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3. 入学前の会話

「それで。結局、他の人に記憶の話はするのか?」


庭の孔雀草が咲いたとか、さっきそこで鹿を見たとかいった他愛もない話が一息ついたところで、これが本題だと言うような視線を向けて聞かれる。

「それでって…急に核心をついてくるわね」

さっきまではお母様たちもいたから、話しにくい話題ではあったんだろうけれども。

「急じゃないだろ、もう来月なのに」

私にとっては唐突な話題転換だったけれど、セオにとっては今日の本題だったのだろう。


お母様の古くからのお友達であるウォルポール伯爵夫人が月に何度か連れてくるのが、同い年の息子のセオだった。

イライザとは赤ちゃんの頃からの仲で、いわゆる幼馴染というものなのだけれど、よく聞くようなお互いの子どもを結婚させたいといった願望は親同士にはないようなので、本当にただの友達なのだろうと、私は思っている。

半年前にイライザが事故で記憶喪失になってからも、ウォルポール伯爵夫人は私を元気づけようと、セオを連れてきてくれていた。

セオも、私の記憶がなくなったと知っても距離を置いたりせず、何かあれば力になると言ってくれて。

それから定期的に会って話しているので、もう今の私にとってはイライザの友達というよりも、この世界で初めてできた私の友達という感覚になっている。

明るい髪色が多いこちらでは珍しい、青みがかったクセの強い黒髪に、夜の始まりのような深い青紫の瞳で、なんとなく日本を思い出す色を持っていることも、心に馴染みやすいのかもしれない。


セオには歳の離れた妹がいるらしいけれど、まだ幼いこともあって混乱するといけないからと、私が記憶喪失になってからは連れてこないと聞いた。

私としては是非会ってみたいと思うのだけれど、仲良くしていた相手が自分のことを覚えていないという状況は、確かに幼い女の子からすれば混乱してしまうかもしれない。

イライザもセオもそろそろ年頃で、婚約者でもない男女二人が頻繁に会うのも憚られるということもあって、ここ何年かは三人で遊んでいたらしいので、残念ではある。

もう少し私が安定したと認められれば、会わせてもらえるのかもしれないけれど。

「うーん…そもそも私が昔から仲良くしてるのって、セオとルイーズくらいなのよね」

イライザのことを昔から知っていて、今の私とも会っている子どもは、今のところは二人だけだった。


「そういえば、そうか。逆に俺以外に誰かいれば、学校でもフォローしてもらえるんだけどな」


私もセオも来月には寄宿学校に入るので、最近は入学してからの話をよくしていた。

そもそも、寄宿学校は学年問わず6クラスに別れていて、貴族以外にも政府や軍の上層部、力のある商人や高名な学者の子息令嬢も入学できることになっている。

クラス分けは爵位に関わらず、各家の血統や社会的地位、血縁や政治的な関係性、そして学校への寄付金額などを考慮して、各クラスが平準化するよう振り分けるらしい。

クラスは卒業まで変わらず、学舎や寄宿舎もずっと同じで朝から晩まで一緒に過ごすことになる反面、別のクラスとは同じ敷地内でも離れているらしく、なかなか関わることがないらしいと聞いている。


セオと私のお母様たちは同じクラスだったそうだけれど、逆に私とセオは違うクラスになるんじゃないかと話していて。

別のクラスになったら、何かあってもすぐには助けてやれないからといって、セオは何かにつけ、今から色々と心配してくれていたのだった。

こういった話は今までも話題に上がっていたけれど、先のことはわからないし――もしかしたら、それまでにこの夢から覚めることもあるかもしれないしと、正直あまり深く考えていなかった私よりも、私のことを気にかけてくれている気さえする。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ」

生まれて13年間のセオとの付き合いを全く覚えていない私のために、優しいというか面倒見が良すぎないかと、謎の親心で逆に心配してしまうくらいだ。


「むしろ私のこと知らない人ばかりなんだから、これまでの記憶がないなんて、黙っていればわからないと思うのよね」


古くからある伯爵家の長男であるセオは、親戚付き合いも多いし知り合いも多い。

けれど、うちはそんなに親戚も多くはないし、未就学の女子が親戚筋以外の社交の場に出ることもあまりないこともあって、親しい友達なんて、セオ以外には一つ年下の従姉妹のルイーズくらいだ。

セオもルイーズも、記憶喪失のイライザをずっと気にかけてくれていて、私もわからないことは何でも二人に聞いてしまえるくらい、今では心を許している。

けれど、元々イライザを知らない相手にわざわざ記憶がないことを言っても、余計な壁を作ってしまうだけな気がする。

この半年、お母様や家庭教師の先生からある程度の教養は学んだし、もっと細かい話や身近な知識は、セオやルイーズが教えてくれた。

これまでの記憶がなかったとしても、普通に会話して問題ない程度のレベルにはいるんじゃないかと思うのだけど。


まだ足りないかな、と心配して上目に見つめると、セオはうーんと唸って少し考え込む。

「確かに。まだ急に無知なとこはあるけど、普通にしてればこれまでの記憶がないなんてわからないか」

ふうと息を吐くと、自分で納得するようにそう言って苦笑のように笑った。

「よかった、そうよね、変に悪目立ちするのも面倒だし…まだ完璧じゃないかもしれないけど、これが私ってことで、少しずつ勉強していくわ」

セオからすれば、まだまだなところはあるようだけれど、ひとまずの合格をもらって安堵する。

日本人的な想像でしかないけれど、常識知らずな貴族令嬢なんて珍しくないと思うし。それこそ学校で学んでいきながら、理想の令嬢を目指していくというのを、当面の目標にしようかしら。


「でも、もう来月なんて、あっという間ね」


笑いながら言ったけれど、なんだかしみじみ思う。

知らない世界に、知らない人々に、この半年間ずっと、なんとか慣れようと、毎日必死で生きてきた。

けれども振り返ると一瞬だったような気もして。もう半年も経ったんだなと思うし、まだ半年なのかとも思う。

「言ってる間に卒業しそうだな」

セオが茶化すように笑ったけれど、本当にそんな気もした。

大人になってから、子どもの頃はもっと一年が長く感じていたように思ったはずなのに。13歳の体とはいえ、中身が27歳だからなのか。

「本当に…折角この屋敷にも慣れたのに。卒業までは長期休暇しか帰ってこられないし、卒業したらすぐどこかに嫁ぐことになるだろうし…そう思うと寂しいわ」

両親にも屋敷にも、やっと我が家として慣れたのに。

これからもうこの家に帰ってくることも、こうして両親と過ごすことも数える程しかなくなるのかと思うと、 少ししんみりする。

生家でもないのに、こんな風に思ってしまうなんて。お父様もお母様も屋敷の使用人たちも、みんなが私に優しくてくれて、居心地良くいられたお陰だろう。


というか。

「そう考えたら、こうやって家でセオと話すのも、もうあと何回かもしれないのよね」

なんだかやけに感傷的な気分になって言ってしまったけれど、「始まる前から何言ってるんだ」と一笑に付される。

まあ、確かに。

今からそんなことを心配しても仕方ない。

それもそうねと肩を竦めると、けれども思いのほか深い夕闇色をした瞳と視線が交わった。


「これからだって変わらないだろ…イライザが望めば」

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