。

せめて誰か知っている人はいないかと見回すけれど、人が多いし3年生まではみんな同じ服装なので、なかなか判別できない。

そうこうしていると、中に入るのに並んだこともあって、そろそろ開始時間になりそうだった。


「あら…もしかしてあの方、第一王子ではないかしら?」


ふいに小さく声を上げたお母様が、小声で話しかけてくる。

視線の先はホールの反対側にある階段の端で、柱の近くに小さなボックス席のようなものが見える。

そんなところまで見ていたのかと驚いたけれど、そこに立つあまりに王子然とした色に、あの方が王子なのだろうとすぐにわかった。

柱の影になって少し周囲が薄暗いせいか、天井から降り注ぐ光を全て集めたかのように輝く金髪が浮際立って、逆に目立ってしまっているようにさえ見える。

隣にいる青いドレスの女性に話しかけられたようで、振り向きざまに目があったように錯覚した。

「あの方が…」

イライザよりもずっと青みの強いブルーの瞳をしている上、遠目にも整った顔とわかって。

格好良いとかどうというよりも、こんなにわかりやすく王子という見た目の人がいるものなんだなと、妙に関心してしまう。

「まあ、覚えておいても、うちみたいな男爵家では、普段は拝謁することもない方だけどね」

お父様が自嘲混じりに言って、お母様に窘められる。

でも、確かにその通り。

第一王子は既に寄宿学校も卒業している年齢だったはずなので、こんな機会がなければ私が見ることも叶わない方だ。

せめて私の人生にとってマイナスになる為政者にはならないよう、遠くから祈っておこう。


心の中だけで礼をとって視線を外すと、さっきのお母様の声で王子に気付いた人がいたらしく、周囲でこそこそと噂話が聞こえてくる。

「本当にヒュー王子殿下なのかな」

「そんなわけないだろう、いくら寄宿学校主催といっても誰の息がかかっているかわからないんだぞ」

「でも隣にいるのは宰相の娘だろ、婚約者の付き添いに影武者が出てくるものか?」

なんだかこの国のイメージにそぐわない、物騒な話をしているような。

いや、でも王族なら影武者くらいいるものなんだろうか。

周辺国とは相互不可侵同盟を結んでいるので、基本的に内政に干渉されることはないはずだけれど。

「……が、前にも……」

「あれは……って、……もいないし…」

急に小さな声で話し出すので、核心のところで断片的にしか聞こえなくなって耳をそばだてる。


「そりゃあ、命には替えられないだろう」


用心というより常から狙われているかのような口調に、一瞬息が止まる。

確かにこの国は、中世的な世界観ではあるようだけれども。

そんな物騒な心配をしなければいけない国だとは、誰からも習っていなかったと思うのだけど。

意図せず俯いて口元にあてていた右手側の腕に触れられて顔を上げると、お母様が眉尻を下げながら微笑む。

「何か聞こえたとしても、あなたが心配することじゃないわ」

それはそうだわ。

いくらこの国の偉い人でも、私の人生に直接関わりがない方だってことは、さっきも聞いたもの。

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