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八ページ目 怨恨

「お前か……? それともお前が……?」

 ウウウと唸り声を上げながら、大柄な男がこちらにゆっくりとこちらに向かってくる。警戒しながら距離を取り、廊下側のドアに来た。


「なんだ、この男……。気味悪い……」

「この男……どこかで……?」

「見たことあんのか?」

「ええ……でも、どこで……」

「お前かアアアア……!」

『ッ!』

 突然男が猛スピードで拳を振り上げながら、あたしに向かって殴りかかって来る。あの程度のパンチならあたしでなくても避けられ────

「ッ!?」


 何か嫌な予感がしたあたしは、とっさに黒鉛字がいる方へその拳を避ける。案の定、対して威力がないと思っていた男のパンチは、さっきまで立っていた後ろの壁を粉々にし、隣の教室まで貫通していた。

 パラパラと壁の破片を床に落としながら、男が拳を引いていく。何だ!? こいつ。明らかに普通じゃない。アルティクロスを持っていたのならば、文心が見えるはず。でもこの男からはその文心は一切見えない。まるで怒りと恨みが増幅された様な、得体の知れない禍々しい何かが取り憑いているみたいだ。


「黒鉛字お前、ほんとにこんな奴、知り合いにいたのか?」

 あたしは目の前にいる男を警戒しながら側に居る黒鉛字に尋ねる。

「正直、こんな人は僕の知り合いにはいないと信じたい」

「ああ!? お前が知っているかもって言ったんだろうが!」

「そうですけど、少なくともこんな危険な人をうちが放置するはずないじゃないですか!」

「……まあ、そりゃそうか。……逃げ出したとか?」

「仮にそうなら、ニュースになっていてもおかしくないはずです。つまるところ、この人は元々一般市民。しかし何らかの、いや、誰かの仕業でこうなったとしか思えません」

「どの道戦うしかないってことか……」


 黒鉛字の話が本当なら、この男は意図せずこうなってしまったのだろう。この男がこうなった原因を探れば、止まるかも知れない。けど、この状況でどうやって────

「……教師が襲われたのは教師が止めたからじゃない。現に、教室にいたはずの生徒は無傷だった。つまり狙いはこの学園の『教師』……?」


 刻々と迫りくる男を避けつつ、あたしは解決策を模索する。今の考えが正しいのなら、何故、あたしは殴られた? 黒鉛字も狙われていることから思うに、教師だけが狙いじゃないのか?

 あまり推理する様なキャラじゃないと自負するあたしだが、誰かが推理しなければ突破は難しそうだ。あたしと黒鉛字、そして教師たちと関係する何か……まさか……!


「……黒鉛字! お前さっき、あの事件と関係があるって言ったな?」

「え、ええ。そうです。ですが、この状況とそれに関係は────」

「もしこの男が遺族ならどうだ?」

「ッ!」


 あたしはこの男を見た時からなんとなく見覚えがあった。もちろん面識はないが、顔のパーツなどから察するに、あたしが大好きな親友の顔と何となく似ているのだ。そうつまり……

「……なああんた、もしかして()()()()()()()()?」

「ウウッ!?」

 ビンゴ! 準子が昔、お父さんは単身赴任でほとんど家に帰ってこないという話を聞いたことがあった。必然的にあたしも準子の家にお邪魔させてもらった時におばさんとは会話をしたが、おじさんとは会話をしていない。そして今になって帰って来たこの男は、娘の訃報を知り、落ち込んでいたところを、誰の差し金か得体の知れない力を渡され、生徒を守れなかった教師たちと、その時タッグを組んでいたあたし。そして──


「────黒鉛字、お前があの時の男子生徒だったのか……」

 あたしが視線を向けると、黒鉛字は観念した様に言った。

「今は……いえ、積もる話は後でしましょう。まずはこの行き場の失った男の怨恨を鎮めるのが先です」

 黒鉛字が懐から取り出したグローブをはめながら言う。あたしは頭をワシャワシャと数回掻くと、黒鉛字に指さして言う。


「言ったな! 逃げやがったら容赦しねぇぞ!」

 色々言いたい、聞きたいことは山ほどあるが、ここは黒鉛字の言う通り、目の前の男を止めるのが最優先だ。けど……

「……止めると言ったが、どう止めるんだ? なんかあるんだろ? 止め方」

「……ッ! 思い出した! この禍々しい力、例の研究か……!」

 そうこうしているうちに、再び襲い掛かって来た男のパンチをあたしは避けつつ、黒鉛字に尋ねる。

「例の──ッ! なに──ッ?」

「うちで密かに研究していた、アルティクロスを一般市民に付与させる実験です。僕がここに来る前はまだ完成したという話は聞いていません。つまり逃げ出したか、内部の誰かがその情報を誰かに漏らしたと考えられます」

「どうでもいいけど……──よッ! 結局、どうすりゃいいんだ?」

 教室の机が邪魔で動きづらい。このままここに居ては他の生徒に危害が……くっ……! こうなったら────


「おい、黒鉛字! 考え事は後だ! 要はとにかく気絶させりゃあいいんだろ? まずはこいつを戦いやすい場所までおびき出す! 他の生徒を守れ!」

「ッ! わかりました! なら屋上で!」

「おう! ……こっちだ、デカブツ!」

「ウガああああああ……!」


 ◇◇◇


 自我を忘れかけている男を屋上へ続く階段へ誘う。途中、騒ぎの状況を知らない生徒達が男を見た途端、悲鳴を上げながら逃げていく。あたしはなるべく彼等に危害が及ばない様に男を屋上へ誘うが、それでも数人の生徒が軽いけがを負ってしまった。


「ちっ……!」

 悪態をつきつつ、たどり着いた屋上の扉を勢いよく開け、フェンスで囲われた石畳の端まで全力で走る。そして振り向きざまに文心を一発、男めがけて放った。……が、

「…………やばいな……これ……」

 放った文心は男の腹に命中したものの、大きなダメージを与えることはなかった。《紅鉛筆》を顕現できれば、致命傷を与えられそうだが、あいにく、前回の試合で消耗が激しく、顕現させるには時間が欲しい。


「ああクソッ……!」

 焦ったら終わりだ。ここまでこいつを誘導した以上、黒鉛字がこいつを止める方法を引っ提げてここに来るまでの間、あたしが何とかしなければ……でも、文心だけではどうにも……。

「万事休すってやつか……」

 せめて、せめてこいつの動きを少しの間止めることが出来れば、スマホで誰かをここに呼べるのだが……くっ。二人だけで教室に入ったのがまずかった。イスとりゲームと違い、これはれっきとした殺し合い。こいつは容赦なくあたしを死に追いやる魔物だ。一瞬の油断が命取りになる。

「誰か……ん? 誰か……? そうか!」

 あたしの脳裏に一つの策が思い浮かぶ。でもそれはもしかするとこの状況をさらに悪化させてしまうかもしれない。そんなリスクがある方法────


「一か八か、やってやらああああ……!」

 左腕を空にかざし、その名を呼ぶ。今はあたしの中に眠っているが、それは確かにこの学園にはいない誰かのアルティクロス。あたしの親友の力。

「────こい、《蒼鉛筆》……ッ!!」


 左腕が蒼く輝き、そこを中心に文心が全身を駆け巡る。自分の文心と違うためか、思う様に制御出来ず、激しい痛みが全身を襲った。だが、弱音は吐けない。自分のアルティクロスを顕現させればどうなるかあたしにもわからない。またあの時の様に暴走する可能性もある。まだ完全にはコントロール出来ていない。ならばこそ、友の力を信じるしか方法がない。

「ああ……ぐっ……いってぇええ……!」


 両手両膝を屋上の床に付きながら、四肢を引きちぎられそうな壮絶な痛みに何とか耐える。黒鉛字や先輩が前に言った「出さない方がいい」とは、このことだったのか……。けど今は、目の前の男を正気に戻すのが先決。どの道、これから超えなければならない小さな問題だ。

「……待っていろ……今、あたしが助けてやる……ッ!」


 痛みに慣れて来たのか、ゆっくりとその場に立ち上がり、男との距離を測る。あと数十秒もすれば、あたしに襲いかかって来るだろう。もしかしたらその失った理性で、あたしを食うかもしれない。

「……はは。あたしはエサってか? 冗談じゃないね! うおおお……ッ!」

 声を上げ、左腕に蒼い文心を溜めていく。するとあたしの頭上に顕現させた《蒼鉛筆》が一つに集まり、変形。巨大なサメの姿へと変化した。あたしの思いに答えたのか、その大きな口を開け、その時を待っていた。そして────

「……今……ッ!」


 男との距離が一メールまで近づいたその瞬間、あたしは鮫の口の様に指の関節を曲げ、頭上に居るサメと共に男の腹に向かって溜め込んだ文心を前に放った。

「────《蒼ノ咢(アズール・バイト)》……ッ!!」


 ズドゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!

 ガブリと大きく一咬みするかの様にサメの口が開くと、あたしの指と咬む動きが連動して男を丸のみにした。

 咬んだ勢いで男は後ろの壁に激突し、そのまま意識を失った。なんとかこっちは片付いた。問題は────


「クソッ……! 止まれ……ッ!」

 男を丸のみにした、サメの姿をしたアルティクロス──《蒼鉛筆》。攻撃を終えた後も、あたしに咬みつこうとする勢いで襲い掛かって来る。大きく震える左腕を右手で押さえながらどうにか静めようとするが、まるで制御が利かない。

「こらっ! いうこと聞け……ッ! こいつ……ッ!」

 もし今このまま暴走すれば、以前の日じゃない程の被害が出るかもしれない。というか今更だが、前に《紅鉛筆》が暴走した際、制御出来たのはあたしにもよくわかっていない。もしかすると誰かが制御するのを手助け────まさか黒鉛字が……!?

 暴れる《蒼鉛筆》の攻撃を避けていると、屋上に誰かがやって来る足音が聞こえた。……黒鉛字だった。


「要さん……ッ!」

「黒鉛字……ッ! たのむ! ……こいつをどうにかしてくれ……ッ!」

「……それは出来ない」

「はあ? 何で────」

「あの時止めたのは僕じゃない! まして、彼女でもない!」

「じゃあ誰が────」

()()……ッ!」

「あたしが……ッ!?」

 一瞬、時が止まったような感じがした。黒鉛字が言っている意味が理解できず、あたしの頭はパンクした。

 あたしが暴走を止めた? 冗談じゃない。そもそもあの時、あたしと準子、そしてさっき知ったがあの時、軽いけがで済んだ黒鉛字しかいない。

暴走も黒鉛字とあたしたちが対峙してその時準子の《蒼鉛筆》が暴れて────いや、待てよ? なんで……なんであたしの《紅鉛筆》は黒鉛字を見た瞬間、暴走しなかったんだ? 先に会ったのはあたしのはず。たまたま暴走しなかったにしては都合が良すぎる。まるでその後やって来た準子の《蒼鉛筆》が暴走したからあたしの《紅鉛筆》も暴走し始めた様に────


「……あ……あ……あ……?」

 その先にある答えを聞きたくなくて、あたしは頭を押さえた。サメの姿をした《蒼鉛筆》も、あたしと同じ様に、まるで苦しむ様に空中で暴れる。


「────あの時、先に出会った君は僕の『暴走させる呪い』を受けなかった。だが、後から来た彼女は確かに呪いを受けて暴走を始めた。つまり……呪いが僕の中から消えた訳ではなかった。……けどあの日、あの時確かに君は、暴走を抑え込んだ!」


 黒鉛字の言葉があたしの心に突き刺さる。グサグサとえぐるように。あの事件であたしは親友を自らの手で殺したとばかり思っていた。他の生徒から言われた『人殺し』という言葉を心の奥底で自分に向けて言っていた。


「……あたしが……とめたんだ……」

 自然と涙が溢れていた。頬を流れ、視界を悪くし、呼吸が荒くなる。泣き崩れるあたしに、側にやって来た黒鉛字が自分の学ランを脱ぐと、あたしの頭から被せて来た。ほとんど見せたこと無かったあたしの泣き顔を隠させる様に。そして一言、


「君の涙はもう見たくない。その涙は()()()枯らしたはずだろ?」

「…………うっせえッ!」

 涙を拭い、黒鉛字の隣に並んだ。すると、今まで抱えて来たモヤモヤがスゥーっと消えていく気がした。頭上のサメは準子そのもので、今もなお、苦しんでいた。あの時はあたしの《紅鉛筆》が押さえてくれていたんだと、ようやく理解した。だから今度は────


「────さあ来い! 全部、全部受け止めて見せる! だからもう、苦しまなくていい……ッ! あたしの胸に飛び込んで来い……ッ!!」

 大きな滝の様にあたしの真上からサメが落ちて来る。それは凄まじい勢いで、立っているのもやっとだった。数秒後、サメがあたしの身体に流れ込むと、全身に電流が走ったようなしびれを感じた。大丈夫。この痛みも受け入れると決めたんだ。

「……ううおおおおおおおおおお……ッ!」

 朦朧としてくる意識の中、段々としびれが消えていくのを感じた。そして意識が途切れる直前、あたしの中で《紅鉛筆》と《蒼鉛筆》がしっかりと()()()()()()()()()()()

「……やっ……た……」

「要さん!」

 黒鉛字の呼びかけに答えられる体力は残っていなかった。


   ◇◇◇


 ────……「ん…………?」

「あ、気が付きましたか。先輩呼んできますから、安静にしていて下さいね」

「あ、おう……」

 この声、おそらく黒鉛字だろう。あたしは……いや、それよりここは……保健室か? うっ!頭がズキズキする……! 一体どれくらい意識がなかったんだ? 


「紅ちゃん!」

「先輩!」

 ガラーっとドアの音を立てながらゆっくりと入って来たのは、先輩だった。よく見ると、先輩の目にうっすら涙が浮かんでいた。大分心配してくれていたみたいだ。

「いやーもうー、どうなるかと思ったよー。まだ体は痛む?」

 あたしはゆっくりと肩を回しながら、感想を述べた。

「ん~~。まあまあかな? しばらくは安静って感じ」

「おおう……どうしよう。【オルタ杯】のエントリー、紅ちゃんのだけ棄権しとく?」

「あ、そっか。それがあったんだった……まいったなあ~~。最低でも二人参加だし……。黒鉛字はもうここには居られないって──」

「え? そんなこと言っていたの?」

「ああ、うん……。ちょっととある事情で。先輩も何となくわかるでしょ? あいつの正体が原因の」

「え、でもさっき私に紅ちゃんが起きたって部室に呼びに来た時、そんな暗い顔じゃなかった様な……? むしろ、嬉しい感じだった気が……」

「何か言いました?」

『おおわあっ!!』

 どうやら会話に夢中だったせいで、黒鉛字が入って来た事にあたしも先輩も気付かなかった。────って、それよりも、


「黒鉛字、お前……ここを出ていくのか?」

 神妙な面持ちであたしが尋ねると、黒鉛字は一瞬、きょとんとした表情で首をひねった後、「ああ!」と言って、拳を手のひらに打ち付けた。

「いますよ、この先も」

『え?』

 あたしと先輩がポカーンとしていると、黒鉛字がバツの悪そうな表情で話を続けた。

「……実は不審者事件の後、確かにうちからメールが届いたんですけど……その……ですね」

「なんだよ、歯切れ悪いな。はっきり言えよ!」

 何だかムカついてきた黒鉛字にあたしがお腹を指でツンツンしながら答えさせる。すると白状した様に黒鉛字が答えた。

「か、要さんとお付き合いさせてください! お願いします!」

「…………………………はあ?」


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