六ページ目 もう一つのアルティクロス
「よう! イスを取りに来たぞ」
「あら、真正面から現れるなんて、負けを伝えに来たのかと思ったわ」
「セレナお姉様、この方は?」
「例の欠陥品をお持ちの方ですわ」
姫肖が後ろでイスを取られない様に警戒しているぱっと見、小学生かと思うくらい背の低い女子生徒と話す。誰が欠陥品だ、このクソ女!
「さっさとそのイス、寄こしな。優勝するのはあたしらだ!」
「あらあら、やけに威勢のいいことですこと。見ていましてよ、さっきの戦い」
「ほぉ……。なら欠陥品じゃねぇことも伝わったんじゃねぇのか?」
あたしがいつでも文心を飛ばせるように、右足を後ろへ下げる。黒鉛字も両腕を黒く染めていき、様子をうかがう。
「欠陥品は欠陥品ですわ。いくら遠目で強そうに見えても、久しぶりにアルティクロスを顕現させたあなたは──」
「うっせえ! 寝言は寝てから言いやがれ……ッ!」
我慢ならず、あたしは右足に溜めた文心を思いきり姫肖に飛ばした。…………が。
「なッ!? はじいた!?」
あたしの攻撃を受けた姫肖は茶色のカールしたツインテールを指でクルクルして遊んでいた。このくらいは余裕と言ったところか。
「くっ……!」
「もう手詰まりかしら?」
「まだだ……ッ!」
両腕、両足に文心を溜め、連続で攻撃を繰り出した。……しかし、その全てをいとも容易く弾かれてしまう。すると、黒鉛字が手を横に出して攻撃を止めさせる。
「落ち着いてください、要さん! 今の攻撃で彼女のアルティクロスが何かわかりました」
「何だよ! 早く言え!」
「彼女は恐らく……《鉛筆削り》です」
黒鉛字が答えると、姫肖はフリルスカートの裾を摘まみ、片足を後ろに下げてお辞儀した。
おそらく金の力で制服を改造したのだろう。これだからブルジョアは。
「流石黒鉛字様ですわ。改めまして、私、姫肖・タイル・セレナと申しますわ。そして私のアルティクロスは《鉛筆削り》。先ほどの攻撃は全て《削り溜りしものたち》で防がしてもらいましてよ」
「溜まりしって要は削りカスだろ。何でちょっとかっこいい風に言うんだよ」
「お、お黙り! 気品がなくてよ……ッ?!」
「あー……そういうことか」
「そういうことですか」
あたしと黒鉛字が彼女から視線を外した。その……なんだ。気品は大事だな。お嬢様だしな。
「と、とにかく! あなたの攻撃は届かないでしてよ!」
コホンと咳払いをした姫肖がその巻かれた髪を指で遊ぶ。少ししてピタリと止めると、クルクルしていた左手をあたしに向けた。
「さあ、お逝きなさい。私の【アルティクロス】──《鉛筆削り・要塞》……!」
姫肖の声と共に体育館の床が盛り上がると、床を突き破って巨大な要塞が現れた。他のアルティクロスと同様、イメージが強ければ強いほど、別の物体に変わる性質があるが、彼女はこの要塞が切り札なのだろう。
「要さん、ここは僕が」
黒鉛字が前に出ると、要塞に硬く重いパンチを仕掛ける。……が、ビクともしない。この動じない要塞の真の能力が黒鉛字の拳で明らかとなった。
「何、文心が!?」
「クフフ……」
「大丈夫か?」
「……ええ。ですが、これは厄介な能力ですね」
あたしが「何を」と言いかけたその瞬間、黒鉛字の腕が黒から肌色──つまり、元に戻っていった。これは一体……?
「あらあら。おイタはいけませんわ。あなたたちの力は、この《鉛筆削り》がその文心を全て吸収しますの。あなたたちの私には通用しませんわ」
「文心を吸収するだと……!? そんなの……どうやったら……」
「なるほど。これは面白い」
「面白い? 黒鉛字。お前、頭がおかしくなったのかよ」
「いえ、普通ですよ。要さん、今からあの要塞に攻撃しまくって下さい。その間に僕がこのピンチを乗り越えて見せます!」
「はあ!? 今あいつから吸収されるって聞いただろ? 殴ったって意味なんか────」
あたしが黒鉛字の襟を両手でグッと掴んで大きく揺らす。が、その掴んでいた腕を、真剣な眼差しの黒鉛字がガッと掴んで揺れを止める。
「────僕が君を救わなくちゃいけないんだ……」
「はぁ…………?」
黒鉛字があたしを助ける? 何であたしを助けようとするんだ? 一度も会ったこともなかったはずだ……。こいつがあたしを助ける義理はないはずなのに……。
あたしが何も言えず手を緩めると、黒鉛字はその乱れた制服のまま手にはめたグローブを今一度グッと嵌め直した。そして大きく息を吸うと、全身に漆黒の文心を纏わせた。
「君はずっと一人だった……。僕のせいで、君の人生を大きく変えてしまった。君の大切な友人を失わせ、側で支えるべきだったこの僕が! ……君を孤独から救えなかった。だから────今度こそ、僕の力で君を救うと決めたんだ……!」
黒鉛字が左腕を引き締め、拳に文心を溜めていく。黒鉛字が何故あたしを助けたいのか、今はわからない。だからせめて────
「……わかった。今はお前を信じる……信じてやる。だから────決めろよ?」
「ええ、もちろん!」
「作戦は決まったかしら? 残り時間もあとわずかですわ。早くかかってらっしゃい?」
姫肖が髪をクルクルしながらあたしらに挑発する。残り時間、あと五分。黒鉛字の秘策にあたしは賭けた。
「おらあああ……ッ!」
威力を増すため、両手、両足に文心を纏わせ、要塞に向かって飛び出した。そして体力の限界が来るまで、吸収されるとわかっていても、あたしは黒鉛字の言葉を信じて、《鉛筆削り》を殴り、蹴り続けた。
「ッ……! ッ……! ッ……」
無論、あたしの文心を全て吸収され、拳に力が入らなくなった。あとは黒鉛字が……まだ、拳に文心を溜めて……? くっ……! あと少し。もう少しあたしに力が残っていれば……!
「このクソがああああ……ッ!」
──あたしをバカにした姫肖に一発、せめて一発、この拳をぶつけてやりたい……!
──欠陥品だと笑った姫肖に……!
「ま、だ、だあああ……ッ!」
あたしが声を張り上げたその瞬間、突然誰かの声がした。同時に背中を押される感触も感じた。これは……そうか!
あたしの中に眠るもう一つの力が、長い眠りから目覚める音が聞こえた。
「この感じ……準子の……!」
燃え尽きた紅い文心に代わり、澄んだ蒼色の文心があたしの全身を包んでいく。
あたしの文心と反対に、深海のように冷たく、それでいて静かな文心……。
あたしの心に直接語り掛けてきた、真名を呟いた。
「…………《蒼鉛筆》」
ピチョン……と、水滴がしたたり落ちるような音と共に、胸の中心から蒼い文心の波紋が広がる。波紋が全身を通り、やがて指先に迫ったその瞬間、あたしは両手を《鉛筆削り》の壁面に触れた。すると────
デゥン! と重低音が周りに響き、ビクともしなかった要塞の硬いボディにひびが入った。これは元の持ち主、準子が使っていた技────《蒼ノ芯壊》。
この予想しなかった事態に姫肖が慌て始める。
「何ですって!? あなたの文心は尽きたはずでして?」
「……奥の手ってやつさ。……黒鉛字……ッ! いけえ!」
「はい! ここで決めます! ────《黒鉛弾》……ッ!!」
ズドゥ────ン
一極集中で鋼鉄の様に硬くなった黒鉛字の黒い文心が一直線に伸び、先ほどあたしがひびをいれたボディに直撃し、難攻不落の要塞をぶっ壊す事に成功した。
「あああ……あああ……!」
姫肖がガクンと膝を付き、両手を床に付けた。あたしは彼女の背中を見届けつつ、女子生徒の所へ急いだ。
「姫肖は倒した。大人しくイスをよこしな」
あたしが女子生徒に声をかけると、「どうぞ……」と泣きそうな顔で椅子を渡した。……泣かせるつもりはなかったんだが……。
────キーンコーンカーンコーン
『ゲームオーバー! 残っている生徒、およびそのチームは立って下さい。確認後、直ちに優勝チームを発表いたします!』
どこからか現れた教頭がメガホン片手に、館内に試合終了のアナウンスをした。倉庫内に居ては確認しづらいと気づき、あたしは黒鉛字がいるところまでゆっくり歩くと、ステージ側で今回の二つ目のイスを手にした生徒……パーカーの娘が、イスに座りながらスマホをいじっていた。
「……やっぱりあの娘が二人目の優勝者か」
「その様ですね。……それがイスですか?」
「ん? ああ、そう。最初に話していた通り、レプリカだけど」
「本物は見たこと無いんでしたっけ?」
「あたしはね。先輩はしばらく座っていたから見たことあるらしいけど。ちなみにイスを見つけても、個人で管理しなきゃならないから、あたしにも見せてくれなかった。たとえ部室でも。トロフィーはちょっと前まで置いてあったから見たけど」
「というと?」
「先輩がイスを取られたあと、トロフィーは今、校内のどっかに飾ってあるらしい。気になるんなら見てこい。あたしはトロフィーに興味は湧かん」
腕を組みながら黒鉛字の質問に答えていると、教頭があたしたちの前にやって来た。
「優勝、おめでとう。ステージに上がりたまえ」
以前にもましてボロボロになった旧体育館の真ん中を堂々と歩き、ステージに上がった。
同じく檀上していたパーカーの娘がスマホをポケットにしまい、教頭の言葉を待っていた。
あたしたちが上がるのを確認した教頭が、メガホンで他の生徒に労いの言葉をかけ始めた。
「あんたとはいずれ、戦いそうだな」
あたしが小さい声で話しかけると、見た目とは裏腹に、プロの声優さんの様な可愛い声で返答してきた。
「オレは誰とも戦わない。あなたとも」
彼女の言葉に……いや、声に違和感があったが、そのうちまた会った時に聞こう。
途中、危ないところもあったが、何とか仮入部員試合はこうして幕を下ろした。
少しして、部室へカバンを取りに廊下を歩き出したあたしは、大事な事を思い出した。そう────
「あ、黒鉛字入部決定じゃん……」
絶対に入れないと決めた男子禁制の部室に、これからは男がいるところを想像してしまったあたしはその場にビターン! と倒れた。