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その聖女様は口が悪い【電子書籍化※注意】

作者: 関谷 れい

城下には、勇者、神官、聖女、魔術師、騎士を一目でも見ようと多くの人々が集まっており、熱気に包まれている。



城のテラスから、勇者であるこの国の第二王子が魔王討伐の履行宣言を行えば、街は巨大なスピーカーでもあるかのように喝采にわいた。



魔王討伐に貢献した勇者一行は、それを眼下に眺めながら微笑み、手を振り続ける。



「見て、勇者様の、何て凛々しい事!!第二王子様がいらっしゃるなら、この国も安泰ね!!」


「神官様も、何てクールな美しい方なのかしら……!!女性と間違えられても可笑しくない容姿よね!!」


「ほら見て、その神官様が聖女様に寄り添っていらっしゃるわ。聖女様は何て愛らしい……!!確かお二人は婚約者同士何ですって?美男美女で、とてもお似合いです事」


「あぁ、魔術師様も素敵……!!」


「騎士様だって雄々しくて……!!」



貴族も市民も、大盛り上がりだ。

これから城下の大通りでパレードが行われる予定で、一週間は城で夜通し祝賀会が開かれるらしい。



テラスから、袖……つまり城内に下がった勇者一行は、これから衣装直しをしてパレードにのぞむ。



《あー、早く終わらねーかな、この式典。アホらし。さっさと帰りてぇ……ユーチェが具合悪いって連絡あったのに、何でこんなところにいなきゃなんねーんだよ……くそ!!》



聖女(・・)は心の中で愚痴った。


彼女の腰に手を回していた神官は、彼女の心の声を聞いたかの様にくすりと笑う。





笑顔を振り撒くその聖女様は、かなり口が悪かった。




☆☆☆




事の発端は、一週間前の事。

「は?とーさん、かーさん、今何つった!?」

「あぁ、セレステ。どうか、姉さんの代わりに聖女として式典に出席して欲しいんだ」

「何で?シンシアねーさん、どうかしたのか?」

「……あまり口外出来ないのだが……どうやらシンシアが、魔王討伐直後に姿を眩ましたらしくて……」

「誘拐!?」

「いや……どうやら、立ち寄った街で出会った流れの吟遊詩人と恋に落ちたとかで……所謂、駆け落ち的な……?」

「駆け落ち的な、じゃねーだろが!!」


どうも、この両親はのんびり屋で困る。


「勇者一行にはバレてんのか?」

「あぁ。勇者の従者がこの手紙持ってきて、式典に聖女がいないと締まらないからなんとかしろって言ってきた」


両親が差し出した手紙を奪い取る。


そこには、要約すると

《魔王討伐したんだからもう自由よね?婚約者の神官が男色家だったなんて聞いてない!!第二王子は婚約者に首ったけで相手にしてくれないし、魔術師は好みじゃないし、騎士は堅物でつまんないし、やってられない。街で知りあった吟遊詩人は躰の相性も良くて最高だったから、私この人に着いてくわ~。》

という内容が書かれていた。



シンシアの、あまりに勝手な行動に、怒りで目が眩みそうになる。


「躰の相性が最高って……ねーさん、聖女なのに!?」

聖女は、処女でないとその能力が使えなくなる筈だ。


「非常に言いにくい事なのだが……その……どうやら、シンシアは聖女として一行に着いてはいったものの……力を使う事はなかったらしい」

「それはつまり……最初から処女じゃなかった可能性も……」

セレステの呟きに、父は泣きそうだ。



力を行使できないのでは、女性である姉は道中かなりのお荷物だっただろう。


「ステラねーさんは、何て……?」


長女のシンシアと、三女のセレステの間には、二女のステラがいる。


「話してない……」

両親が縮こまりながら暴露した。


二女のステラは酷く人見知りで、本当の意味で深窓のお嬢様。

箱入り娘で、緊張しやすく、非常に繊細だ。


「まぁ……ステラねーさんには荷が重すぎるか……」

セレステは、遠い目をして自らを納得させた。

無理矢理人前に出させようものなら、自殺未遂とか起こしそうだ。



「だから、セレステ。申し訳ないが、シンシアの代わりに、ディシュモンテ家と勇者一行の顔にこれ以上泥を塗らない為にも、どーか、どーか、どーか!!式典に参加して貰えないだろーか!?!?」

「……けどさぁ」

「背格好だけは似てるし!」

母が被せる。

「……けどさぁ」

「今まで、自由にさせてきただろう?」

父が泣き付く。

「……けど」

「お願いセレステ!一週間だけだから!!」

母がすがり付く。


たっぷり思考して。

今回だけは譲らない!と決めている両親を目の前にため息をついた。

「……わかったよ……」

「ありがとう!」

「流石セレステ!頼りになるわ!!」

両親は口々に喜んだが、最後の言葉はハモった。



「だけど、式典では一切しゃべらないように」




☆☆☆





両親に呼び出されたセレステは、早速家がわりにしている孤児院(・・・)に戻り、荷造りを始めた。

式典は、一週間後。

田舎にある両親の領地からは、三日はかかる道程だ。



「悪いんだけど、ちょっと用事が出来たから二週間くらい家空けるわ」

孤児院の院長に挨拶をすると、

「いつもありがとうございます、セレステ様。お気をつけて行ってらして下さい」

と丁寧に見送られた。


孤児院の子供達は、一緒に着いてこようとしたり、行かせまいとしてセレステを取り囲む。

そんな子供達を愛しく思いながら、セレステは「二週間したら帰ってくるから」と粘り強く説得し、全員にキスをしてから出発した。




この世界では、50年に一度、魔王が誕生して人間がその討伐にあたる。

昔から、魔王の討伐には勇者、神官、聖女、魔術師、騎士で編成されていた。

討伐はその時一番権力のある国が行うのが通例であり、ここ三百年程はセレステの国であるロッドクラフツが他国に譲っていなかった。


勇者は王家に、神官はアウツブルグ家に、そして聖女はディシュモンテ家にそれぞれその能力を持つ者が産まれる。

魔術師と騎士のみ血筋に関係なく、能力が抜きん出た者がそれにあたっている。


たまたま魔王討伐の時期にかぶった今の時代、ディシュモンテ家には三人の娘がおり、全員が聖女の能力を有していた。

セレステはディシュモンテ家の三女で能力もあったが、三人目という事で両親から愛情はうけたものの、自由に……というより放置気味の扱いだった。

セレステは、それを都合の良い事に好きなだけ市井に潜り込み、どんどん感化され、淑女どころかその言葉遣いたるや酷いものであった。


しかし己の能力を最終的に孤児達に使う事で自らの存在価値を見出だし、また貧しい者に味方し能力を行使するセレステは領民から愛された。


こうして両親がのんびりしているのも手伝って、「だいぶ口が悪いけど、人助けが生き甲斐な聖女様」は出来上がった。


聖女は血筋を絶やさないためにいずれ結婚し子を産むが、セレステは全くその気がなかった。

血筋は姉二人に任せ、自分はずっと処女のままでいようと考えていた。

聖女の能力を失いたくなかったのである。




☆☆☆





「勇者様、神官様、こちらがシンシア様の妹君であるセレステ様でございます」

二週間限定のセレステの従者が、勇者一行にセレステを紹介する。

両親が、シンシアのお付きをセレステに付けて、セレステには一切の会話をさせない様に言い含めていた。



セレステは、作り笑いを浮かべると、その場でペコリと頭を下げた。



「ふーん……シンシアの妹ねぇ……今度はまともだと良いのだがな」

勇者は馬鹿にした様な目付きをしながらセレステに言う。

勇者のみならず、勇者一行がセレステを見る視線は鋭くまた冷たい。


唯一、シンシアの婚約者だったと聞いている神官のみが、握手を求めてきた。


《シンシアねーさん……あんた、この人達に何したんだ……》


顔には笑顔を貼り付けたままげんなりしながら握手に応じると、神官は少し驚いた顔をした。


《あー、この人がねーさんの婚約者だった神官だっけ??何て名前だったっけかな~》


「イヴァンと申します。お呼び立てして申し訳ございません」


《いや、100%ねーさん悪いし。駆け落ちした婚約者の妹に握手してくれるなんて良い人なんだなぁ……あ、話せない事になってるんだっけ……謝れねーじゃん。どーしよ?……一先ず神妙な顔作っとく!?》


セレステ本人はごく真面目に神妙な顔を作ったつもりだったが、神官は何故か笑ってくれた。


「何だよ、挨拶もなしか?」

魔術師が言うと、お付きが弁明する前に神官がフォローした。

「セレステさんは確か話せないのでしたよね?」

「そうなのか?」

《神官さんグッジョブ!!》

両親は、神官には根回ししていたのかと少し驚きながらセレステはこくりと頷く。


「セレステさんはシンシアの事を心からお詫びしてますよ、皆さん」

更に、何故か神官に代弁して貰えた。

「そうなのか?……まぁ、イヴァンが言うならそうなんだろうな」

神官はどうやら勇者の信頼も厚いらしく、勇者のセレステを見る目が少し優しくなった。


《あー、本当に神官さん良い人でありがてーや。シンシアねーさんによると確か男が好きな……》


「セレステさん、長旅でお疲れでしょう?ご挨拶はこれくらいにして、お部屋にご案内しますね」

イヴァンはセレステの思考を遮って聞いてくる。

セレステは再びこくりと頷いた。

次いで、勇者一行に途中退席を詫びる意味でペコリと頭を下げる。


《……その前に、この手はいつ離してくれんだ?》


イヴァンは、セレステの手を優しく握って部屋へ先導してくれていた。

「この城は、小さな凹凸が多いですからね。転んでは危ないですから、私が手を引かせていただきますね」

前を向いたまま、タイミング良くイヴァンは説明する。


《そうなのか。やっぱり良い人だな。男色家らしいし、それなら全く心配いらねーな!》


セレステは警戒心をゼロにして、イヴァンとは仲良く出来そうだと笑顔で歩き続けた。

イヴァンがその時、口角をあげた事には気付かずに。




☆☆☆




「セレステさんは、お人形の様に愛らしいですね」

部屋に入っても、手は放されるどころか腰をひかれて困惑する。

両手でイヴァンの体を軽く押しながら、曖昧に笑って答えた。



《この人、すげー距離感ねーなぁ。女が嫌いって訳じゃねーんかな??》

疑問に感じたその時、窓の外で見慣れた鳥が旋回しているのに気付き、これ幸いと指差して窓に駆け寄る。


指で軽く輪を作り、口にあててピュイっと鳴らすと、その鳥はセレステの肩に舞い降りた。



《いて!!痛てて!!》

あて布をし忘れて肩に食い込んだ爪が痛い。

我慢しながら鳥の脚にくくりつけられた手紙を外す。

移動中も、毎日欠かさず孤児達と手紙のやり取りをしていたので、この旅の道中、4回目のやり取りである。


「フクロウですか……」


イヴァンが感心した様に見ていたが、手紙に目を通したセレステはそれどころではなかった。


手紙には、セレステが可愛がっているまだ3歳のユーチェが風邪をひいたと書いてあったのだ。



ハーチェイと言う名前のフクロウを専用の止まり木に移動させ、餌を与えているうちに急いで旅支度の中から紙とペンを取り出し、返事を書く。

書いた手紙を脚にくくりつけ、ポンポンと羽を軽く撫でた。


ハーチェイが疲れていれば休んでから行くし、疲れていなければそのまま孤児院に向かって飛んでいく。


ハーチェイは今回、休む事にした様だった。



「肩に傷が……今、医者を呼びましょう」


イヴァンがセレステに近付き、肩をそっと指先でなぞる。

ゾクッと背筋に何かが通ってやっと、イヴァンの存在をすっかり忘れていた事に気付いた。



《やっべえええーー!!!》



内心汗ダラダラかきながら、軽く首を振ってイヴァンの申し出を断った。


自分の片手を軽く添えて、力と念を籠めれば……傷はそう、消えていた。





☆☆☆





聖女の力は、癒し。

けれどもそれは、万能ではない。

少し……ほんの少しだけ、回復力を高めたり、痛みを和らげたりする様なもの。


それでも、あるのとないのでは大違いで……医者に掛かる余裕などない孤児院では、特に重宝された。


闇雲に、誰でも彼でも癒せば良いという訳ではない。

医師や薬師などの生活もあるからだ。


セレステは、病院に行くことの難しい、貧しい者達に限定してその能力をフル活用していた。



「……それが、聖女の力なのですか……」


イヴァンはまた感心した様に、セレステの肩に見入る。

見入るだけならまだ良いが、長く綺麗な指先が、先程と同じ様に傷があった筈の場所を撫でていた。


何となく居心地が悪く、さりげなく距離を保ちつつ

《……シンシアねーさん、やっぱり力使えなかったのか……》

と思った。



イヴァンはセレステの気持ちを知ってか知らずか、セレステが距離を保った分、詰めてくる。


《どーでもいーけど、この人すげー近いって!!》


「セレステさん、お食事はまだですよね?よろしければ、この部屋に運ばせましょうか?」


聞かれれば、お腹が空いてきた様な……気がする。

食事を始めるとなれば、この人も出て行ってくれるだろう。


こくり、とセレステが首を縦に振れば、イヴァンは綺麗に笑った。


「よろしければ、私もご一緒させて頂いてよろしいでしょうか」


因みに語尾は疑問系ではない。

セレステはひくりと顔をひきつらせながら、それでも拒否する事は憚られた。

何て言っても、シンシアの手酷い裏切りを受けた、元婚約者。


《後だしジャンケンのよーだ……》

と、心の中では思わず愚痴ってしまったが、拒むことは出来なかった。





☆☆☆





「勇者様、神官様、こちらがシンシア様の妹君であるセレステ様でございます」

従者が、イヴァン達に一人の美しい女性を紹介する。



《随分と、姉妹なのに印象が違うな……》


イヴァンの第一印象は、これだった。


イヴァン達と一緒に魔王討伐の旅に着いてきたシンシアは、イヴァンの苦手とする女らしい女だった。

妖艶とまではいかないが、男に媚びる女。品定めする女。


一方、たった今紹介されたセレステは、飾らない女、というのがぴったりな感じだ。

実直で、素直で、真っ直ぐな、誠実な……とにかくそんな言葉が似合う。

見た目は可愛らしいのに、そう感じた事が不思議だった。



セレステは、分かりやすい作り笑いを浮かべると、その場でペコリと頭を下げた。



「ふーん……シンシアの妹ねぇ……今度はまともだと良いのだがな」

勇者である第二王子が、馬鹿にした様な目付きをしながらセレステに言う。

勇者のみならず、魔術師も騎士も、セレステを見る目は鋭くまた冷たい。


思わず、イヴァンはセレステに近寄り、握手を求めた。

そんなイヴァンの態度に、セレステよりも他の三人が驚いたのが、気配でわかる。


《やはり、何か違う……あぁ、香りがしないのか》


普通の女性なら、必ず付けている香水やお香の類いの香りが一切しなかった。

あえて言うなら、草原の匂い。

大地を駆けずり回り、土や草や花と触れた後の様な匂いがする。


そして、それはイヴァンにとってとても好ましく感じた。



《シンシアねーさん……あんた、この人達に何したんだ……》

セレステと握手したイヴァンの手から、セレステの思考が流れ込んでくる。


《……え?今のは、彼女の心の声か!?》


《あー、この人がねーさんの婚約者だった神官だっけ??何て名前だったっけかな~》


セレステは笑顔を貼り付けたままだが、イヴァンは容姿と流れ込んできた言動のギャップに、思わず動揺してしまう。が、何とか持ち直して、セレステの困り事を解消する。


「イヴァンと申します。お呼び立てして申し訳ございません」


すると、今度はこんな思考が流れ込んできた。


《いや、100%ねーさん悪いし。駆け落ちした婚約者の妹に握手してくれるなんて良い人なんだなぁ……あ、話せない事になってるんだっけ……謝れねーじゃん。どーしよ?……一先ず神妙な顔作っとく!?》


どうやら、間違いないらしい。

ごく真面目に神妙な顔を作ったセレステに、思わずイヴァンは笑ってしまった。



つまり、この令嬢は口が悪い。

そして、それを隠す為に話す事が出来ない。

恐らく、両親に言い含められて来たのだろう。

これ以上ディシュモンテ家の心証を悪くするな、と。



そう理解した瞬間に魔術師が、

「何だよ、挨拶もなしか?」

と言ったので、ついイヴァンがフォローをしてしまった。

「セレステさんは確か話せないのでしたよね?」

再度、セレステを庇うイヴァンに三人が驚きながらも

「そうなのか?」

と聞いてきた。

それと同時に、《神官さんグッジョブ!!》というセレステの声も響いてくるものだから、イヴァンは笑いを堪えるのに必死だった。



「セレステさんはシンシアの事を心からお詫びしてますよ、皆さん」

三人に向かって、言った。

セレステを弁明するこの行為が、どういう意味を持つのか。

気付かない者達ではない。


この瞬間から、セレステはイヴァンのお気に入り認定されたのだ。



「そうなのか?……まぁ、イヴァンが言うならそうなんだろうな」

シンシアを毛嫌いしていた勇者も、少し優しくなった。


イヴァンが勇者に牽制しようとすると、

《あー、本当に神官さん良い人でありがてーや。シンシアねーさんによると確か男が好きな……》

と、セレステが心の中で呟いていた。


《……!!》


「セレステさん、長旅でお疲れでしょう?ご挨拶はこれくらいにして、お部屋にご案内しますね」

イヴァンは慌ててセレステの思考を遮る。

あっさりと思考を中断し、こくりと頷くセレステが可愛い。


決して自分からは女に近付かないイヴァンが、セレステと握手をしたままだった手を引いて、そのまま謁見の間を後にした。


イヴァンは、女嫌いなだけであって、男色家な訳ではない。

しかし、その噂は自分にとっては便利だったから、噂が広まる事をむしろ喜んでいた。


ところがまさか、こんな噂話に疎そうなセレステまで知っているとは。


さて、誤解されたまま距離を詰めるか、誤解を解いてから距離を詰めるか。

どちらが良いだろう?と考えたところで、セレステの思考が流れてきた。


《……この手はいつ離してくれんだ?》


手を離したら、セレステの心の声は聞こえなくなる。

手で触れた者の思考が読み取れる、という神官の能力を、どうやら聖女は知らないらしい。


「この城は、小さな凹凸が多いですからね。転んでは危ないですから、私が手を引かせていただきますね」


イヴァンはそう説明しながら、セレステの手を離さなかった。

初めて神官の能力に感謝し、自ら他人(ヒト)の心の声を聞きたいと思った。


《そうなのか。やっぱり良い人だな。男色家らしいし、それなら全く心配いらねーな!》


セレステは警戒心をゼロにして、イヴァンとは仲良く出来そうだと笑顔で歩き続ける。



イヴァンは、この聖女が欲しいと思い……どうやって絡め取ろうかと思案した。





☆☆☆





パレードはつつがなく終わり、その日の夕方から祝賀会が始まった。


パレード中も祝賀会も、イヴァンがエスコートをしてくれた為に、話す事を禁じられたセレステも特に困る事はなかった。


《しかし……この人、本当にえらく距離感ない人だなぁ》


最初はずっと腰に手を添えられる事に馴れず、それとなーく逃げよう逃げようとしたが、気持ちは伝わらなかったみたいで無駄だった。

せめて話せれば、「もーちょい離れてくれ」と言えたのに。


しかし、1日も終わる頃にはイヴァンの近さにも馴れてくる。


祝賀会では立ち並ぶご馳走を前にし、セレステの瞳が輝いた。

孤児院の子供達の喜ぶ顔が目に浮かぶ。


《あれとあれなら、日持ちするか?ハーチェイでも、運べる大きさの物をみつくろって……!!》


(イヴァン)の存在をすっかり忘れて、こっそり部屋に持ち帰ろうとルンルンしていると、目の前に綺麗な紙袋が差し出された。


「こちらのデザートなど、お部屋で楽しまれては如何ですか?」


《うをーー!!すげータイミング!!》


にっこり笑って、イヴァンから紙袋を受け取る。

感謝をこめて、両手でイヴァンの手を包んだ。


《イヴァンさんサンキュ!ユーチェも、これ食べたら少しは元気になるかもな♪》


嬉々として紙袋に詰めるセレステをイヴァンは優しく見守る。

そして、セレステが詰めたいものを詰めて満足したタイミングで再び話し掛けた。



「セレステさん、少しお話がしたいのですが……お休み前にお部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」


《?》


自分は話せない事になっているから、会話ではなく……何か今後の予定とか教えてくれるのか?とセレステは思い、コクリと頷いた。


この後、自分の運命が予定していたものと180度変わるとも知らずに……





☆☆☆





祝賀会から適当な時間に抜け、ゲットしたオヤツをハーチェイに括りつける。

ハーチェイがバサッとそのふわふわな羽を広げて窓の外へと出発したのを見送った後、セレステに用意された部屋のソファーで、二人は隣に並んで座った。



イヴァンの右手がセレステの右肩を、イヴァンの左手がセレステの膝の上にある両手を優しく包んでいるが、

《あいっかわらず近けーな》

男色家と信じ込んでいるセレステは、それがイヴァンの対人距離なのだと(間違って)理解していた。



「お話と言うのはですね、セレステさん」

《?》

「シンシアの代わりに、貴女に私の婚約者となって頂きたいのですが」


《……は??》


ストレートに、表情が出たのだろう。

イヴァンは続けた。


「私の噂はご存知ですよね?」

《男色ってやつか》

隠す事でもないかとセレステはコクリと頷く。


「私はアウツブルグ家の人間なので、誰かとの結婚は避けられない。しかし、女性が一般的に苦手なのです。婚約者であろうが妻だろうが女性と関係を持ちたい、とも思わない。そのため、体の関係を求めず近寄って来ない貴女は貴重で例外な存在なのです。

お聞きしたところ、セレステさんは聖女の力で領土内の孤児院などの生活向上に力を入れていらっしゃるとか。私なら、それをサポートする事が可能です。

私達は、結婚しても、お互いの利害が成り立つのではないでしょうか?」


セレステは、イヴァンの申し出をこう解釈した。

「私は誰かと結婚しなければならないが男色家なので、貴女と躰を繋げる気はない。更に、結婚しても処女のままなら貴女は領土の孤児院を守る事が出来るし、お互い良いんじゃないでしょうか?」と。



セレステはかつてない程、頭をフル回転させて結論を導き出そうとした。


イヴァンは元々、シンシアの婚約者。

シンシアは今、絶賛駆け落ち中。

いくらのんびりした両親と言えど、病的に他人が苦手で引きこもりのステラにだけ、結婚を強いるか。

答えは、否。


今回、シンシアの身代わりを自分にさせた事といい、むしろディシュモンテ家の血筋はセレステで補おうと考える方が自然だ。

従姉妹でも血筋は補えるが、直系という手前、いくらのんびり屋の両親でもセレステを放置したままに出来る筈がない。


イヴァンの話は、両親も喜ぶに違いない。

男色家のイヴァンは、セレステの方が都合が良いと言う。

セレステも、結婚しても処女のままで良いなら何の問題もない。



《えっちなし新婚生活……!!何てラッキー!!!!》


セレステは考えた末に……首を縦に振ってしまった。


イヴァンの申し出に、えっちなし、等と言う文言は一切なかった事には気付かずに。

わざとセレステが勘違いする様な言葉選びを、イヴァンがした事にも気付かずに。

セレステを、見えない鎖がじわじわと締め付けようとしている事にも……気付かずに。





☆☆☆





一週間に及ぶ祝賀会が終わり、シンシアの代理を無事に務めあげたセレステはディシュモンテ領に帰る事となった。


これから馬車に揺られて三日間の道程だが、行きとは違い、何故かイヴァンが隣にいる。


これから、セレステの両親と婚姻に向けての報告や打ち合わせをしたいとの事だった。


しかし、馬車に乗っていて、ハタと気付いた。



《……あれ?もしこの人(イヴァン)と結婚したら、私これからも口を開けねーよな??》


セレステは元々、無口な方ではない。

流石にそれはキツイかも……と思ったその時、イヴァンが車窓からの景色を眺めながら話しだした。


「セレステさん、結婚後のお話ですが……私はそれなりに忙しく、新居にも直ぐには帰って来られないかもしれません」


セレステはこくりと頷いた。


《あ、なら問題ねーか。この人がいる夜だけ気を付ければいーや……って、ダメじゃん。使用人がいるじゃん。結婚後も孤児院に寝泊まりすりゃいーか?》


「新居は、王城とディシュモンテ領とアウツブルグ領の丁度中心に当たるイーデル地区に構えようと思っています。とは言え、かなり遠いので魔術師に転移門を用意させますが。

昼間私は殆どを王城で過ごすと思うので、新居の使用人はディシュモンテ家からセレステさんの気の置けない方々で揃えようと思うのですが、よろしいですか?」


セレステはこくりと頷いた。


《使用人の心配なし、と!流石に新婚ホヤホヤで新居に住まないと、両親におかしく思われるしなー……と、待てよ?エッチなしだと、子供どーすんだ??》


「子供の件ですが、私はアウツブルグ家の次男です。更に、従兄弟は五人程居ますので、子供が出来なくても血筋は気にしないで下さい」


セレステはこくりと頷いた。


《こっちも従姉妹は沢山いるしな、まぁその中から聖女は生まれるだろ。……うん、何の問題もなさそうだな》


うっしっし、とセレステは満足げにニンマリしたが、それを見ていたイヴァンも同様に口角を上げた事には気付かなかった。





☆☆☆





「……えっ!?セレステと結婚ですか!?!?」


イヴァンから、セレステへの結婚の申し込みを告げられた両親は、目を白黒させた。


「いやしかし、イヴァン殿。シンシアと違い、セレステは殆ど野生児……いやコホン、あまり淑女らしからぬところがあり……」


イヴァンは、両親の目の前でセレステの手をとり、その甲に口付けた。


「いえ。私はセレステさんの、そうした自然体なところも気に入っておりますので」


人の心を読める神官が、セレステに触れているところを目の当たりにし、両親はギョッとする。


主に、「あ、この子口が悪いのばれちゃった?」という意味で。


女嫌いと噂されているイヴァンが婚約者(シンシア)以外に触れるとは思わなかったし、神官が人の心を読める事はトップシークレットで、ディシュモンテ家の後継ぎ予定だったシンシアしかその事実を知らない、という事をセレステの両親はすっかり失念していたのだ。



そしてその瞬間、両親の打算は働いた。



結婚の見込めなかったセレステに良い縁談が舞い込んだのでは?

シンシアの仕出かした事のお咎めがこれでチャラになるのでは?

アウツブルグ家と親交を深めるという目的は果たせるのでは?



ちっ ちっ ちっ ちーん



「いやまさか、イヴァン殿のお眼鏡に適うとは!!うちのセレステでよければ、是非お願いしたいですな!!」


あっはっは……!!


両親の変わり身は早かった。





☆☆☆





イヴァンのその後の動きは素晴らしく早く、通常婚約発表から結婚式まで一年以上はかかるところ、半年というスピードで結婚式までこぎ着けた。

勿論、それが異例の早さだとセレステは気付いていない。



イヴァンが両親に結婚を申し込んだ後、三人は何やら積もる話があるとかで、セレステを先に休ませ談笑していた。

その場にいてもどうせ会話に参加出来ないのでさっさと部屋に引っ込んだセレステだったが、翌日にはイヴァンはいなくなっていた。


《あれ?見送らなくて良かったんかな?つか、結婚の話とかって実はなくなったとか??》


セレステは自分が結婚する実感が全くなかったが、一週間に一度イヴァンから送られてくる贈り物──花束やアクセサリーや高級菓子など──で、あ、本気だったのかと確認する事が出来た。



孤児院に間借りしていたセレステだったが、アウツブルグ家に嫁ぐ事が決まってからというもの、マナーやディシュモンテ領並びにアウツブルグ領についての勉強、領主を支える妻の心得、ダンスや社交界での常識等々、覚える事が多過ぎて殆ど実家の屋敷から出られなくなってしまった。


やっと一通り何とか体面を保つ位に知識が詰め込めた頃には4ヶ月程が去り、それから今度は式の準備で目が回る様な日々を過ごした。

孤児院には差し入れ的な物を送る手配をするだけでいっぱいいっぱいで、初めて半年間も孤児院を留守にする事となり、それだけはセレステの不満であった。

結婚式までの辛抱、を合言葉に何とか乗り切った様なものである。



因みにイヴァンと別れてから、次に本人と会ったのはなんと結婚式の当日だった。つまり、半年後である。

セレステも忙しくしていたが、イヴァンも何やら結婚式までにすべき事がある様で、セレステを上回る忙しさだったらしい。






☆☆☆






二人の結婚式は、聖女と神官の結婚であるにも関わらず、セレステの希望で孤児院の近くの教会でこぢんまりと行われた。


セレステは、どこか他人事の様に、いつもはまとわりついてくる子供達が目をキラキラさせて自分達を見ているのを眺め、微笑んだ。

そんな子供達が、イヴァンにも群がり「セレステ様を大事にして下さい!」ともみくちゃ状態になっているのを見て、微笑んだ。

両親達が、「おめでとう、幸せになってね」というのを聞いて、微笑んだ。

イヴァンが誓いのキスをする為にヴェールをあげた時に嬉しそうな顔をしたのを見て、微笑んだ。



《あぁ、この人の顔って……こんなに綺麗な顔をしてたんか》

大変整った顔が近付き、口唇に何かが触れる。


が、《半年の間に、顔なんて忘れかけてたわー》と思った瞬間に、口唇を押し広げて何かが入ってきた。


《い、息出来ねぇ!しぬ!死ぬぅーーー!!》

セレステが腕を振り上げ様とした時、やっとソレは出て行き、イヴァンもセレステから少し離れた。


《な!な!な!何すんだこの人!!》

顔を真っ赤にさせて涙目のセレステがキッ!っとイヴァンを睨んだが、イヴァンは笑っていた。



そして、セレステの耳元で囁く。



「四六時中忘れられない位……もう、離れません」

セレステの背中をぞくりと何かが走ったが、それが何なのかは、わからなかった。




急ピッチで、しかししっかりと造られた真新しい新居の夫婦の寝所。


《やっぱり孤児院から大分遠くなったなー……明日は早起きしねーと!!いつか孤児院までも転移門お願いするか……いやいや、あれは確かすげー金かかるんだよな……》


湯あみを済ませたセレステは、明日の為に早く寝ようとやたら大きなベッドに潜り込む。

そこに、旦那となったイヴァンが部屋へ足を踏み入れてきた。


《あー、そうだ。この人もいるんだっけ……寝所一緒じゃねーと、怪しいもんなぁ》


新妻としては余りにも酷い事を考えながら、一応礼儀としてむくり、と上半身を起こして頭を下げる。


《おやすみなさーい》


そうして再び寝ようとしたが……


「セレステ。今夜は寝かせませんよ」

とイヴァンが言いながら横に潜り込んできたので固まった。


《……は?何か説教とか始まるんか?若しくはアウツブルグ家のしきたりとか?》


セレステが少し不安な顔をしながら寝返りを打ってイヴァンの方を向くと、イヴァンはセレステの両頬をそっと両手で包み込んで、口付けた。


《ん?ん?これって結婚式でやったやつ!?今やる必要なくね??》


セレステが頭の中をクエスチョンマークだらけにしながら呆けていると、イヴァンはその隙に舌を入れてセレステの口内を蹂躙する。


《だ、だからそれ死ぬって!死ぬって!!!》


「鼻で息をして下さい、セレステ」


《……あ、成る程。いやしかし、あんたが口離せば済むことなんだが》


「さぁ、夜は長いです。私達の記念すべき初夜、楽しみですね」

イヴァンはそう言いながらセレステの顔から両手を離し、横になったまま右手をセレステの臀部へするすると移動させ、左手を後頭部へ添えた。


《しょ、や??》


セレステは何が起きたのか……言われたのか最初わからなかっったが、イヴァンの左手が逃げ出さない様にがっちりホールドされている事に気付いた時、やっと身の危険を察知した。



処女を散らされては、聖女のままでいられない。


セレステは、そりゃもう渾身の力を込めて暴れた。

暴れた……筈だったが、細いと思っていたイヴァンに軽々と押さえ込まれてしまう。



《う、嘘つき嘘つき嘘つきめーー!!!》

《とにかくこいつを止めねーと!!》

《何かこいつを!こいつを萎えさせる、良い方法はねーか!?!?》



半分パニックになりながらも、セレステは何とか閃いた!



「──おい、その手を離しやがれ!!」



淑女らしからぬと言われ続けた、口を開く事を。






☆☆☆






「や、やめ、……!!」


顔に熱が集まるのを感じた。

イヴァンに押さえ込まれ、セレステはかなり前から上気した顔を晒している。



「──おい、その手を離しやがれ!!」


そう言えば、イヴァンは驚き、その行為を即止めるとセレステは信じて疑わなかった。


しかし、実のところ。


イヴァンは「あぁ、貴女の声を聞く事が出来て嬉しいです。……なんて、鈴を鳴らしたように美しい……」と、うっとりした顔をしただけだった。


艶度をアップさせながらゆったり微笑むのに対して、その手は忙しなくセレステの躰をなぞっている。



《こ、こいつ……何で全く動じないんだ!!》

「離せってば!!お前、女嫌いなんだろ!?」

「えぇ、どちらかと言うと嫌いです」

「だったらやめろよ!!男が好きなんだろ!?」

「いいえ?私は男色家ではないですよ」


これにセレステは、開いた口がふさがらなかった。


「……へ?だって、女とエッチする気はないって……」

「普通の女相手に、そういう気にならないとは言いましたね。ついでに、貴女は例外とも、言った筈ですが」

「聖女のままでいいって……」

「言ってませんよ?貴女が聖女として孤児院を助けてきた、その分の医療や薬を私なら経済的に助ける事が出来ますよ、という意味の事は言いましたが」

「え……じゃあ……」

「今日はこれから貴女を抱きます」

「や、やっぱりこの話はなかった事に……!!」

「今更です。そんな事をすれば、今度こそ、アウツブルグとディシュモンテの間に亀裂が生じますよ?」

「わ、私は聖女のままがいーんだって!!」

「私は、貴女と愛を育みたい。子供は出来なくても構いませんが、子を成す行為はしたい」

「お前、嘘ばっかりつくから信用できねーよ!!」

「私は、嘘がつけません。神官ですから」

「……は?」

「聖女は処女を失うと能力を失いますが、神官は嘘をつく度に能力が弱まっていくのです」

「そ、そーなんだ。それはそれで大変だな」

「ですから、貴女を求める気持ちに嘘はない事はわかって頂けますか?」

「わかった。信じる……けど、いーやーだーー!!」



やっと身の危険が勘違いでなかったと気付いたセレステは、一生懸命ジタバタもがいた。


「そんなか弱い抵抗しても……まぁ、そんな様子も可愛いですが」


軽々とセレステを押さえ込みながら、イヴァンはセレステに愛撫を続けていく。


それは、抵抗を続けるセレステにも、少しずつ、少しずつ。

躰の中に眠る情欲を、目覚めさせていった。


「や、嫌、だぁ……!!」


そんな自分が、恐ろしくてたまらない。

こんな未知の領域なんて、知りたくもなかった。



「はぁ……貴女の全ては何て甘いのでしょうね」

「んな、もん、甘い、訳、ねーだろ!!」

「私は嘘はつけないとお話した筈ですが?」

「うぅ……」

「……そろそろ、いいでしょうか」


イヴァンは問いかけではなく、囁いた。


(聖女じゃなくなる……!!)


未知の快楽へとは違う恐怖が迫り上がり、セレステは躰を震わせた。


「やめろ!!嫌だ!!離せ!!」

「お前なんか……嫌いだーーーーーーー!!!」

《お前なんか……嫌いだーーーーーーー!!!》




やってくる筈の衝撃と痛みに、目をぎゅ、と瞑ったが……

ソレ(・・)はなかなかやって来ない。


《……?》


ちら、と片眼を薄く開ければ、そこには苦笑しているイヴァンがいた。



イヴァンはふぅ、とため息をついてセレステから離れる。

セレステの胸に、チクリと何かが走ったが、それよりも……


《……や、やめてくれる、のか……?》


聖女の能力を強引に奪われないで済んだ事に、安堵した。



「……やめた、訳ではありませんよ、セレステ」


わかりやすく、セレステの肩がビクリとあがる。


「私とした事が……思っていた以上に、貴女に嫌われる事を恐れているみたいです。しかし、もう……裏表のない貴女の傍を離れられない。そうですね、貴女の心の準備が出来るまで……交わるのは、 もう少し先にしましょう」



セレステはあからさまにほっとした。


《た、助かったーーーーー!!》


思わず安心感から涙目になる。


「しかし、本番以外は色々やりますよ?」



セレステは、今度こそビシリと固まった。





☆☆☆





二人の初夜を終えて、翌日。



セレステは、イヴァンより早く起きて顔も見ずにさっさと孤児院に行く予定だった。

が、セレステが普段より早めに起きても、既にイヴァンの姿はなかった。



「おはようございます、セレステ様。本日はお早いですね」

廊下に出れば、朝の支度をしていた侍女が慌てて声を掛けて来た。

イヴァンが約束してくれた通り、使用人は全てセレステが決めている。

「おはよ……あのさ、あいつ……いや、イヴァン?イヴァンさん?イヴァン様?……はどこだ?」

避けているのからか、つい居場所を確認してしまう。

そして心の中でしか呼んだ事のないイヴァンをどう呼べば良いのかわからない事に、今更気付いた。

「旦那様でしたら、先程お仕事に向かわれました」


予想通りの回答に肩透かしを食らった気分だったが、

《普通、初日位……いや、新婚の時位、いってらっしゃいとかやるんじゃねーのか?》

と思ってしまい、セレステはそんな事を考えてしまった自分が何をしたいのかわからなくなった。


イヴァンと同じ事を、自分もしようとしていたのに。




広く長いテーブルで、ひとり朝食を取る。

《さて、昨日は何とかなったが……今日はどうしたらいいんだ?》

《家出か?家出したらいいのか?……いや、流石にそれはまずいよな》

《イヴァンも悪い奴じゃなさそうだし、話せばわかってくれるんじゃねーか?》

考える事は、どうしたら聖女の力を維持できるのかどうかばかり。

しかし元々考える事が得意でないセレステは、直ぐに匙を投げた。


《あ~~~ったく!考えたって、正しい結論なんてでねぇっつーの!それよりもさっさと皆に会いに行こっと!》


ペロリと早々に食事を平らげ、外出の準備を整える。


玄関から外に出る際、執事に声を掛けられた。


「セレステ様、お忘れではないでしょうが、今日からは馬ではなく、馬車をお使いくださいね?」

「……そーいやそーだったな」


すっかり忘れていた。

今までは馬に跨がっても誰にも咎められなかったが、流石にアウツブルグ家の奥方が、狩り(あそび)でもないのに馬に跨がるのはまずいらしい。


「後、旦那様から孤児院の子供達へと、お菓子の詰め合わせを預かっておりますので、どうぞ彼方でお配り頂けませんか?」

「イヴァンが?」

「はい。どうやらアウツブルグ家領の有名なお菓子屋のものだそうで。既に馬車に載せていますので、彼方に着いたら御者におっしゃって下さい」

「……ああ。わかった」

子供達の喜ぶ顔が、目に浮かんだ。


「また、転移門は白と赤のものをお使い下さい、との事です」

「ああ。わかっ……は?」

「転移門は、白と赤の……」

「いや、色は理解した。えっと、それって何処に繋がってんだ?」

「勿論、孤児院でございますが?」

「……え、転移門って、安いもんだっけ?」

「まさか!何をおっしゃいますか。庶民の一生分の給料と言われております」

「……だよなぁ」

「旦那様が、それほどまでにセレステ様を愛していらっしゃるのでしょう」



何やら話が居たたまれない方向に流れたので、執事との会話を切り上げて馬車に乗り込んだ。


《馬車使う意味はあるのか?》


……と、思いながら。





☆☆☆





「セレステ様!」

「セレステねーちゃ」

孤児院に着けば、そこかしこに散らばっていた子供達がわらわらと集まってきて、直ぐに人だかりが出来た。


「おかえりー」

「セレステ様いなくて寂しかったぁ」

「ねぇね、絵本読んで?」


そんな風に言ってくれる子供達に、自然と顔がほころぶ。


「あぁ、勿論。だが後でな?……そうだ、今日はお菓子のお土産があるんだった」

御者に合図をすれば、心得た様にいくつもの紙袋を持って来た。


《え……そんなにあんのか??》


思わずセレステがビックリする程だったが、子供達の言葉に更に驚いた。


「あ!イヴァン様がいつも持って来てくれるやつ!」

「イヴァン様も来てくれたの?」

「イヴァン様どーこ?」

「今日もあのお菓子あるかな♪」


《……いつも??》


「イヴァンがここに来た事あるのか?」

「セレステ様知らないの??ふうふでしょ?」

「勿論だよ、半年位前にイヴァン様が来て孤児院の院長と話してから、ここも色々変わったんだよ」

どちらかと言うと孤児院では年長組である11歳のアシーネがホラ、と指を指した先には……以前はなかった、畑があった。


「畑……?」

「うん。私達が自給自足出来る様にって、水を引っ張ってきてくれたの。農家の人も、週に1回来てくれて、色々教えてくれるんだよ!!」

「庭師の人も、週に1回来てくれてさ、興味がある子は、お庭の仕事も教えて貰ったりね」


孤児院の建つ大地は不毛な土地で、畑が出来る条件が整っておらず、セレステは諦めていたのだ。

イヴァンのこの行動には、喜びと驚きと……後少しの嫉妬を感じた。



他の子供達も目を輝かせながら口々に話す。

「後ね、皆がそれぞれ良い勤め先にいけるようにって読み書きの先生に来て貰っているの!」

読み書きは、以前セレステが教えていた。


「それに、皆礼儀作法も教えて貰ってるんだよ。男の子達は執事や御者になれる様に、女の子は従者や家政婦になれる様にって」

テーブルマナーならばセレステも教えていたが、流石に雇われる事を前提としたマナーは知らなかった。


「今までは料理か掃除位しか勤め先なかったけど、計算も得意な子は教えて貰えるんだ!商人にもなれるからって!!」

セレステ自身が計算が苦手で、子供達に教えてあげた事はなかった。



セレステは、愕然とした。

自分は今まで、孤児院に何をしていたのか。

イヴァンは、たった半年間で、孤児院に畑をつくり、識字率をあげ、子供達それぞれに合った知識を与えている。


怪我や風邪をひいた時の慰み程度の聖女の能力。それと、イヴァンが子供達に与える知識やこれから広がっていくであろう勤め先、更には畑という自給自足生活。


どちらが本当に孤児院の為になるのかなんて、考えなくてもわかった。



セレステが少し途方に暮れていると、そこに施設長がやってきた。

「セレステ様とお話したいの。皆、自分のやるべき事に戻ってちょうだい?」

子供達は、ぶーぶー言いながらも各自持ち場に戻って行った。


「セレステ様、まずは改めてお祝いと、今日のご来訪についての御礼を申し上げます」


そう話し初めてから、セレステに優しく微笑む。


「セレステ様。セレステ様と、イヴァン様のお陰で、ここはこんなにも未来明るい場所となりました。本当に、ありがとうございます。……ですから、セレステ様。もう、ご自分を犠牲にして孤児院に尽くして下さらなくて、良いのです。これからは、ご自身の幸せのみをしっかりとお考え下さい」

「……私は、何も、してねぇ……」

「いいえ、セレステ様。私が、子供達が……どれ程今まで貴女様に救われてきたのか。セレステ様が、ただそこにいて下さるだけで……聖女という立場であるにも関わらず、傲る事なく、ましてや私共と寝食を共にして下さった、その事実がどれ程喜びに満ちた日々だったか……本当に、語り尽くせません」

「……」

「本来なら、もっと早くに、セレステ様を自由にすべきだったのです。それが、私がセレステ様の優しさに甘えて、つけこんで」

「それはないから!」

「いいえ。真実、そうなのです。セレステ様が、良いお年頃となっていらっしゃるのに、私も子供達も、セレステ様が離れて行く事を受け止めきれなかった」

「………自分で、好きでいたんだし………」

「そうかもしれません。しかし、私共もそれを望んでいました。貴女様の為(・・・・・)でなく、自分達の為(・・・・・)に……!!」

「……っ」

「セレステ様。イヴァン様は、ひとつだけ、孤児院に施していない事がございます。これだけはセレステ様の心を傷つけるかもしれないから、とおっしゃって」

「……?」

「薬や医療用品の充足と、子供達への医療介護の指導です」






☆☆☆






「……おかえり」

夜もだいぶ遅い時間をまわり、まさかセレステが起きて待っているとは思っていなかったイヴァンは、わかりやすく動揺した。

しかし、セレステが待っていてくれた事が嬉しくて、顔だけ一瞬背けた。

……にやけてしまったからだ。


「セレステ、待っていてくれたのですか?」

「ああ」

そっと寝台に座り、セレステが怯えない速度でゆっくりと顔に手をやる。

《やべ、散々泣いたのばれねーかな?》

「目が赤いですね……何かありましたか?」

《……どうする?本当の事言うか?けど……良くして貰っておきながら、ショックだったなんて言ったら……イヴァンこそ嫌な思いするよなぁ……》


「今日は、久々に孤児院に行けたのですよね?」

優しく問えば、セレステの肩がびくりとした。

「ん……行ってきた。行って、驚いた」

拙いが、言葉を紡ぐ。イヴァンは黙って聞いてくれるのがわかっているから。

「イヴァン……様、が、子供達に沢山……」

「イヴァン、で良いですよ」

「イヴァンが、あんなに色々、孤児院にしてくれていたなんて、知らなくて……自分が今までしてきた事って、何だったんだろー、とかも思って……けど、嬉しかった!子供達の事を考えてくれて、行動してくれて……けど、けど」

イヴァンがセレステの身体をゆっくりと抱き締めた。


「自分の居場所がなくなった気がしたんだ……私の存在意義が……」

抱き締めながら、片方の手で優しく背中をさする。

セレステは、声を殺して泣いていた。

「セレステ……私は、貴女の居場所を奪うつもりはありません。ただ、貴女の居場所は……出来たら、これからはここ(・・)であって欲しい」

「……っ……」

「私の居場所は貴女の隣である様に。貴女の居場所は、私の隣であって欲しいと思っています」

「……口悪くても?」

「悪くても。貴女の正直さが、私にとっての救いです」

「……聖女じゃなくても?」

「勿論、聖女じゃなくても。私は聖女が好きなのではなく、セレステが好きなのですから」

「………マナーとか、苦手だし」

「苦手は誰にでもあります」

「……何で?何で、私なんか……」

「なんか、ではありません。セレステが、良いのです。真っ直ぐな貴女が。好きです、……愛してます」



セレステは、ポロポロと、宝石の様に綺麗な涙を流し続けた。




涙を枯らしたセレステは、ふと我にかえった。

イヴァンは、自分の夜着が濡れるのも全く気にせず、ずっと何も言わずに抱き締めてくれていた。

「あ、あの、イヴァン……ありがとう。えと、その、今日は……」

《ううう……流石に、昨日の今日で、聖女を捨てる覚悟はまだできねーしなああああ!!》


「セレステ、急がなくて良いです。本当は、直ぐにでも貴女を抱きたいですが……心の準備が出来るまで、待ちますよ?」

イヴァンに甘く囁かれて、昨日散々弄られたところがジクリ、と熱を帯びた様に感じた。


「じゃ、じゃあ……孤児院の、最後の……薬とか、の手配、私がしてもいっかな?それが終わったら……」

もじもじしながら答えるセレステを愛しそうに眺めて、イヴァンは言った。

「はい、それは勿論。ではそちらはお願い致します。……楽しみに、していますね」


イヴァンはおでこに触れるだけのキスを落とし、その日はそのまま抱き締め合って眠りについた。




セレステは、最初薬や医療用品を選りすぐって孤児院に持って行った。すると、子供達が聞いてきた。「これ、どーやって使うの?」「この薬はどんな時に塗るの?」と。


扱い方がわからないのでは、意味がない。

セレステは医師を講師として送る事はせず、医療に役立つ本を取り揃えて孤児院に送った。子供達がまだ取っつきやすそうな医学入門の本から、薬学と医学、更には人体について細かく記載された専門書だ。


人から教えて貰ったものは忘れやすいが、自分が調べて実行したものであれば忘れにくいのではないかという、そんな軽い気持ちからだ。

ところが子供達の探求心は、セレステの想像以上だった。

「この薬は何から出来ているの?」「もしかして、あそこの森にも薬になる草ってある??」


そのうち、孤児院に出入りしていた庭師が、子供達の為に勉強し、薬になる種類の植物も育て始めてくれた。


薬草は、薬にもなるが毒にもなる。

セレステは、イヴァンに何か良い考えがないか聞いてみたところ、翌日から立派な施錠つきの温室園が建設され始めた。

鍵は施設長と薬学に精通した年長者のみが管理をし、それは孤児院の子供達の憧れとするところとなる。


孤児院には最終的に、温室園の横に調剤室と処置室を兼ねた病院に近い建物が隣接され、そこでは孤児院の子供達が、育てた薬草を煎じたり加工したりして薬を作り上げ、貧しくて正規の薬を購入出来ない者にだけ破格の値段で売って、それを孤児院の備蓄購入費にあてた。



こうして、今までセレステが1人で守り続けてきた孤児院は、様々な人達に見守られる様になり、子供達が独立しやすい環境も整えられた。


とはいえ、セレステが遊びに行けば、子供達は大層喜んだ。

環境を整え始めてから、一度も聖女の力を使わなかったが、それでも子供達から受ける愛情は変わらなかった。


セレステがただ一緒に遊び、喜びや悲しみの感情を分け合い、傍にいるだけで、子供達は無邪気になつくのだ。


聖女でいなくてはならない、というのは、セレステの勝手な思い込みであった。それを理解したセレステは、孤児院が落ち着いてからしばらくして。

ようやく、セレステはイヴァンとの未来を真剣に考える様になった。

それは実に、初夜から一年が経過していた。





☆☆☆





《い、言わねーと!!今じゃなきゃ……》


イヴァンは本当に紳士で、初夜以降、毎日セレステを高みに昇らせる事以外は一切しない。

イヴァンは、「脱ぐと我慢出来なくなりそうなので」と自ら服を脱ぐ事すらしないのである。



《……ううう、子供達に毎日しているから、ハグやスキンシップは難なくできんだけどなぁ……》


えっちしよう、とは中々言えない。


《何て言えばいーんだ?》

セレステは困って泣きそうになりながらも

「あ、あのさ、イヴァン……」

「はい、何でしょう?」

「今日は、えーっと……あの……あ、勇者がいよいよ結婚するんだって招待状来たけど!」

《ちっがーーーーう!!!》

「ああ、そうでしたね。王子とは毎日一緒に仕事をしているので、わざわざ招待状を送って頂けるとは思いませんでした」

「その、返事は……」

《あ、けど、聞いておかなきゃいけない事でもあるし……》

「セレステに書いて頂いてもよろしいですか?」

「あ、うん。わかった。で、でさ、イヴァン」

「はい、何でしょう?」

イヴァンは何故か、クスクス笑っている。

「……明日、どっか行く?」

《だから、ちっがーーーーう!!!》

「それは嬉しいお誘いですね」



そう言いながら、イヴァンはじっと何かを期待するようにセレステを見つめる。

その瞳を見れば、するりと言葉が出てきた。

「……服、脱がしていーか?」

「脱げば、貴女に埋めたくなります」


これも、度々したやりとり。

そんな時セレステは、いつも「じゃあ、やっぱいい!」と言っていたが……

「う、ん。服、脱ご」

顔を真っ赤にさせて、うつむいたままイヴァンに手を伸ばす。

その手はイヴァンに絡みとられて、セレステは深い口付けをされていた。


「ん、んふ……」

荒々しくセレステの口内を蹂躙してくるイヴァンの舌は、紳士だった筈のイヴァンの本心を伝えてくるかの様で。


「セレステ、すみません。流石に私も我慢の限界です」

イヴァンが、セレステに覆い被さってきた。

どくん、とセレステの胸がなる。

未知の行為に対する恐怖と、やっとイヴァンに捧げられるという期待。聖女でなくなる事に関しては、自分でも驚く程に、執着がなくなっているのがわかる。

「イヴァ、ン。待た、せて、ごめ、ん」

キスの合間に切れ切れに、でも何とか伝えたくて言葉を紡ぐ。



「イヴァン……イヴァン。好き、だよ?」

セレステが両手を伸ばしてイヴァンの整った顔を引き寄せようとすれば。


イヴァンは今までで最高の笑顔を見せてくれた。




──漸く結ばれた二人は、ベッドでゴロゴロと戯れながら、そう言えば、とセレステがあと一つだけ気になっていたことをイヴァンに問う。


「イヴァン。どーしても、この言葉使いがなおんねー……なおらねー……なおらないんだけど。……なおらない、の?なおらないの、ですが??」

イヴァンはクスクス笑いながら、セレステのおでこに優しいキスを落として言った。

「たまにはこんな口の悪い聖女様がいても、良いのではないですか?」








数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読ませていただきました。ありがとうございます。
[一言] 嘘つくのは駄目で嫌がる女性を無理に手籠めにしようとする神官は良いのでしょうかね。 孤児院の改善、先に説明していればもっと早く致せたのでは?と思いましたが話にならないですもんね。
[良い点] セレステがかわいい。 奔放に育てられた割に家の立場とか考えてたりするあたり、育ちの良さを感じさせます。 のんびりご両親のノリも好きです。 [気になる点] 外堀ばかり埋めて本人の理解を求めな…
感想一覧
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