五ページ目 鋼鉄を燃やす紅
「紅要……。噂は聞いていたが、まさかここで暴走でもするつもりか?」
「さぁて、どうかな? あたしも顕現させたのは久々だからわかんないね……!」
あたしは言い終わると同時に文心を目の前にいる裁断に飛ばす。……しかし裁断は《鋼鉄鋏》でそれを防ぐ。
「ふ。こんなちんけな攻撃じゃあ当たんねぇか。なら──」
右足を大きく後ろにズズズと下げ、右足に文心を溜めていく。スピードスケートの選手がスタートする直前の構えの様に前傾姿勢をとると、側に居る紅い龍がそれと呼応するように、大きな口に同じ紅い文心を溜めていく。
「あ? 何だ、それ? 合体技か? ははは! これは滑稽だ! 自分のアルティクロスを使役するのではなく、まるで友のように────」
「何とでも────言え……ッ!」
ズゥゥゥゥゥゥゥゥン……!
あたしは龍が放つ文心のタイミングに合わせて、回し蹴りで溜め込んだ文心を裁断に向かって放った。
「防御だ……ッ!」
裁断は鋏の丸い持ち手を両手で握ると、バツ印になるように開いた。そしてあたしと龍、二つの文心が鋏の中心にあたる。
バチバチバチバチと鋏に直撃した箇所から火花が散っていく。押してはいるもののあと一歩と言ったところだった。
「ちっ……! 病み上がりだから本調子じゃねぇか……なら……ッ!」
顕現させた龍を一度引っ込め、全身に紅い文心を纏いながら走り出すと、裁断の少し手前で跳躍────
これは小さい頃兄貴と一緒に見た、朝のヒーロードラマの主人公が使っていた必殺技をオマージュした、あたしオリジナルの技。これを鋏がさっき攻撃を受けたところめがけてライダーキックを食らわせる。
「必殺──《破滅の紅》……!!」
「なっ! そんなのありかよおおおおお……ッ!」
鋏ごと裁断を体育館後方に向かって蹴り飛ばし、その後ろの壁に大きなバツ印の穴を開けた。
「ッしゃあ! 次は誰が相手だ……ッ!」
スタッと両足で着地したあたしは空かさず周りを警戒しながら声を張り上げた。その声に臆したのか、残った生徒達が後退りする。なんだかんだ言っても、あたしはこの戦いを一度制しただけの実力を持っている。人数はその時より少し多いが。今は何より後ろで絶賛戦っている、あたしが認めた男──黒鉛字尖斗。
彼の存在無くしてはこの緊張感あふれる戦いを、あたしは再び味わえなかっただろう。学園からアルティクロスの使用を制限され、勝手に付けられた異名からも、あたしに近づく人はいなくなった。
あたしはそれでいいと思っていた。その状態がずっと続いて、いつかREwriteがイスを手に入れ、アルティクロスを使わずに済めばいいとさえ思った。
けどそれはあたしのわがままで、いつかまた暴走する日が来るんじゃないかと、あたしの「文心」が震えていたんだ。
「おらああああああああ……!」
右腕に溜めた文心を前方にいる五人くらいの生徒の群れに連続して放ち、次々とリタイアさせていく。途中、黒鉛字の方へ視線を向けると、彼もまた五、六名ほどの生徒の攻撃を、さっきの技で受け止めつつ、しっかりと一撃を与えていた。アルティクロスはおろか、文心も使わずに体術らしきものを駆使して、退場させている時もあった。
「へぇ。中々やるじゃん」
あたしが黒鉛字の元へ近づき、再び背中合わせになる。向かってくる攻撃を躱し、文心を当てながら、黒鉛字に言う。
「なぁ黒鉛字」
「なんですか?」
「このゲーム勝ったら、お前を部員として迎えても……っ! いいぞ?」
「それはどういった風の吹き回し……?」
「お前とならイスを取れると思ったか~~ら……ッ!」
黒鉛字の背後に迫った生徒に、あたしが文心を放ちながら答えた。すると黒鉛字が手を引っ張り、あたしに迫って来ていた、生徒の攻撃を黒く染まった腕でガードした。
「……僕に惚れたのかと思った」
黒鉛字の急な告白に、あたしの耳を真っ赤になる。やっぱり調子が狂う。イケメンだからか?
「べ、別に惚れてなんかねぇ……ッ! ///」
「え~。惚れてくれたら嬉しかったのに~」
「あたしは誰とも付き合わねぇ! お前でもだ!」
「じゃあいつか──」
黒鉛字があたしの前に出ると、周りの残った生徒をかたっぱしから鳩尾に一撃を与えていく。反撃の隙が無く、もしあたしが相手していたらやられていたかもしれないと思ったほどの、俊敏な動きで他の生徒を圧倒。
「いつか、イスを取ったら、僕と付き合ってくださいね?」
シュタッ! とあたしの目の前に着地し、左手をあたしに向けた。タキシードではないが、気分はまるで優雅なダンスに誘われるお姫様みたいだった。
一瞬、本当に手を差し伸べようかと思ってしまった矢先、残りのチーム数がアナウンスされた。
残っているのはあたし達、現在イスをゲットした【喜屋武バス】というチーム。同じように今回の特別ルールによって置かれた二つ目のイスを保有する例のあたしに挑戦状を叩きつけて来た【ガトルホッグ】。そして、序盤にあたしたちの反対側で様子を窺っていたあのクールな女の子のチーム【ОNLY】。この四つとなった。人数としては、あのおどおどしていた男子生徒がリタイアして、一人となったОNLY以外は二人ずついるので、計七人。アナウンスが現在の状況を伝えてくれて助かった。
「一旦、下がるぞ!」
あたしが黒鉛字の袖を引っ張り、ステージから見て体育館右奥の角にある、バスケットゴールの裏に移動。理由としてはちょうど一発位なら身代わりに出来そうな板が残ってくれている事と、残りのチームの様子が見たかった。イスはあたしが思った通り、前々回と同じ、卓球台が置いてある少し広い所に一つ、あと一つは一体……。
「紅さん、あれ! あれじゃないですか?」
「ッ!」
黒鉛字が指さした先──隣接した体育倉庫の奥に、確かにもう一つのイスを発見した。タイミングがいいので一つ、言っておく。
「呼びにくいだろうから『要』でいいよ……」
「え! 紅ちゃん────」
ギロッ!
「何でもないです。要さん!」
「よろしい」
……そう言えば部室でシバくのを忘れていたな。もし今言ってくれたら、シバくことが出来た……。おかしいな? 今の言葉は聞き間違いだったか。
黒鉛字の冷や汗を横目に、卓球台のイスと倉庫のイス、どちらを取るべきか悩む。……一応黒鉛字にも聞いておいてやる。
「どっちがいいと思う?」
「え~と……一応、挑戦状もらったから彼女のチーム?」
「まぁ、だよなぁ~。正直、気は乗らないが」
幸か不幸か、彼女が先にイスを見つけていたらしく、黒鉛字と同じ仮入部の女子生徒と一緒に、イスを厳重に守っているのがここから見える。卓球台が置かれた少し広い所のイスは、ここからでは瓦礫が邪魔をして、良く見えない。少しびっくりしたのが、例の一人になったあのパーカーの娘は、あのステージから一歩も動いていなかった。一体どうやってあたしらがドンパチしていた流れ弾、もとい、流れ文心の中で、かわせたのだろうか? たぶん珍しいアルティクロスをもっているのだろう。
「あ、動いた」
少し観察していると、パーカーの娘がようやく動き始めた。どうやら卓球台の方へ向かう様だ。となると────
「行くっきゃないか」
「もう疲れました?」
黒鉛字がねぎらうが、流石にあたしも言い返した。
「いや? まだ暴れ足りないくらいだな」
バスケットゴールが取り付けられた鉄作をまたぎ、そのまま下に下りた。黒鉛字も同じように下りて来る。固まった首を左右に揺らしてコキコキと小さく音を鳴らすと、拳を横に突き出した。
あたしはあごで出せと言わんばかりに、黒鉛字にも出させると、拳の端と端をコツンと当て、ゆっくりと最後の戦いへ向かった。