表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/45

2. 順応、あるいは現状把握

というわけで。

あの日から私は遠野(とおの) 依梨(えり)(27)から、不慮の事故で記憶喪失になってしまった、イライザ・ハーヴェイ(13)になった。


どうもイライザはあの日、道で足を取られて仰向けに転んで頭を打ってしまったらしい。

心から心配してくれていた両親には申し訳なかったけれど、頭を打って記憶が無くなってしまったという流れが、医者にしても一番手っ取り早い説明だった。

本当に何もかも記憶から抜け落ちてしまったことにしたので、知らないことやわからないことを聞く度に、周囲に不憫そうな辛そうな表情をされてしまい、初めは心苦しくなったのはたしか。

けれど、知ったかぶって取り繕う必要がない分、それはそれで気が楽な面もあった。


正直なところ、今でも自分がどうなってイライザになったのかはわからないし、依梨が今どうなっているのかも思い出せない。

トラックに轢かれた覚えもないし、過労死するほど働いていたわけでもないし、知らない間に誰かに殺されるほど恨まれていた認識もない。

だから、依梨が死んでいるのか生きているのか――これが流行りの異世界転生というものなのか、魂の入れ替わりとかいうものなのか、わかってはいない。

そもそもこういう異世界転生って、割と自分が知っている作品に行くものが多いと思うけれど、この国の名前も文化もイライザのことも私の記憶にはないものだから、この状況も含めて検討もつかないのが本音。

もちろん何がなんだかわからなくて驚いたし、遠野の両親や妹にも、友達にだって、もう会えないかもしれないと思うと、最初の頃は辛くて家族に隠れて泣いたりもした。

だけど、何日経っても朝起きると私は13歳のイライザだったし、それが続けば、そんなことを言っても仕方ないと思えるようになった。


私が依梨の最後の記憶を覚えていないことも、今となっては気休めになったと思う。

死んだ記憶がないなら、私は私で生きているかもしれない。

もしかしたら、入れ替わったイライザが依梨になっているかもしれないし、パラレルワールド的な感じで、依梨は依梨として、別の私がいるかもしれない。

私はここにいるけれど、家族や友達にとっての依梨は消えていないかもしれないと思えたら。

元の所に帰りたいと願って泣いているよりも、私は私でここに合わせていても許されるんじゃないかと思えた。

――好きな人とか恋人がいれば、あるいは日本でやり残したことでもあれば、また違ったのかもしれないけれど。


そんなわけで、ひとまず成り代わってしまったイライザだけれど。

彼女の性格は、良くも悪くも取り立てて特徴的なわけではないようで、そこは私が素でいてもあまり驚かれることもなかった。

面倒なことは面倒そうにするけれど言われたことはやって、好きなもののことは楽しそうに話して、悲しいお話には同情する――イライザはそんな、自分の感情に素直な普通の女の子だった。

使用人に対しても、すごく親身ではないにせよ労いの言葉はかけていたようだし。歳の近い従姉妹や幼馴染にも、心配して気遣ってもらえたり、思い出す手伝いをしたいと色々な出来事を教えてもらえるくらいには、親しくしていた。

大人になるに従って、いつの間にか周囲の空気や建前を気にして、自分の感情を表に出すことや意見を言うことを避けるようになった27歳の私にとって、周囲の話から彼女の子どもらしい素直さに触れることは、なんだかそれだけで眩しくて。

当面の順応は、自分に許してはいるけれど。

いつかイライザに返せるのなら、この体は返せた方が良いのだろうなと思うし。今の私がイライザである間は、彼女の人生を大事にしてあげようと思えた。



なにせ、イライザはまだ13歳なのだ。

まだまだ何でもできる年齢だし、さして不満もなかったけれど、特段やり切ったとも言えない私の人生を、もう一度丁寧にやり直すには、とても丁度良いように思える。

有難いことに、ハーヴェイ家は首都から馬車で数日かかる郊外に領地を持つとはいえ男爵家で、庶民よりは裕福な暮らしができている。

その上、イライザはまだ子どもらしい面影はあるけれど、あの日私を心配してくれていたお母様に似て、既に涼しげで気品のある美人の片鱗を見せている。

髪はお父様譲りの銀にも見える鋼色で、瞳は両親の色を足したような、明るく透明なターコイズブルー。

現代日本では、こういう考え方はしたくないけれど。

歴史や物語で見た中世のような今の私の環境から考えると、この容姿は男爵家の令嬢としては、非常に玉の輿的な将来性があると思う。


女性の社会進出はまだ微々たるもので、まだまだ家父長制が強いこの国では、未婚女性が生き抜くのはとても難しいように見える。

ここは私の知る地球上の国とは違うようだけれど、魔法や精霊、異種族抗争のあるような、一発逆転ファンタジーはないらしい。

残念ながら、私も料理や医薬の知識があるような専門職ではない普通の会社員だったので、手に職と考えるとしても、今から普通に学ぶしかないし。

この世界の慣習に慣れ親しんだ両親に、バックアップしてもらうというのも難しい。

こういうところを見ると、現代日本は良かったなと懐かしくなるけれど、それがこの国で生きるイライザなのだから、そこは受け入れるしかなかった。



それでも、一つだけ楽しみもある。

この国の貴族の子息令嬢は、13歳までは自宅で家庭教師をつけて教養を身に付けて、14歳からは親元を離れて寄宿学校で集団生活しながら、その後の進路を見据えて勉強することになっている。

男子の場合、卒業後は家を継ぐために領地経営を学んで戻ったり、体術や剣術を身に付けて軍に進んだり、官僚や学者を目指して大学に進学したり。

女子の場合は、卒業すれば即結婚の花嫁修業機関なのだろうけれど。それでも、寄宿学校にいる間だけは、家から離れて学べることも多いはず。


もちろん、共学制ということもあって、ここで見初められて玉の輿を狙うというミッションも与えられてはいる。

けれど、お母様からは、寄宿学校の間は何でもできるんだから、好きな人と好きにいればいいと、こっそり言われた。

今までは従姉妹や幼馴染くらいしか話し相手もいなかったから、友達だって作りたい。

それに、依梨は中高生の頃の恋愛は全くで、イライザも卒業後を自分で選ぶことが難しいなら、在学中だけでも楽しい恋愛とかしてみたいなと思う。


寄宿学校で勉強して、友情と恋に燃える。

知らない世界で、知らない国で、知らない人間として子ども時代から生きるなんて、怖いし不安だってある。

だけど、これこそ13歳になった甲斐というか、青春やり直しって感じがするでしょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ