公爵は黒髪黒目がお好き
「ハァ」
洗面所で鏡を見ながらため息を吐いた。これが公爵家に嫁入りに行く人間とは、誰も思わないだろう。そりゃそうだ。欠片も喜んでなど無いのだから。
「きっと公爵もこの容姿を見たら、嫌な顔をするでしょうね」
長い黒髪と黒目を見て、再びため息を吐いた。
「せめてドレスは、仕立て屋に一番似合うと言われた物にしましょう」
部屋の外に出て、近くにいたメイドに命令する。
「ねえ、あなた。ハートに部屋まで来るように伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
メイドが遠くで舌打ちをしたのを、私は聞き逃した事にしてあげた。
「お嬢様、お待たせしました」
ドレスの着付けが終わり、鏡で全身を確認する。
「やっぱり灰色のドレスを選んで正解だわ。これを着ていると良い気分になれる」
「お似合いですよ。お嬢様」
「ありがとうハート。忙しいところごめんなさいね。私が頼めるのは、貴女しかいなくて」
ハートは私が信頼できる唯一のメイドだ。私が悲しんでいるとき、自分のことのように親身になってくれる。こんなにいい子は他にいない。
「お気になさらないでください。お嬢様の立場は存じております。今まで色々ありましたが、お嬢様にお仕え出来て良かったです」
ハートは腰を折って頭を下げた。
「私が料理長に侮辱されたとき、お嬢様だけは助けてくれました。貴女はでたらめな噂とは似ても似つかない、とてもいい人です。お嬢様の幸せを心から願っています。公爵家でも、どうかお元気で」
彼女との別れは辛い。でも、涙の別れにはしたくない。私はとびっきりの笑顔で返事をした。
「ええ、あなたも元気でね」
私は懐中時計を確認した。今は11時、まだ迎えの馬車が来るまで時間がある。
「ねえハート。よかったら昼食は二人で食べない? 今日だけは使用人と主の立場なんか忘れて」
ハートは楽しげに笑い、優しく微笑んだ。
「ふふっ、分かりました。喜んでご一緒させて頂きます」
それから私はハートと他愛のない会話を楽しんだ。
(こんなに気軽な会話が出来るのは、これが最後かな)
なんて思いながら。
「やっとクロノを追い出せた。あのバカ娘が居なければ、サターン家も安泰だ」
小さい頃から腕白ではあったが、子供故だろうと甘く見ていた。言葉使いこそ大人びたが、貴族に相応しい振る舞いとは程遠い。妻も肩の荷が下りてホッとしているだろう。
「やったわね、あなた。今馬車が出ていくのが見えたわ」
嬉しそうに報告してくれた妻だが、すぐに心配事がありそうな顔をした。
「でも本当に良かったの? わざわざ公爵に迎えに来てもらうなんて、失礼じゃないかしら」
「私もそう思ったのだが、ペルー公爵がどうしてもと言うのでな。断るのも失礼だろう。しかし嫁の貰い手が公爵とは、本当に幸運だ」
他の貴族は皆断ったのに、ペルー公爵だけは快諾してくれた。本当に嬉しい誤算だ。
「そうね。家柄もいいし、優しいって評判だもの。あんな子でも娘よ。悪い人には嫁がせたく無い。その点公爵なら、安心して送り出せるわ」
公爵家に向かう馬車の中、私の心は沸々とした怒りと悲しみで満ちていた。誰もが羨む公爵の妻として送り出す。そんな名目で厄介者は家から追放された。
「ウッ……グス」
一人でいると涙が堪えきれない。
「お父様……お母様……私はそんなに駄目な子でしたか? だから嫌いになってしまったのですか?」
誰にも聞こえない言葉が零れでては消えてゆく。
でも何時までも悲しんではいられない。もう直ぐ屋敷に到着する。
「しっかりしなさい私。もう悲しむ時間は終わりよ」
頬を叩いて気合いを入れ直した時、馬車がゆっくりと減速して、やがて停車した。御者が扉を開けると、執事の老人が私を出迎る。
「お待ちしておりましたクロノ様。ペルー公爵がお待ちです。部屋までは私がご案内します」
きっと公爵も私の黒髪と黒い目を見て、蔑視の目を向けてくるだろう。私は陰鬱とした気持ちで公爵の元へ向かった。
「どうしよう。今になって緊張してきた」
客間でクロノさんを待つ間、僕の心臓はバクバクと鼓動している。婚約の話しが舞い込んでから、ずっと今日を待ち望んでいた。だけどいざ顔を合わせるとなると、やっぱり緊張する。
「大丈夫ですよ! ペルー様の初恋。私がメイドとして、しっかりサポートしますから」
「ありがとうティラ。頼りにしてるよ」
「任せて下さい。必ずやペルー様のお役に立ちます」
ティラは胸を張って、自信満々に宣言した。
「でも、どうしよう。そもそも好みじゃないって言われたら」
「ペルー様は魅力の塊だから大丈夫です! 思わず撫でたくなる金髪。宝石のような赤い目。少し幼さの残る顔。少し低めの身長は抱きしめるのに丁度いい。こんなに可愛いショタっ子に、魅力を感じない人なんていません!」
聞いてもいない事までベラベラと語るティラ。その勢いに軽く引いた。
「あ、ありがとう。褒めて貰えるのは嬉しいよ」
そんなやり取りをしていると、客間のドアが開いた。彼女はゆっくりと部屋に入ってくる。
その姿を見た瞬間僕は衝撃を受ける。目の前に立っているのはまさに女神だった。
サラサラとした黒髪、神秘的な輝きの黒目。真っ白い肌に整った顔立ち。灰色のドレスがとてもよく似合っている。
「綺麗……」
思わず口からこぼれ出てしまった。
「えっ……」
部屋に入って早々、予想外の自体に頭がパニックになる。
聞き間違えで無ければ、この男は私の事を綺麗と言った。
珍しいが故に好奇の目で見られた、この容姿を。
「綺麗……私が? バ、バカじゃないの! この私が……綺麗だなんて」
「綺麗です! 今まで見たどんな女性よりも美しいです!」
公爵は顔を赤くしながら、強い口調で言い切った。
それからお互い顔を赤くして、何とも言えない空気が流れた。
ご覧頂きありがとうございます。金色軌跡です。今回「いいな!」と思うストーリーが浮かんだので、初投稿してみました。美しい女性を見て、思わず本音が溢れる。そんなシーン、良いですよね! 短編、連載問わず投稿して行こうと思います。何卒よろしくお願い致します。