四ページ目 久しぶりの感覚
ドガガガガガガガガガガガ────
マシンガンをそこら中で放っているかの様に鳴り響く轟音。その正体は、文心と文心がぶつけ合う音だ。試合開始早々、激しい打ち合いが始まっていた。
前回あたしはこうなることを先輩に教えてもらったので、対策はばっちりとることが出来た。
もちろん他の生徒の数人も、事前にこうなることを部の先輩方に教えてもらっていたのだろう。
端にある垂れ幕の隙間から辺りを見渡すと、すでに失格者がでたチームがチラホラと見えた。確実に残っている生徒は、あたしと後ろにいる黒鉛字、そしてあたしたちの反対側でスマホをいじっているマゼンタのパーカー娘と、その相方らしき男子生徒。男子生徒は垂れ幕の隙間を覗きながら、ガタガタと震えていた。一方、うちの相方はというと……
「……何してんの?」
「え? ああこれ? これは僕のアルティクロスを補助するアイテムみたいなものです」
と言いながら、黒鉛字がどこからか取り出した黒いラバー製の手袋をはめ始めた。ああ、こいつ、そうだったのか。
「あ……その……あんたって、『加具鎚』だったのか。悪い。変な事聞いたな」
加具鎚とは、アルティクロスをもらった人の中でごくまれにいる、自分のアルティクロスを上手く使いこなせず、サポートするアイテムを身に着けた人たちのことだ。先天性な場合にのみ、そのサポートする道具を使う許可が下りている。黒鉛字がそれを使ったということは、そういうことの証でもあり、差別の的になることが多いため、謝るのが一般的だ。
「別に気にしてないよ。それより、この後どう動くんですか?」
「まず、ゲーム開始と同時にこうなることは予想出来た。これは先輩からのアドバイスだけど。で、この後は、この騒音が鳴りやみ次第、上に移動する」
「上? 体育館に上なんて──」
「ああ、上って言っても卓球台が置いてある場所。先輩曰く前々回はそこに椅子があったらしいから。あたしが勝手に今回もそこなんじゃないか? と、思っているだけだけど。最終的に探すことを考えたら、まずはその場所を潰すのは、悪くないんじゃないかなって」
「なるほど。ならまずはそこに────」
シャーンッ!
黒鉛字が立ちあがったその瞬間、目の前にあった黒い垂れ幕が頭上から綺麗に切られ、その数メートル先にいる切った犯人の顔が現れた。
「み~つけたっ♪」
「黒鉛字逃げろ!」
あたしが黒鉛字に向かって叫んだ瞬間、垂れ幕を切ったその生徒が、頭上にそのアルティクロスを顕現させた。
「いでよ! 俺様の【アルティクロス】──《鋼鉄鋏》……ッ!!」
銀色のボディにその生徒と同じ笑った口の様なカーブしたフォルムの刃。そしてそれを操るための二つの大きな穴が二つ、あたしと黒鉛字を捉えていた。
あたしが黒鉛字に逃げろと叫んだ時にはすでに、その本体が黒鉛字の頭の上に振り下ろされていた。
ドスンという重い音に木屑くずと埃が周辺に広がる中、無情にも黒鉛字はその一撃を生身で食らったその瞬間をあたしは目撃した。おそらく、あたしの異名を知らない生徒が弱そうだと勝手に決めつけ、立ち上がり油断した黒鉛字を狙ったのだろう。残念だがあたしは前回、この仮入部員ゲームをすでにクリアしているので、黒鉛字がリタイアした以上、あたしがゲームを続行する意味が無くなってしまった。
「黒鉛字……」
即座に移動したあたしは埃が舞うその場所を、真ん中に置かれた演説用の台の陰から見つめていると、パキ……パキ……と先ほどまでステージだった床板を踏みながら、鋏のアルティクロスを振り落とした生徒の前に、リタイアしたと思われた黒鉛字の姿が現れた。
「はあ……全く。使い方が乱暴な方もいるのですね。これはお灸を据えなければなりません」
「何……ッ!? どうやってかわした……ッ!?」
「かわした? 違います。受け止めたんですよ」
あちこちで文心やアルティクロスによって壊された壁の穴から風が吹き、溜まった埃が外へと流される。そして何事もなかったかのように制服に付いた埃をパッパと掃うと、その漆黒に染まった両腕を攻撃してきた生徒に魅せつけた。
「アルティクロスの本当の使い方をあなたにお見せしましょう!」
「ふ、ふはははっはっは! この学園にとんだバカがいるとはなあ。入学した甲斐があってぜ! 俺様の名前は裁断硬刃。今の攻撃を止めたぐらいでいきがる、あんたの様な生徒をなぶってみたかったんだ……よおおお……ッ!!」
裁断が再びその大きな鋏を両手で持ち、他の生徒も巻き込みながら、黒鉛字に向かって大きく横に振った。
「黒鉛字!」
あたしが叫ぶと黒鉛字が顔を得意げな表情でこちらを振り向きつつ、その黒い左腕を顔の横に添えた。
「《黒鉛化・Ⅳ―B》」
「くたばりやがれええええ……!」
ズガン……ッ!
「……な……に……!?」
「マジか……」
あたしは今起こった光景を信じられないでいた。いくら黒鉛字が軍の人間だということを、知っていても、正直半信半疑だった。けど、今の重い鋏の一撃を左腕一本で受け止めたその姿を見て、確信に変わった。
────こいつがREwriteに来たら、椅子を取れる……!
「……ふっ」
あたしはステージを飛び降り、黒鉛字の元へ駆け寄ると、他の生徒からの攻撃に、文心を放って防御する。そして────
「背中は任せな。あんたの力、本物だと分かったから」
「疑っていたの? それは心外だなぁ」
「うっせえ! あとでそれ、詳しく教えろ!」
「紅さんに出来るかな?」
「ふん!」
ドドン……!
あたしは息を大きく吸い、右腕に込めた紅い文心を左から右に向かって腕を振り、文心を前に飛ばした。すると、あたしの前にいた生徒五人が、攻撃を食らってバタバタと倒れる。
「これくらいなら楽勝だけど?」
「あはは……。これはなかなか」
あたしは再び右腕に自分の文心を溜めると、今度は左腕に準子の蒼いい文心を同じように溜める。ああ……。この感じ。いつぶりだろうか。
文心でさえ、出す機会が減った少し前の自分に言いたい。今が、今この瞬間が。どれほど待ち望んだ瞬間なのかを……!
本当はもっと拳をぶつけて戦いたい。何だったらアルティクロスを顕現させたい。まさに今、あたしが待ち望んだ瞬間だった。
「なあ黒鉛字、ほんとに出していいんだよな?」
「いいけど制御もまだ完璧じゃないのに出したら危険で──」
「お前が止めてくれればいい!!」
「そんな無茶な! あ、ちょっと! 紅さん!」
あたしは右腕を天井にかざし、久しぶりの感覚を呼び覚ました。
「────来な! あたしの【アルティクロス】──《紅鉛筆》……!」
あたしの頭上を中心に天井が赤く染まると、あたしの右腕を纏っていた紅い文心が右腕から離れ、やがてあたしの頭の上で一つの塊になる。さらに、塊から出る文心を指でなぞり、絵を描いていく。いつも着ているスカジャンの背に描かれた紅い龍。その姿を。
長らく描いていなかったせいか、多少歪なところがあるものの、描き切ったその龍をあたしの側に降ろさせた。そして後ろの黒鉛字と場所をクルっと入れ替えると、一言。
「────待たせな。ここからは、あたしが相手してやる……!」